第三話 計画を練る

 好き勝手にできる。

 それが私にとってどれほど嬉しいことだったかは筆舌に尽くし難い。


 だって好きにできるなら、人並み――いや、それ以上の幸せを自分の手で掴みに行くことだってできる。

 今までのように薄汚い物置小屋に押し込められ、反論一つ許されぬままに扱き使われ続けるなんてことはもうないのだ。


 契約書を握りしめながら、私は歓喜した。


(公爵閣下、感謝いたします。あなたの人間性はあまり好きになれませんが、これからたっぷり利用させていただきますね)



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 夕食は非常に簡素なものだった。公爵閣下は忙しいとのことで一緒に食べず、私は食堂で一人きりで食べた。夕食は冷め切っていたがそれでもきちんとした食材だったからか美味しかった。


 そして夜がやって来る。

 お飾りの妻でしかない私は初夜の衣装に着替えることもなければアロッタ公爵閣下と同室に向かうこともなく、また別の部屋で過ごすことになるらしい。


 侍女に部屋へ案内されたが、そこは長らく使われていなかったのであろう、申し分程度に掃除がされただけの客室のような場所だった。


「ここが奥様のお部屋でございます」


「そう。ありがとう」


 悪女には立派な部屋はいらないという態度が丸見えだ。

 ジルならきっと激怒して侍女を殴りつけていたに違いない、などと考えながら私は静かに部屋へこもる。


 暴力沙汰を起こすつもりはない。そんなことをしたって無意味だから。

 ……かと言ってお咎めなしにするつもりも、さらさらないのだけれど。


「だって私、悪女なんですからね」


 ベッドの上でゴロンと横になり、ここ十年近く味わうことのなかった柔らかな感触を堪能しながら、私は誰にともなく呟いた。


 初対面の公爵閣下にすら悪女と言われた私。

 ならば本当に悪女になったとしても誰も文句は言うまい。

 今までのように嫌なことを我慢し続ける理由は全て消え去ったのだから、私は私の思うがままに生きるとしよう。


 まず手始めに何からするか。それは最初から決まっている。


(ジルたちに痛い思いをさせてあげましょう。十年間の恨み、思い知るといいです)


 長きにわたって私を虐げ続けた家族たち。

 否、家族だなんて思いたくもない――あれは私にとって悪魔も同然だった。


 私の大切な物を奪い、自由を奪い、尊厳を奪い、まるで奴隷のように床に這いつくばらせて嗤っていた彼らを思い出す。

 まず私が自由になるためには、彼らとのけじめをつけなくてはいけない。


 私は形だけではあっても公爵夫人。

 身分は伯爵家である実家よりずっと上。しかも彼らの醜聞の全てを知り尽くしているのだから、家ごと潰すのはそう難しくないだろう。


 私から奪い取った分だけ苦しめばいい。

 もはや私を止める者はどこにもいないのだ。思わず黒い笑みが浮かび、ふふふと不気味な声を立てて笑ってしまった。


「……ああ、楽しみです」


 たとえそれが善い感情から生まれた笑いでなかったとしても、それは確かに私が十年振りの心からの笑顔だった。

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