第七話 ファブリス王子とのファーストコンタクト②
私がファブリス王子の顔の良さに圧倒されているうちに、アイリーンと彼の会話は進んでいく。
月に一度催されているらしいお茶会までの間、アイリーンがどうやって過ごしていたかなどが主な話題。基本ファブリス王子は合いの手を打つばかりで、アイリーンがペラペラと喋っていた。
「ねえ聞いてくださる、ファブリス殿下? わたくし領地で有名人になったのよ!」
「それはすごいね。この茶菓子が関係しているのかな?」
「ヨウカンというの。ヨウカン以外もたくさん持ってきたわよ。アイに……じゃなく、このアイリーン様が自ら作ったものなの。殿下も召し上がるといいわ」
ほんのりと甘い香りが漂う淹れたてのお茶のお供に、羊羹にかじりつくアイリーン。
彼女の姿をファブリス王子はただただ柔らかに目を細めて見ているだけだ。
「わかった。あとで毒味係に味見させて、それからいただくとするよ」
「良かったわ。ところでファブリス殿下は相変わらず勇気がないのね」
「……確かにそうだ。こんな僕だけど、欠けるわけにはいかないから」
少し申し訳なさそうに目を伏せる仕草なんてもう最高じゃなかろうか。どんな表情をさせても素敵だなんて、本当に顔がいい以外の言葉が浮かんでこない。
(可愛い……可愛過ぎる……けど)
いい加減落ち着かなければいけない。
自分にそう言い聞かせ、アイリーンの口を一時的に借りて大きく深呼吸。これでやっと少し収まった。
アイリーンはほんの少しだけ私の行動に首を傾げたが、すぐにくすくす笑い出すと、
「ずいぶんとご立派な王族としてのご自覚がおありのようね。そんなくだらない考え、全部捨ててしまえばよろしいのに」
なんて、とんでもない発言を平然と口にした。
この瞬間の私の心境はなんとも言い表し難い。平静になろうとしていたはずが突然冷や水を浴びせかけられたかのようで、心臓が止まるかと思った。
王子を笑うなど、いくら何でもやり過ぎだ。
そう、思ったのだが。
「ごめん」
ファブリス王子は謝った。
謝ったのだ。
(え……?)
「もういいわ。それより早くファブリス殿下の成したことを教えてくださる?」
「そうだね。実は――」
話し出すファブリス王子。私は彼の言葉を話半分で聞き流しながら考える。
ファブリス王子もアイリーンと同い年と聞いている。それなら少しは不機嫌になっても何も不思議はないはずなのに、何なのだろうこの反応の違和感は。
アイリーンは彼のことをなよなよしていると言っていた。その時は王子に対してなんたる酷評だろうと思っていたけれど。
(あまり自己主張ができずにおとなしくしている優等生な小学生男子みたいな感じ……?)
我ながら例え方がひどいと思うが、そう考えるとなんだかしっくりいった。
私が一人納得している一方で、ファブリス王子が話すのはずっとどのような勉強をしたかだとか、剣の練習を頑張っているだとか、そんな話題ばかり。
ちなみにアイリーンは途中から聞くのをやめたらしく、持参したスイーツに夢中になっていた。
「まだまだ剣の腕が低くて、情けなくなるばかりだよ」
「へえ、そうなの。その歳でなかなかすごいと思うわ。私も見てみたいかも」
アイリーンに代わり、ファブリス王子との会話を私が引き継いだ。なるべくアイリーンっぽい口調で。
「ありがとう。一人前になったら、見てもらおうかな」
「楽しみだわ。頑張ってね」
悪い子ではないのだけは確かだ。天使のような美貌のくせに王子だからと威張り散らすよりはずっといい。むしろ好感が持てる。
けれど――先ほどからの発言を聞く限り自己肯定感が低く頼り甲斐がないのは確かだし、アイリーンとしては張り合いがないだろうというのもまた事実だった。
彼はアイリーンとあまりにも真逆過ぎる。
「あー美味しかったっ!」
一通り食べ終えたアイリーンがそう言って、私から体の主導権を奪い返す。
そしてパッと顔を上げ、ファブリス王子に言い放った。
「さあ、今から王宮を飛び出してちょっと城下町まで行きましょう! どうせ引きこもってばかりなんだもの、たまには外に出たら楽しいと思うの!」
「ああ……そうだね」
困ったように笑うファブリス王子。けれど彼はゆるゆると首を振って。
「でもこのあと剣の稽古があるから、残念ながら無理みたいだ」
「つまらないの! いつもそう言って断るじゃない。本当になよなよしてるんだから、ファブリス殿下は」
ぷぅ、と頬を膨らませながら拗ねるアイリーン。
しかし彼女はすぐに機嫌を直し、すぐに「そうそう、言い忘れてたことがあって……」と全然関係のない話を始めた。
いつもこんな風なのだろう、この二人は。
所詮は子供同士の他愛ないやり取り。そう言いたいところけれど、彼との関係はアイリーンが今後どうなるかに大きく関わってくる可能性が高いと思うと、ただ見ているだけというのは歯痒い気持ちでいっぱいになってしまう。
「君は自由奔放で本当に羨ましいよ」
そんな風にファブリス王子が呟いたのが聞こえた気がした。
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