第四十六話 絶対に助ける 〜sideファブリス〜
僕はアイリーンの力になりたいだけだった。
その一心であの男爵令嬢とわざわざ接触し、証拠集めをした。毎日の楽しみだった勉強会の時間を涙を呑みつつ削ってまでだ。
二度とアイリーンが不当に貶められることのないように。
それなのに、どうして――。
「どうして勝手に婚約破棄などなさったのですか!」
「ライセット家のワガママ娘はお前の妃になどなれぬ。そう判断したからだ」
悪びれることなくそう告げたのは、玉座に腰を下ろす父親。
国王として正しいことをしたと思っているのだろう。アイリーンがおそらく無罪だとわかっていなかったわけではなかろうに。
以前からアイリーンのことを腹に据えかねていることは知っていたが、まさかここまでやるなんて。
予想外だった。予想していなかった僕が悪い。そもそもあの事件を未然に防いでいれば良かっただけのこと。
手を尽くしているつもりで何もかもが遅過ぎた自分を悔い、血が滲むほど唇を噛んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
男爵令嬢メアリ・ハーマン。
僕が彼女について調べ始めたのは、二度目の夏期休暇に入る前からのことだ。
下級貴族の子女の一団、そして上級貴族の令息の一部がアイリーンに敵対し、学園中が掻き乱されていたのだ。
別にアイリーンが何かやらかしたわけではない。それはアイリーンを誰よりも傍で……同居しているらしい
アイリーンは強いから気にも留めていなかっただろうが、僕はたまらなく不愉快だった。
どうしてアイリーンが悪者扱いされているか。その根源を調べればすぐ、ハーマン男爵令嬢に行き着いた。
(彼女の仕業で間違いないだろうな。平民上がりで大した影響力もない彼女が全てを仕組んだとは考えづらいけど、アイリーンが警戒するような相手だ、おかしい話じゃない)
そんな風に考えていたある日、僕はアイリーンと、彼女の体に同居しているらしいアイ嬢の会話を聞いた。
『アイリーン様、紫彩に頼りましょう』
『あんたの妹に?』
『破滅しないためには原作者に頼るに限ります。
私たちだけで足掻くのはどうしても無理がある。でも原作者の紫彩なら、私以上の知識があるでしょう。この局面を乗り越える方法を知っているはずです』
『……なるほど。悪くないわね』
シアとはフェリシアのことだ。いいや違う、フェリシアの体を生き長らえさせてくれている、別なる魂を持った少女と言った方が正確だろう。
僕は手助けを求められないのに、シアはアイリーンにもアイ嬢にも信頼されているらしい。
そのことをほんの少し悔しく思ってしまった。
フェリシアを守れなかったと知ったあの日、心に誓ったのだ。
何があっても絶対に、アイリーンを守って見せる――と。
それはフェリシアの代替という意味でも、ただ単にアイリーンが婚約者だからというわけでもない。
もう二度と、愛する相手を失ってなるものか。アイリーンは僕にとってはもう必要不可欠で、大好きでたまらない存在になっていたから。
信じられない話だが、シアはこの世界の創造主。未来をも知っているというのだから僕より頼り甲斐があるのだろう。
それでも。
(僕がどうにかしてあげたい)
だから僕は作戦を練り、休暇明けからそれを実践してみることにした。
アイリーンの無実を証明するためには証言と証拠が多数必要だ。
まずはハーマン男爵令嬢と接触。何度か言葉を交わし、そのうちに彼女の狙いが僕であるとわかった。
いじめられたと泣き縋るハーマン男爵令嬢を相手しながら、彼女の偽りにまみれた言葉を周囲の無関係の生徒たちに聞かせて回る。
なんとも地味な手段だ。でも、効果はあった。
もう少しで証拠が揃い切る。以前はアイリーンが男爵令嬢の退学を学園長に訴えて不受理されたが、これだけあれば言い訳はできないだろう。
そう思っていた僕は甘かった。甘過ぎた。
証拠集めに真剣になり過ぎて、アイリーンの傍にいられなかったせいで事件を引き起こす一因になってしまった。
学園でとある事件が発生した。
一人の女子生徒が他の女子生徒の手により、階段から突き落とされたという。ちょうど昼休み時間で昼食をとっていた僕は、その話を聞きつけるなり現場へ向かった。
