第二十七話 夏の冒険は再びの密入城!?①

 せめて今日くらいはこの屋敷で過ごさせてくれるだろうと考えていた私は、どうやら甘かったらしい。


 学園についての話を済ませ、まっすぐに自室へ飛び込んで一眠りしたあとのこと。

 食堂へと呼びにきたメイドに向かってアイリーンはいきなりワガママを言い出した。


「夕食はいらないわ。わたくしちょっと出かけてくるから」


「アイリーン様っ」


「わたくしの分の夕食は適当に使用人たちで分けて食べなさい!」


 せっかく上げた株をすぐに落とすだなんて、実に彼女らしいというかなんというか。

 呼び止める声も聞かずにあっという間に屋敷を飛び出してしまった。


「いいんですか、弟にまた馬鹿にされますよ」


「せっかく帰ってきたんですもの、久々に森をお散歩しなくちゃ」


 森のお散歩。それすなわち暴れ馬で爆走することだ。

 一眠りしただけで馬車旅の疲れはすっかり取れてしまっていたから体力的には余裕なのだろうけれど、まさかそれを今夜やるとは。


(少しは家族団欒の時間を取ればいいのに。……まあ、言っても仕方ないか)


 やると決めたらやるのがアイリーンという少女なのだから、私はただそれに付き合うのみ。

 学園の期間で乗馬がさらに下手くそになっていないといいなと思った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「とってもいい気分! 夜の森って最高だわ!!」


 獣に追われまくっているのに、アイリーンはいつも通り楽しそうだった。


 森は数年前と同じで危険地帯のまま。

 道はガタガタだし月明かりだけが頼りで、飢えた獣もたくさんいる。


 どんな絶叫マシーンに乗るよりも恐ろしいこの散歩を久々に味わった私は、獣たちの鳴き声や酔いそうになるほどの揺れに必死で耐えるばかり。

 しかしこれくらいで音を上げてはいられない。こんなのいつものことだ。

 小一時間もすれば、だんだん慣れてきた。


「……あんた、体の震えはおさまったみたいね」


「バレてました?」


 できるだけ隠していたつもりだったのに。


「同じ体なんだから当たり前でしょ。平気になったならそろそろ行くわよ!」


「え、一体どこへ――!?」


 アイリーンは答えず、私の絶叫が森に虚しく響いた。


 その間に私たちを乗せた馬はそれまでの二倍以上の速さで走り始め、森を突っ切って行く。

 その行き先でわかった。以前にも同じ道を辿った覚えがある。――これはおそらく王宮の方向だ。


 ということは、だ。

 また密入城しようとしているに違いない。それではせっかく勉強を頑張って首席になったことが全て無意味になりかねないというのに。


「ちょっと止まってください、さすがにまずいですって!」


「一夏の冒険ってやつよ」


 いや、どう考えても密入城は冒険と呼ばないのでは。

 しかしあまりにも当たり前のように言うので、ツッコミを入れる気も起こらなかった。


「その沈黙、呆れてるわね!? 使用人のくせに生意気なんだから!」


「五年前、密入城をやってファブリス王子を攫って帰ってきた時、私がどれほど苦労したかわかってないからそんなことが言えるんです」


「でもファブリス殿下との距離は縮まったんだから良かったじゃない! ……あ、そうだ、いいことを思いついたわ」


 やはり私の話はろくに耳に入れられないだけではなく、嬉々とした声で新たな悪巧みを告げられた。

 しかしその内容は、私が思ってもいなかったもので。


「アイ。あんたはファブリス殿下に妹君がいるのは知ってたかしら」


「……初耳ですね」


「フェリシア・アン・デービス殿下。万年寝たきりの病弱王女って有名なんだけど、もしかするとわたくしたちならなんとかできたりするんじゃないかしら? 冒険には目標ってものが必要だから、ちょうどいいとは思わない?」




 ――二度目の密入城は、前回よりずっと難易度が高いものになるかも知れなかった。

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