第二十八話 夏の冒険は再びの密入城!?②

 フェリシア・アン・デービス王女。

 ファブリス王子の妹であるらしい彼女を私が今まで一度も目にしてこなかったのは、王宮の離れでずっと暮らしているからだと言う。


 生まれつき体が弱いせいで常に病魔に侵され続け、決して人前には姿を現さない。いや、現せない。

 そんな彼女の境遇をさらっと話したあと、アイリーンは言った。


「もしかするとあんたの知識がちょっとは役立つかも知れないでしょ? 王女を救ったとなれば、わたくしはますます褒め称えられるわね!」


 しばらく、馬の足音だけが響いた。つまり私は沈黙せざるを得なかった。

 どうやら大きな、大き過ぎるほど大きな誤解があるようだ。それを正さなければならないらしい。


「……アイリーン様。一つ、言っておきます」


「何よ?」


「和菓子や和風料理のレシピは教えられるし、勉強もある程度できるし、部活なんかを考案したこともある私ですけど、あなたが思うほど万能じゃないんですよ」


 確かに、勘違いされても仕方ないかも知れない。

 私にはこの世界のものではない記憶も知識もある。だけれどただの女子高生だったわけで、特別なことなんて何も知りはしないのだ。


「病気を治すなんて、私には」


「できないって言うの? やってみないとわからないじゃない、そんなこと! あんたはわたくしの召使なんだから、おとなしく付き従っていればいいのよ」


 わかっている。説得なんていうものは無理なのだと。

 でも、密入城だけではなく、推定面会禁止の王女に会った挙句に病気を治そうだなんて……あまりにも、非現実過ぎるではないか。


 しかしこうも思った。思ってしまった。


(本当にファブリス王子の妹なんだったら、ちょっと一回会ってみたいかも)


 何かできるなんて過信しているわけではない。

 ただ、アイリーンを止められないというのと、気になってしまったというだけだ。


 ――フェリシア王女とやらが、どんな少女であるかということが。


 だから私は折れることにした。


「わかりました。ただ会いに行くだけですからね」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 以前密入城した時のように馬に跨ったままではさすがに離れまで辿り着けない。

 なので城と外とを繋ぐ抜け道の出入り口付近に馬を止め、徒歩で離れを目指していた。


 物陰に隠れ、あるいは草の中に屈んで身を潜めながら進む。

 なんとも密入城らしい緊張感。誰かに見つかりませんようにとひたすらに祈るしかできないことがもどかしい。


 一方でアイリーンはノリノリだ。「ハラハラするわ」だとか「ワクワクしてきた……!」だとか、小声で叫びまくっていた。


 そんな時間が一体どれほど続いただろう。

 やがて行く先に見えてきたのは、黄金に光り輝く二階建ての小屋だった。


「あれが離れ……ずいぶんと狭そうね」


 ずっとここで暮らしているというのなら、息が詰まって仕方ないだろう。まだ見ぬ王女を少し哀れに思った。


 アイリーンは小屋に近寄り、ぐるりと一周する。出入り口の扉の前に一人の警備兵が立っているので侵入できそうになかった。

 他には二階部分に窓がある。けれどもさすがのアイリーンでも手を届かせるのは無理だったし、都合の悪いことに周囲には登れそうなものは何も見当たらない。


「さて、どうします?」


「こうなれば取るべき行動は一つだけよ」


 何か得策を考えついたのかと思ったが、そんな風に期待した私が馬鹿だった。


 ドレスの裾を持ち上げ、ずんずんと警備兵の前へと歩き出るアイリーン。そして真正面から自分の要望を突きつけたのだ。


「ここを通してちょうだい。フェリシア殿下に用があるの。アイリーン様が直々に来てやったことを感謝しなさいよね!」


 もはやこうなれば密入城でも何でもなく、自殺行為に等しい。

 私の背中から一気に冷や汗が吹き出した。


(実にアイリーンらしいけどもう少し考えてから行動しなさいよ……! どうしよう、睨まれてる、警備兵に睨まれてる!! このままじゃ不審者だからって殺される危険性だってあるわ。どうにかして弁解しないと――)


「もしや貴女はライセット公爵令嬢でございますか」


 しかし警備兵から返ってきたのは鋭い刃ではなく問いかけだった。


「そうよ。ファブリス殿下の婚約者の、アイリーン・ライセット」


「承知しました。では第一王子殿下に確認を取って参ります」


 ひとまず助かった……らしい。

 警備兵が短略的な人ではなくて良かったと胸を撫で下ろした。


 一方でアイリーンは余裕そのもので、さらなるワガママを重ねる。


「ファブリス殿下に内緒でお会いしたいの。ほら、ライセット家の家紋入りのアクセサリー」


 アイリーンがアクセサリーを提示すると、警備兵はこくりと頷いた。

 きっと家紋が一種の手形代わりになったのだろう。「くれぐれも粗相のないようにお願いします」との言葉と共に扉が開かれ――。


 飛び込んだ小屋の中にて、私は妖精のような美少女と出会った。




 丁寧に編み込まれた色素の薄い金髪、そしてファブリス王子とそっくりの碧眼が印象的な少女だった。

 優しい目元、すぅっと通った鼻筋、ぷるんとした唇。何もかもが美しい。


「初めまして、フェリシア殿下! 箱入り姫様はご存知ないだろうけれどわたくしは栄えあるライセット家の娘アイリーン・ライ」


 見惚れてしまい、いきなり前のめりになるアイリーンを止めるまでに数秒かかった。

 さすがに王女にこの態度はまずい。慌てて頭を下げる。


「ごめんなさい王女殿下! ご無礼をお許しください!」


 そして恐る恐るフェリシア王女を見ると――儚げな美貌の彼女は目を見開いていた。

 こんなやかましい人間に会うのは初めてで驚かれてしまったのだろうか。そう思ったのだけれど。


 彼女の口から発された言葉は、想像もしないもので。


「あなたはアイリーン? それともお姉ちゃんなの?」

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