そこにいたのは、大勢に囲まれたピンク髪の少女。
僕を見るなり「王子様ぁっ」と駆け寄ってきた彼女を適当にあしらい、周囲の生徒たちから事情を聞いて――僕は真っ青になった。
「アイリーンが……」
慌てて彼女の姿を探したが、もうすでに教師たちによって女子寮へ連れて行かれたあとで。
不安に潰れそうになる胸を誤魔化し、混乱する生徒たちの対応にあたるしかなかった。
――それからは目まぐるしかった。
アイリーンの無実を学園長に訴え、彼女に会わせてくれと頼んでみたものの断られ。
第一王子としての権力の力が無に等しいことを思い知らされ、女子寮への侵入を試みては失敗し。
あっという間に一日が経ち、肩を落としていたところ……僕は見てしまった。
開け放たれた学園の門の向こう、走り出す一台の馬車を。
その中にアイリーンの影が見えた気がした。
急いで学園の一角――物資の運搬用などに使われる馬を拝借し、そのあとを追う。
もうすぐ閉ざされそうだった門をどうにか潜り抜け、馬車の行き先だと考えた王宮を目指して走り続けた。
そして辿り着いた王宮、謁見の間にて。
アイリーンの居場所を尋ねた僕に父が告げたのはあまりにも無慈悲な言葉だった。
「余に不敬を働いた故、あの娘は国外追放処分とした」
しかもその理由はあまりにひどい。早馬で学園長から知らせを受け取り、強引に連れてきた挙句、父が不当にアイリーンを侮辱したからだ。
話を聞かされただけなのに、僕まで怒りでどうにかなりそうなのをグッと堪えた。
父の話が本当なら、アイリーンは今、隣国へ送られている最中だろう。到底許せることではなかった。
「ライセット公が許しませんよ」
「心配ない。公爵には相応の慰謝料を払うつもりだ。それでも不都合があるようならフェリシアをヒューゴ・ライセット公爵令息に嫁がせれば良かろう」
「……最後に聞きます。僕の婚約者はどうするつもりなんですか」
「なかなか狡猾な手腕を使う女を見つけた。メアリ・ハーマンを妻とせよ。ライセット家のワガママ娘よりはずっと妃としての資質がある。身分は低いが、侯爵家あたりの養女とすれば何も問題ない」
僕はこの時点で父と会話を続ける気が完全に失せた。
ハーマン男爵令嬢を妻に迎える? 冗談じゃない。それでは僕とアイリーンの過ごした時間は、一体何だったというのか。
無言で踵を返し、しかし行き先はなかった。
追放処分と言っていたが、アイリーンがどこへ行ったのかは謎だ。僕に追わせないためにあえて伏せられたに違いない。
(国王たる父の命令に背いてまで僕に情報を漏らす人間は――)
いないだろう、と考えかけて、僕の脳裏にある可能性が閃いた。
一人だけ例外がいるではないか。
気づいた瞬間、視界に彼女の姿が映った。
「ファブリス、やっと戻ってきた!」
色素の薄い金髪を振り乱しながら駆けてくる、最愛の妹の姿をした少女。
悲痛な表情の彼女――シアは、ずっと僕を待っていたらしい。
「話は聞いたよ。ごめん。僕がきちんと守れなかったせいで」
「わたしの方こそごめんなさい。まさかこんな大変なことになるなんて思わなくてお姉ちゃんに大丈夫って言っちゃったから……。助けに行こうとしたんだけど、すぐに警備兵に見つかってダメだったの。
アイリーンの行き先は北方の帝国。そこで皇帝に拾われることになる。とんでもない美形でありながら暴君。一度手に入れたら二度と離さない。そうなったらもう手遅れ」
ハーマン男爵令嬢とは違う、本物の涙を目一杯に溜め、懇願された。
「だからお願い。――お姉ちゃんを、アイリーンを、助けてあげて」
「わかった。絶対に助ける」
隣国の皇帝になど奪われてはたまらない。
アイリーンは僕の婚約者だ。誰が何と言おうと。
シアは見送りに来られなかったが、別れ際に「信じてる」と言ってくれた。
学園から乗り付けてきたものとは違う僕の愛馬に乗り換え、北へと旅立つ。
シアの期待に応えるため、それより何よりアイリーンの誤解を解き、連れ戻すために――。
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