第四十四話 王宮からの呼び出し、そして……

 私たちは女子寮の一角で監禁されていた。

 いくら脱走が大得意なアイリーンであっても学園を警備する兵たちに見張られているのでは、一歩も部屋から出られない。


 友人たちが何度か訪ねてきたり、出してもらえるように頼んでくれたらしいが全くの無意味。閉じ込められても一日半ほどになる。


 これではまるで罪人みたいだ。

 ……まるで、ではない。罪を負い被せられかけているのだ。


 メアリを階段から突き落としたという暴行罪を。


 複数箇所を捻挫、階段の角に膝をぶつけて出血。

 そんな怪我を負った彼女の姿は非常に痛ましいものだったのに、「ごめんなさいっ……!!」と泣きながら何度も謝っていた。


 それはメアリの演技だったのか何なのかはわからない。ただ明白なのは、彼女自身がわざと転げ落ち、さもこちらがやったかのような状況を作り出したという事実だった。


 メアリに声をかけられた時、すぐにでも逃げていれば良かった。でもアイリーンがそうしなかったのは訊きたいことが山ほどあったからだ。

 事件の前日、ファブリス王子とメアリが話し込んでいるところに無理にでも割り込んでいれば、何か変わっただろうか。

 それを見て見ぬ振りをしたからこんな事態に陥ってしまったのかも知れない。


(早く誤解を解かないと。ファブリス王子ならきっと)


 信じてくれるだろうか。本当に?

 メアリは言った。これで邪魔者がいなくなってファブリス王子と恋仲になれると。それが本当であるとすれば――。


「何を震えてるのよ。安心なさい、あのピンク髪女の言葉は戯言に過ぎないわ! ファブリス殿下の婚約者であるわたくしを罪人呼ばわりできるわけがないでしょ?」


「でももう噂は広まり切ったあとです。何を言われるか、わかったものじゃありません。つまり今まで築いてきた人気や信頼が全て台無しになるということ」


「そうだとしても!」


 アイリーンが叫んだのとほぼ同時。

 外から何やら足音が聞こえてきた。


 もしかしてまたアイリーンの友人たちが来てくれたのだろうか。そう思ったが、ドアがゆっくりと開け放たれたことで違うとわかる。

 現れたの警備兵。彼らは入ってくるなり、大きな紋章が刻まれた一枚の書状を突きつけた。


「これは王家の……ということはファブリス殿下が助けに」


 それを見てパァッと目を輝かせるアイリーン。

 けれどそんな希望を持てたのは、ほんの束の間のことだった。


「アイリーン・ライセット公爵令嬢。貴女に王宮からの呼び出しがかかっていらっしゃいます」


「――え?」


「拒否権はない。直ちに国王陛下の元に行き、お会いするように」


「ど、どういうことよ? ちょっと、誰か説明なさい!」


 周囲をずらりと警備兵に取り囲まれる。そして部屋を押し出されるようにして外へ。

 向かうのは学園の出口。本来休暇期間の前後にしか通れないことになっているはずの門が開かれ、その先に王家の紋章が入った馬車が停められていた。


(中に誰も乗ってないみたい。ファブリス王子はどこ!?)


 彼が一緒であるならまだ納得がいくが、アイリーンを単身で王宮に招こうなんて一体どういうことなのだろう。

 しかし警備兵は私たちの疑問に何も答えてくれず、馬車に詰め込まれる。


「何が何だかわからないけれど、こんな横暴許されないわよ!」


「ライセット公爵令嬢、どうかお静かに」


「黙ってなんてやらないわ。わたくしは未来の王妃なの!! ファブリス殿下の婚約者なのよ!」


「……やむを得ない。失礼します」


 外に出ようと必死に抵抗するアイリーンだったが、彼女の力で敵うわけがない。警備兵二人がかりで拘束されてしまった。

 もちろん私もみじろぎ一つできない。


 組み伏せられる中、ちらりとだけ窓の外に見えたのは、学園の門の向こうから駆け寄ってくる人影。

 なんだか名前を呼ばれたような気がしたけれど、それが誰なのか確かめる術はなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 学園を発って割とすぐに拘束を解かれたものの、警備兵の監視の目があまりに厳しくて逃げ出す隙がないまま、ここまで来てしまった。


 輝かしい玉座からこちらを見下ろすのは、ファブリス王子を数十歳老けさせたような金髪碧眼の男性。

 過去にも何度か相対したことがある。この国の頂点にしてアイリーンの義父となるはずの相手――つまり国王だった。


 窮屈な馬車旅の末、辿り着いた謁見の間。

 肌がピリつくような厳かな空気をもろともせず、アイリーンは背筋を正して国王をじっと睨みつけていた。


「わたくし、意味不明なままでここに連れて来られたの。きちんとわけを教えてくださる?」


「挨拶もなしに突然それか」


 突然呼び出しておいて礼儀を欠かしているのは一体どちらかと言ってやりたくなる。

 でもここはしっかりしておくべきだ。片眉を吊り上げそうになるアイリーンを抑えて、私はドレスの裾を摘んでかがみ込んだ。


「ならお望み通りに。……国王様にご挨拶申し上げます。ライセット家が娘、アイリーン・ライセットでございます。国王様直々にお招きいただきまして光栄に思います」


「形だけだが、まあ許そう。

 ここにそなたを呼び出したのは他でもない。将来王子妃になる者としての自覚なく、貴族学園にて問題を起こし、混乱を生じさせた責を問うためである」


(……やっぱり、そういうこと)


