第六話 ファブリス王子とのファーストコンタクト①

「このヨウカンとかいうお菓子、ファブリス殿下に食べさせて差し上げるのはどうかしら?」


 昼は菓子や料理作りと村へ脱走しての遊び、夜は森を駆け回る。

 そんな毎日を送っていたある日、アイリーンが唐突にこんなことを言い出したので驚いた。


「ファブリス殿下って……あの?」


 アイリーンの婚約者にして、なよなよしていると酷評されていた王子。

 彼女が王子について話していたのはアイリーンと共同生活することになったあの日以来で、忙しさのせいもありすっかり忘れていた。


「そうよ。そろそろ殿下とのお茶会なの」


「え、明日ですか!? 初耳なんですけど」


「そりゃそうよ。だって言ってなかったんだもの。お茶会は退屈だけれどファブリス殿下の最高のお顔が見られるからなかなか悪くないわよ!」


 全く悪びれることなく、作ったばかりの羊羹をパクつき、満足そうにしながら言葉を続けるアイリーン。

 顔さえ良ければそれでいいのかと思ったがそれは口にせず、私はしばしの間思案する。


 相手は王子という立場。どんな人物であれ、機嫌を損ねるわけにはいかないのは確か。もしも不興を買ってしまったら破滅一直線に違いない。


(アイリーンはきっと王子の前でも猫を被ったりはしてないだろうから、もう手遅れかも知れないけど……。それでも嫌われないよう最大限の努力はすべきよね)


 そう考えると、ヨウカンを持っていくのは非常に悩ましい選択だ。

 出来はかなり美味しいので気に入ってもらえる可能性もある。でも貴族のお嬢様が怪しい手作り菓子を持ってくるなんて、と警戒されないとも限らなかった。


 でも、アイリーンはもう持参する気満々のようだし――。


「まあいいか。わかりました。ファブリス王子に羊羹を渡して喜んでもらえたら御の字、というくらいに考えておきましょうか」


「そうだわ、せっかくならヨウカン以外も持って行きましょ」


 いいことを思いついたというようにアイリーンは目を輝かせ、「楽しいお茶会になるわね、きっと!」とは笑う。

 果たして、本当に楽しいお茶会になってくれるだろうか。正直なところ不安でしかなかったけれど、私は頷いておいた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「くれぐれも第一王子殿下に粗相のないようにな」

「……おとなしくしているのですよ」

「マナーに気をつけてね、ねえさま」


 そして翌日、使用人の女性――エリーに一通りの支度をされ、両親と、それから幼い弟に心配されつつ見送られ、金銀宝石のあしらわれた馬車に乗ってアイリーンと私は出発した。


 いよいよ王子と会うのかと思うとドキドキする。

 今日のファーストコンタクトがどのようなものになるのかによって、今後が変わるかも知れないのだから当然だった。


 何か参考にできないかとアイリーンに聞いてみるものの、アイリーンの口から出るのは「本当に素晴らしいお顔なの!」という言葉ばかりで役に立たない。

 そうしているうちに時間ばかりが過ぎ、やがて馬車がゆっくりと停まった。


「着いたわ。デービス王国の王宮よ」


「ここが……」


 おとぎ話に出てきそうな白亜の城。

 馬車から軽やかに飛び降り、じゃらじゃらと宝石のついた真紅のドレスを翻すアイリーンは、駆け足で王城の門をくぐってその中へ突き進む。


「ちょっと落ち着いてください! ここはお城の中ですよ!?」


「だから何? よいしょっと」


 綺麗に整えられた花壇を軽々と飛び越えた先、そこに広がっていたのは西洋画の中に入り込んだと錯覚するような白薔薇が咲き乱れる幻想的な庭園だった。


 しかしそれを目にして驚愕するのはまだまだ早かった。

 だって、その庭園で待ち構えた人物と比べれば、庭園の美しさなんて簡単に霞んでしまうほどだったのだ。


「今日も元気だね、アイリーン」


 まだ成長しきっていない高くて柔らかい声が、アイリーンの、そして私の耳をくすぐった。

 そして私はそちらに目を向け――息を呑んだ。


「ごきげんよう。ファブリス殿下も相変わらずみたいね!」


 私の内心など知ったことかとばかりに元気よく答え、庭園に並べられているテーブルにどすんと腰を下ろすアイリーン。

 私はそんな彼女に注意することもできない。向かいに座る少年に目が釘付けになってしまっていたから。


 それはテレビで見たいかなるイケメンとも、二次元のイケメンキャラとも比べ物にならないほどの美少年だった。

 顔のパーツはあまりにも無駄がなさ過ぎる。澄み渡った蒼穹の瞳は切れ長だし、鼻は高いし唇は綺麗な桜色。ふわふわとした金髪が風に揺れ、彼の浮かべる微笑みはまるで天使のそれだ。


 ああ、アイリーンの言葉は間違っていなかった。


(顔がいい。すごく、顔がいい……っ!!)


 精神年齢十七歳の私が、七歳も年下の少年に年甲斐もなく胸をときめかせた瞬間だった。

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