第三十七話 忍び寄る不穏の影

 メアリと表立って対立することはなかった。

 平民上がりの男爵令嬢は物珍しく、クラスの中でもよく話題になっていたがそんなのは最初の数ヶ月だけ。そのうちに筆記試験の季節がやって来て、皆勉強に集中し始める。


(ここまで動きがないのも変よね。ファブリス王子に接触したのも三回くらいらしいし……)


 アイリーンがメアリのことを事前に話していたおかげで、ファブリス王子はメアリとの会話を最低限で済ましたり適当にやり過ごしてくれたらしい。

 やがてメアリも彼に取り入るのを諦めたようだ。ここしばらく、噂を聞かなかった。


 こちらを油断させて、隙を狙ってくるつもりだろうか。

 気を抜くわけにはいかないが、学園生活を送っている以上、勉強もしっかりしなくてはならない。


「さすがにピンク髪女も手出ししてこようとは思わないはずよ!」


 アイリーンの意見は少々楽観的に思えるが、そう信じておくことにしよう。


 毎日きちんと勉強会を開いて学んでいるおかげで以前のように詰め込み過ぎなくてい良かった。

 準備万端で迎えた、成績発表の日――。


「今回の筆記試験もファブリス殿下と一緒に首席じゃないの!」


 なんと、またもや差をつけることは叶わなかった。

 一番上に横並びになる名前を見つめながら、ファブリス王子が微笑む。


「満点同士だなんてすごいね。それだけお互い本気で勉強したということだよ」


「確かにそうだけど……でも悔しいわ。次よ次! 次で一学年目の最後の筆記試験だったでしょ。そこでファブリス殿下を学年二位に追いやって――――ん?」


 勢いよく宣戦布告しようとしていたアイリーンは、二番目の名前にちらりと目を向けて息を呑んだ。

 彼女がそんな反応をするのは珍しい。一体どうしたのだろうと思い……私も驚愕してしまう。


 だってそこに書かれていたのは想像もしていなかった名前だったから。


「あのピンク髪が学年二位ですって!?」


 メアリ・ハーマン男爵令嬢。

 三度くらい確認したが、見間違いではなかった。


「ハーマン男爵令嬢か……。なんだか妙だね」


 この学園では身分によってそれぞれ求められる学が違う。

 上級貴族クラス以外に属する生徒は通常、上位に食い込んでこないと聞く。実際に一学期の筆記試験でもそうだった。

 なのになぜ、メアリが二位にいるのだろう。


 周囲の生徒たちもメアリの名前を指差しては、ざわざわ言い始めている。この時になってようやく私は意図がわかった。


(そうか、目立ちたいのなら筆記試験はいい機会になるんだわ。アイリーンが首席を取って注目を集めたみたいに)


 どんな姑息な手を使ったか、あるいは正攻法で挑んだのかはわからないが、メアリは勉強を自分の知名度に利用したのだ。

 そこからだった。彼女の株が徐々に上がり始めたのは――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 勉強熱心で誰にでも友好的。

 愛らしい容姿のおかげもあるのだろう、メアリは確実に友人――特に異性の友人を増やしているとの情報が耳に入ってきた時には、なんとも言えない気持ちになった。


 上級貴族のクラスでもよくメアリの話をしている生徒を見かける。

 特に男子は、王子の婚約者である故に近寄り難いアイリーンよりはメアリに勉強を教わった方がいいのでは、なんて言っているのだ。


 別に私たちと直接の関係はない。でもじわりじわりと彼女の存在が近づいてきているように思えて仕方ない。


「ファブリス殿下、最近はどうなの?」


「どうって?」


 ある日の勉強会。

 噴水の傍、もはや定位置となったファブリス王子の膝の上に腰を下ろしたアイリーンは彼に問いかける。


「あのピンク髪のこと! 変なちょっかいをかけてきてないでしょうね?」


「ああ、それなら大丈夫だ。でもどうも動向が怪しい。引き続き注視しておくよ」


「頼むわよ!」


 もしかしてメアリの目的はファブリス王子と別にあるのだろうか。それとも外堀を埋めるつもりなのかは不明だ。

 向こうが大きな行動を起こしていないので、こちらも警戒することしかできないのが歯がゆかった。

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