異世界転生して悪役令嬢になったけど、元人格がワガママ過ぎて破滅回避できません!
柴野
第一章 悪役令嬢に転生(?)したので、元人格と共存することになりました
第一話 悪役令嬢転生?
私は鏡をじっと見つめていた。
そこに映るのは、波打つ銀髪に真紅の瞳の美少女。歳はまだ十歳程度に見える。
顔立ちは整い過ぎているほど整っていて美術品のようだ。
「これが、私……?」
呟くと、自分のものとは思えない声が出た。
それを聞きながら私は思う。
これは噂に聞いていたあれだ。
異世界転生というやつかも知れない、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私は普通の女子高生のはずだった。
友達に部活に勉強に。ありふれた青春を過ごす日本人だったのだ。
ちなみに顔はそこそこ可愛かったが、ここまでの美人ではなかった。
それならなぜ銀髪に赤い瞳の美少女などになっているかと言えば、理由は私にもよくわからない。
部活からの帰り道、歩道を歩いていた際に車と車の衝突事故に巻き込まれたことが原因だろうとは推測できるけれど。
車に押し潰されでもしてそのまま死んでしまったに違いない。
そして神の温情かはたまた奇跡が起きたのか、別の人間になってしまったというわけである。しかもおそらく異世界人に。
明らかに日本人でないにせよ、私が異世界転生したと考えたのにはわけがある。
髪を引っ張ってみたがカツラではなさそう。赤い瞳は現実世界ではアルビノの人しかならないはずだし、プラチナブロンドというのはあれど銀髪は存在しない。それに衣装が中世ヨーロッパ風、具体的に言えばロココ時代のようなドレスだった。
私はそういう物語をあまり読まなかったが、中学生の妹がweb小説を好んでいて、よくそういう話を聞かせられていた。
悪役令嬢転生。それと今の状況はピッタリ一致するのだ。
馬鹿馬鹿しい。生前はそう思っていたが、いざ自分の身に起こってみると、じわじわと実感が湧いてくる。
(確か……そう、現実世界で死んだ主人公が悪役令嬢に転生する話。悪役令嬢は乙女ゲームに出てくるワガママで意地悪な女の子で、最後は王子に婚約破棄されるっていう設定なのよね。それを回避するために奮闘するみたいな話だったような……)
混乱する頭で必死に思い出す。
だが、詳しくは知らないのでそれ以上の情報はわからなかった。
(しまった……。妹に紹介してもらったweb小説、少しは読んでおくんだった。もしかしたらその中のどれかに私が転生したこの世界の話もあったかも知れないのに)
悪役令嬢転生したに違いないというのもあくまで推測に過ぎず、これからできることの範囲が狭まってしまうのは確かだ。
しかし後悔しても仕方がない。
とにかく転生してしまったものは転生してしまったのだ。記憶の中を探ってもこの体に関する記憶はないので、まず転生した先のこの体が一体誰なのかから情報収集をしていかないと――。
などと考えていた、その時だった。
「さっきから黙って聞いてたけれど、もう我慢ならないわ!」
口が勝手に動いた。
「何よあんた、
心臓が飛び出すかと思った。
先ほど聞いたばかりの美声がこちらに容赦なく怒鳴ってきたのだから当然だった。
自分が死んで別の誰かに乗り移るような形で生まれ変わったということだけでも手一杯なのに、次から次へと何なのだ。
軽くパニックになりかけるが深呼吸で無理矢理心を落ち着かせ、問いかける。
「あ、あなたは?」
どうにか声を絞り出すと、鏡に映る幼い美少女の顔つきが怒りを帯びた。
「まあっ、わたくしのことも知らないの!? 仕方ないわね、教えてあげるわ。わたくしは栄えあるライセット公爵家の娘、アイリーン・ライセット様よ!」
アイリーン・ライセット。
この体の持ち主の名前はわかったが、私はそれどころではなかった。
web小説好きの妹に、異世界転生は二種類あるらしいと聞いたことがある。
一つは「前世を思い出した」と言って行動を改めるパターン。そしてもう一つは憑依のような形で成り変わるパターンだ。
話を聞いた時は大して興味もなかったので、深く考えたことはなかったけれど。
後者の場合、憑依する前の人格はどうなるのだろう。
「消滅するなら話は簡単。でも、もしそうでなかったら……?」
「何をぶつぶつ言ってんのよ。今はわたくしがあんたに話してやっている最中でしょ! あんたこそ何者なのかさっさと言えばどうなの?」
また私の口――いや、アイリーンの口が動いて、彼女が叫ぶ。
仕方ない。私は一旦考えごとをやめて答えた。
「私の名前は瀬戸愛。愛って呼んでください」
相手の威圧感に気圧されて思わず敬語になった。アイリーンの方が間違いなく歳下なのに。
「ふぅん。アイねぇ。わたくしの名前を借りたのね?」
「別にそういうわけじゃ」
確かに言われてみれば似ているが。
「それなら話は早いわ。そんなにわたくしが羨ましいんだったら、特別にあんたをわたくしの召使にしてあげましょう。
もう一度命令するわよ。アイ、わたくしの体から出ていきなさい。
どういうつもりか知らないけれど高貴なるわたくしの体に収まろうだなんて傲慢にもほどがあるわ。ただ、わたくしは寛容だから許してあげるけれど?」
「悪いけど、私にも全くわかってないんです。トラックに轢かれて気がついたらあなたの体にいてて。だから出方もわからないというか、多分無理じゃないかなと」
何せ私の前世の体はおそらく死んでしまっている。まだ現実味がないがそれはこうして転生していることを考えれば確かなことであり、故に戻れるわけがないのだ。
そう思うとなぜか涙が出てきた。
前世には、家族や友人がいた。
なのにそれを置き去りにして死んでしまい、私は今、こんなところでわけのわからない女の子とわけのわからない会話をさせられている。
どうしてこんなことに、と思い始めると、止まらなくなってしまった。
私はこれからこの世界で生きていかなければならない。ろくに状況把握もしていない状態で、泣いていても仕方がないというのに。
「……ど、どうしたのよ?」
アイリーンは動揺した顔で涙を流す私を見た。
今は私が彼女で、彼女が私なので、実際は鏡を覗いているだけなのだが。
彼女は私の涙を拭い、私が泣き止むまで黙って待ってくれていた。
――これが私と悪役令嬢アイリーン・ライセットの最初の思い出。
なんとも珍奇な出会いだった。
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