 移動時間を考えて、事件が起きてから国王に話がいくのが速過ぎる気がしたから別件の可能性も考えてはいたが、覚悟はしていた。


 もはや学園の中だけの話ではなくなってしまったということだ。


「驚きだわ。もう国王陛下のお耳にそんなくだらない話が届いているなんて」


「学園長が一日で聞き取りを行い、そなたの今までの行動を調査した。意見は二分したが、転落事故の現場を見た者は多い。それが確固たる証拠でなくて何と申す?」


「玉の輿狙いのずる賢い女が描いた筋書き、かしら」


 王が笑った。

 論ずる必要もないほど馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに。


「そうか。あくまでそう主張するのだな。

 なら、被害者を目の前にしても同じことを言うのか?」


「被害者って……」


「そなたと同様に学園を休学させ、呼び出しをかけた。入室せよ、メアリ・ハーマン」


「はぁい」


 扉の外から声がし、警備兵を伴ってピンク髪の少女が姿を見せた。


 金色のリボンで彩られた桜色のドレスを纏った彼女――メアリはよろよろと足を引きずるようにやって来て、国王の前で跪く。

 きっと国王には見えなかっただろうけれど、俯いた顔を横から覗けば彼女が嗤っているのは丸わかりだった。


「あんた……! よくもわたくしを騙して陥れるようだなんて企んでくれたわね!」


「陥れるだなんて。アタシ、階段から突き落とされてとても痛かった。怖かったんですぅ。アタシはただ、王子様とも友達になろうと思っただけなのに」


 顔を上げ、ポロポロと泣き出すメアリ。

 被害者仕草が上手過ぎる。こうやって同情を集めてきたのかと思うと、反吐が出た。


「はぁ!? 友達! どこがよ! あんなのはまるで――」


「男爵令嬢のアタシは王子様と友達になっちゃいけないっていうんですか。ちょっとお話ししただけで悪口を言って、こんな怪我までさせて。お話の中に出てくる悪役みたいだとは思いませんか、アイリーン様ぁ?」


 悪役、か。

 確かに可憐でか弱い男爵令嬢に嫌味を吐きかけ口汚く罵り、器物損壊の上、暴行まで加えたのが本当なら、それはもう悪役以外の何者でもないだろう。

 ……そう、本当であるなら。


「せめて謝ったら許してあげます。ですから、ね?」


 でもこの女は、ただの嘘つきだ。

 だからアイリーンはメアリを突っぱねた。


「あんたに謝ってやることなんて、何一つないわ」


 最初から和解の道なんてあるわけがないのだから、決裂するのは当たり前の交渉だった。

 なのに。


「やはり謝罪する気はないようだな。貴族なれば手を汚さねばならぬこともあろう。だがそれを己の手で、公衆の面前で行った挙句、相手の企みと言い張るなど愚かとしか言いようがない」


 どうしてそんなことを言われなければならないのだろう。


(――許せない)


 私の中で、プチッと何かの糸が切れた。


「馬鹿よ、この、大馬鹿者ども!」


 私は吠えていた。

 相手が国王だとしても関係ない。


「アイリーンがそんなことするわけないでしょう! 強気でワガママで傲慢、手に負えないくらいのおてんばだけど、そこも含めて全部可愛い、私の自慢のアイリーンが!」


 ――アイリーンと共同生活を送るようになって六年。

 一番すぐ傍で見ていた私は、わかっている。アイリーンがどれほど努力してきたか。ワガママの裏で、色々考えてきたかということを。


「フェリシア王女を治したのは誰? 勉強嫌いなのに学園で優秀な成績をおさめ続けているのは何だって言うの!?」


 その頑張りを知らないくせにアイリーンのことをわかったような口を聞くな。アイリーンを勝手に悪者にするな。


 溜め込んできた怒りが一気に爆発したせいか、アイリーンのふりをすることさえ忘れ去っていた。

 溢れ出る激情のままに前へと歩み出て、腕を振り上げる。


「アイ、やめなさいっ!」


 アイリーンの言葉を聞かなかったのは初めてかも知れない。

 国王の頬へと平手打ちを放った瞬間、躊躇いは少しもなかった。


 でもやってしまったあとで、それがとんでもない悪手だったと気づく。

 この行いはつまり、『何もやっていない』という主張を自ら捻じ曲げることになるのだから。


 もしかすると全て国王の思う壺だったのかも知れない。

 彼は「やはりこれこそが本性なのだな」と言いながら、ファブリス王子と同じ青色をした国王の双眸が冷ややかに私たちを射抜いた。


「そなたには我が息子共々散々迷惑をかけられていた。令嬢らしからぬ振る舞い、密入城、数多くの危険な旅に息子を誘ったこと。それを考えれば言いがかりなどとは思えぬ。

 今まではどうにか許してきたが、こちらにも我慢の限界というものがある」


 そして――。


「ファブリス・エインズワー・デービス第一王子と公爵令嬢アイリーン・ライセットの婚約は破棄とする」


 しん、と空気が凍った。

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