第十一話 悪女エメリィ、初めての社交界へ①

 公爵閣下を出禁にしてしまうと、たった一人の公爵邸はひどく静かになった。

 毎日を自由に過ごせるのは非常に嬉しいのだが、日々公爵に会いたいという人がやって来たり手紙が山のように送りつけられたりするので困る。


 そして別居生活を始めてから数日後、私は一枚の招待状を手に思案していた。


 以前は必要だったからこそ挨拶回りという名で貴族たちと顔合わせをしたものの、今回のこれは別に必要な案件ではない。

 王家主催の夜会。定期的に開かれているらしいそれは、無論のこと行かないと外面が悪いに違いないが、私にとってそんなことはどうでもいいから行く必要はないと言えばないのだ。


(ですがせっかく好き放題できるのですから行かないのは損な気がしますね。それにいざという時に利用できるようにある程度の交友関係を作っておいた方がいいでしょう。悪女がどうたらと言って変に絡んでくる者がいればその時に適当に報復してやればいいわけですし)


 社交界にデビューを果たすのは、通常であれば十歳だ。

 私の場合、七歳の頃から屋敷に監禁されていたから貴族社会に出る機会は全くなかったので、これが本当に初めての社交体験になる。言い訳のように色々と理由をつけておきながら、実際のところパーティーに出たいだけの自分がいることに私は気づいていた。


「夜会に行くのも悪くないかも知れませんね」


 誰にともなく呟き、早速公爵家の資料を漁って必要なものを探し始める。

 おそらく他界した先代の公爵夫人が着ていたのだろう、屋敷の一角にドレスがたんまりとある衣装部屋があった。埃は被っているがどれも高級品である。自分に似合いそうな薄青の生地に白銀のレースが施されたドレスを選ぶと、着てみようとした。

 しかし、本来ドレスというのは簡単に着られない。この公爵家に嫁いできた時の衣装は父が「こんな娘に手をかけたくない」と言って一人で着脱できる簡易的なものだったのだが、夜会用の一流のドレスとなれば話は別だ。

 数分奮闘したものの無駄だったので、私は頭を抱えた。だがすぐに名案を思いつく。


(そうです、ドレスを仕立て直すついでに仕立て屋に余計にお金をお支払いしてドレスを着せてもらえばいいんです。何の問題もありませんね。仕立て屋の場所は馬車の御者にでも教えてもらうとしましょう)



 もちろん必要なのはドレスだけではない。

 今の私は痩せ細り過ぎていて見た目が悪い。公爵家に来てからも使用人が職務放棄をしていたせいでろくに食べられていなかった。

 きちんとしたものを食べて、少なくとも違和感を抱かれない程度の体になるべきだろう。料理は自分でできるからいいとして、どうやって食料を仕入れるべきか……。


「環境改善はまだまだ必要そうですね。夜会までの間に、お飾りとはいえ侮られないようにしっかり立派な公爵夫人に……いいえ、立派な悪女になりましょう」


 資金はたくさんあるのだ。悪女エメリィの華々しい社交界デビューのため、入念に準備をしなくては。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――――そして一ヶ月後、王家主催の夜会にて。


 煌びやかなシャンデリアに照らされた下、夜会の会場には人々がひしめいていた。

 赤や白、金色などの眩いドレスを纏った女性たち。酒を飲み交わし、雑談にのめり込んだり女性にちょっかいをかけている男性たち。


 そんな中でも私は一際目立っているであろうことは自覚していた。

 皆が皆、私の姿を見るなり立ち止まって食い入るように見つめてくるのだからわかりやすい。ヒソヒソと噂している声が聞こえた。


「あれがあの……?」

「彼女、まさか」

「誰なんだ、あの麗しの乙女は」


 ジルがなりすましていた『エメリィ・フォンスト』しか知らない者たちはもちろん、以前挨拶回りに行った時に顔合わせをした貴族連中も私のあまりの変わりように驚いている様子だった。

 艶が失せていた髪は銀に光り、肉付きはよくかなり女性らしくなっていると思う。ジルと違って胸が薄いままなのは残念だが仕方ない。


(お母様が言ってくださっていた。将来は本当に美しい女になるだろうって……それは本当だったようです。こんなにも視線を集めているのですから)


 可愛い可愛いともてはやされ続けていたジルの何倍も美しい自信が私にはあった。

 誰だか知らない男が一人駆け寄ってきて、「貴女の名前を教えてくださっても構いませんか?」と気障ったらしく問いかけてくる。私はそれに悪女っぽい笑顔を返した。


「先日アロッタ公爵閣下の妻になりました、エメリィ・アロッタでございます」


「貴女があの時の? 以前お会いした時とはまるで別人ではありませんか」


 そりゃあそうだ。まるででも何でもなく、全くの別人なのだから。

 しかし私はそんな内心をおくびにも出さずに答える。


「公爵夫人となったんですもの、それにふさわしく身だしなみを整えるのは当然のことでしょう? それに、今夜の私は今までとは違うのですよ。ふふふふ」


 さて、今夜はたっぷり楽しませていただくとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る