第16話 正体


それから、どれくらいの時間が経っただろうか。

泣き疲れてボーっとしながら、クレハと二人大きな木にもたれかかって座っていた。


「…あと、30分くらい…かな?」


「そう…だな」


「残りの時間…どうしよっか」


今からではどうやったってダンジョン攻略は無理だ。

他のプレイヤーもあまり残ってないだろうし、挑戦するだけ時間の無駄だろう。

かと言って、このままずっとここに居ても仕方がない。


俺は頭を切り替えるように、すっくと立ち上がった。


「とりあえず、いつもの日課をこなそうかな」


それを聞き、何の事かわかったクレハも笑って立ち上がる。


「じゃあ、はじまりの街ね?」


「ああ。行こう」


俺の日課。

そう、デイ爺を家まで送り届ける事だ。

今日は朝からダンジョン攻略の為に待機していた為、まだこなしていなかった。


ぶっちゃけこんな時にまでする事ではないが、逆にこんな時だからこそいつも通りに過ごそうと思ったのだ。

せめて最期くらい、穏やかに過ごしたい。


そんな俺の気持ちを汲み取ってくれたクレハと共に、転移の石碑からはじまりの街へと移動する。



「あ、いた」


街を少しばかり捜索し、見慣れた後ろ姿を発見した。

直ぐにクレハと2人で駆け寄る。


「ふぉぉ…そこの君。悪いんじゃがワシを家まで送ってくれんかのう?どうにも道に迷ったようでな」


「いいよ。さ、こっちこっち」


いつもと変わらないその言葉を聞き、何となくホッとして癒されながら案内を始める。

ところが、聞き慣れない言葉がデイ爺の口から紡がれた。


「いやぁ、いつもすまんのう。こんな老いぼれの相手をしてくれてありがとうな」


「「え?」」


デイ爺の言葉を聞き、俺とクレハは同時に声をこぼした。

毎日毎日送り届けても、忘れて毎回初対面のように振る舞っていた筈だ。

サービス最終日なので運営で変化でもつけたのだろうか。


急に俺の事を認識した事に驚きつつも、取り敢えずいつも通り村まで案内する。

すると、ここでも変化が起きていた。


「あ、お兄ちゃんまたフェンお爺ちゃん連れてきてくれたのー?」


「おぉ兄ちゃん、いっつもありがとうな!」


「フェンさんったらまたご迷惑かけて。ごめんなさいねお兄さん、ありがとね」


今まで反応したことのなかった村人達が、次から次へと声を掛けてくる。

「い、いえ」と応えながらも戸惑いを隠せなかった。

突然どうしたというのだろうか。


困惑しつつもデイ爺を家まで連れていった。

ここでいつもの定型句と共にお礼の30ライビを貰えばクエスト完了だ。

だが、デイ爺はいつものようにお礼を言う事なく静かに口を開いた。


「これで…1000回目じゃ」


「え?」


何の話か分からず間抜けな声をこぼす。

デイ爺は俺の方へ振り向きながら笑顔で続けた。


「お主がワシをこの家に送り届けてくれた回数じゃ。ここまでワシの為に動いてくれた人間は、お主が初めてじゃよ」


そこでようやく合点がいった。

このデイリークエストは全く変化のしないクエストではなく、1000回目で何かが起こるようになっていたのだ。

そんなに続ける人など今まで居なかったので発覚しなかったんだろう。


そして、そこから思わぬ展開になった。


「お主のような人間なら、ワシも信じられる。力を貸してやろう」


そう告げた直後、デイ爺の体に変化が起こる。

急に内側から光りだしたのだ。

その光はどんどんと大きくなっていく。


「…!?」


呆気に取られながら見ていると、その光が弾け中から全く違う姿が現れた。


光の加減で銀色にも見える、真っ白い綺麗な毛並み。

ピンと立った尖った耳と牙が並んだ大きな口があり、フワフワの尻尾が後ろで揺れていた。

凛々しい顔つきに金色の眼が輝く。

それは、とても大きな白い犬だった。


「まさか…フェンリル!?」


「いかにも」


ゲームをプレイ中、本の挿絵や絵画で目にしたその姿。

BTOでは絶滅したとされる獣が目の前にいた。


唖然としながら周りを見ると、クレハを始め村の人々までもが驚いている。

デイ爺の正体を誰も知らなかったようだ。


「お主がワシを頼りたい時、いつでも声を掛けてくれ。力になろう」


その言葉を聞き、クレハと顔を見合わせる。

頭に浮かんだのはあの時グリフォンで失敗したもう1つの道だ。

フェンリルならば、あの道を切り開ける。


「それじゃあ、今その力を貸してくれ!ロジピースト城の最上階に連れてってほしい!」


俺のその言葉を聞き、了承するようにコクリと頷いて応えるフェンリル。


「うむ、良いだろう。急げ、あと5分しか残ってないぞ」


フェンリルの言葉を聞き、間もなくサービスが終了してしまう事に気付く。

促されるまま慌ててその背に飛び乗った。

そしてクレハも乗れるよう手を伸ばす。



その時だ。


《動くな!!》


二重に重ねたような不気味な声が響き、俺に手を伸ばしかけたクレハがピタリと動きを止めた。

その首には鋭く長い爪の先が当てられている。


「お前…!」


珍しく焦った様子でクレハを人質にとったのは再び現れた悪魔だった。

憎きその姿と行動に歯軋りする。


《そのまま行ってみろ。この娘の首を落として掲げてやる》


「…っ、妨害は、出来ないんじゃなかったのか!?」


《あぁ、出来ないさ。契約者に直接手を出す事はな》


確かに、悪魔が危険に晒しているのはプレイヤーですらないNPCである。

この場合、俺がクレハを無視してそのまま行けば済む話だ。

だからギリギリ制約にも引っかからないのだろう。


クレハは自分が殺されそうになっているにも関わらず声を上げた。


「行ってアヒト君!どうせ私はあと少しで消えるんだもの!大丈夫だから、早く!!」


クレハの言葉に、《この女…!》と苛ついた悪魔が爪を首に少し刺した。

血は流れないが、痛みに顔を歪めるクレハ。


「…っ」


クレハの言う通りだ。

俺がすべき行動の正解は、このまま見捨ててダンジョンへ向かう事だろう。

どちらにせよ、NPCでは助かる事は出来ないのだから。


バカな悪魔だ。

何の意味もない人質を取って脅すなんて。

そんな事で止まるはずがないのに。


まあ…


「もっとバカなのは…俺だけどな」



俺は、スルリとフェンリルから降りた。

まさか本当に俺を止められるとは悪魔も思っていなかったのだろう。

一度ポカンとしてから、堪え切れず笑いだした。


《ふ…ハハ、ハハハハ!嘘だろ!?本当に行くの止めやがった!》


ゲラゲラ笑って喜んでみせる悪魔。

その悪魔に掴まれながら、クレハが信じられないといった顔をする。


「どう…して?ダメよアヒト君!私の事は良いからっ!このままじゃ死んじゃうのよ!?」


必死にそう訴えてくれるが、それでも俺は動けない。


「そう…だな。わかってる。でも、例え死ぬとしても…やっぱりクレハを見捨てるなんて出来ない」


「っアヒト君…!」


涙を浮かべ顔を歪ませながら首を横に振るクレハ。

自分でもバカだと思う。


でも、クレハは自分が消えると分かっても助けに来てくれた。

自分だって同じ立場なのに、俺の事を優先して考えてくれた。

壊れそうな俺の心を支えてくれた。


そんな人を…NPCだとしても、見捨てたくなんかない。



《いっやぁ〜、想像以上のお人好しで助かったぜ。あと数分、動かないでくれよー?》


サービス終了の時間まで、このまま行くつもりなんだろう。

覚悟を決めて目を閉じる。



ところがその直後、思わぬ手助けが入った。


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