第二話 破滅回避なんて知ったこっちゃない悪役令嬢
さて、泣き止んだ私は、少し清々しい気持ちになっていた。
どうせ元の体は死んでしまったのだ、今さら嘆いても仕方がない。そう割り切ることにしたのだった。
まず、アイリーンに一連のことを話した。
前世の話、転生についての話。そして悪役令嬢に待っているらしい破滅という未来も。
「アイリーン……さんは、」
「アイリーン様よ」
「アイリーン様は、王子と知り合いですか」
なんと呼ぼうかと躊躇って、さん付けを選んでおいたがすぐに訂正された。自尊心が高いというか偉そうというか、尊大なお嬢様のお手本のような性格をしているらしい。
そんなアイリーンは、自信満々に言った。
「王子様とはただの知り合いじゃないわ、婚約者よ! ファブリス殿下は王位継承権一位の第一王子で、本当にお顔がよろしい方なの! 本当にお顔だけは何度思い出しても惚れ惚れしてしまうわ! もっとも、性格はナヨナヨしててみっともない雑魚だけれどね」
「王子に対してずいぶんな酷評……。それにしてももう知り合いだったなんて。婚約するの早過ぎじゃない?」
一昔前までのお見合い結婚より酷い。子供時分から結婚相手が決められているなんて狭苦しい生き方だなと私は思った。
ともかく、
「おそらくこのままではアイリーン・ライセットは死んでしまう。そのために王子との婚約をさっさと解消でも何でもして離れる必要があるでしょう」
「どうして?」
「だって死にたくないじゃないですか。私も詳細はわからないからはっきりとしたことは言えないですけど、多分それで破滅は防げるはずなんです。そうしたらあなたの将来も安泰ですし、私がどうにかこの体から抜け出す方法もわかるかも知れませんから……」
子供に言い聞かせるような気持ちで私は言った。
さすがにどんなワガママお嬢様でも自分の命がかかっているとわかれば聞き入れてくれるだろう。彼女との折り合いの付け方を考えるのはそれからでも遅くない。
そう、思っていたのだが。
「破滅? そんなのするはずがないわ。わたくしこそが王妃になるに相応しい者なのよ!」
自信に満ちた顔でアイリーンは笑った。
「婚約破棄なんて馬鹿なことが本当に起こるわけないじゃない。わたくしはこんなにも美しいのよ」
「でも私の故郷の格言では美人は三日で飽きるって言いますよ。だから婚約破棄されてしまうんでしょうし」
「絶対に飽きさせるもんですか。ファブリス殿下の心くらい簡単に掴めるわ!
王妃になるのはわたくしよ、誰がなんと言おうと。わたくしに並び立てるほどのお顔を持っているのはファブリス殿下くらいしかいないもの!」
ファブリス王子に会ったこともなければ前世の物語などで目にしたこともないので、どの程度のイケメンなのかは知らないが、それにしたって。
「いくらイケメンでも王子はあなたを捨てる。そしたら破滅なんですよ。あなたも私もまとめて死ぬんです。だからお願い、どうか話を聞いて!」
「わたくしの召使のくせに生意気ね。わたくしは一度決めたことは何があっても曲げないって決めてるの。召使はわたくしを信じていればいいのよ!」
……まるで話にならな過ぎる。
せめて、頭の中でうるさくするくらいなものなら私にも制御できた。
だがアイリーンは現実にこの体を動かせるわけで、私がどう行動しようが彼女の意思一つで制止できてしまうのだ。
とんでもなく厄介なことになってきた、と私はため息を吐きたい気持ちでいっぱいになった。
こんな性格では到底王妃など務まらない。ということは婚約破棄からの破滅まっしぐらだ。
しかし本人は王子と別れたくないという。せっかく授かった二度目の人生、彼女のワガママのせいで終わりたくないと、必死に思考を巡らせた。
ちなみにどういう仕組みか互いの考えは漏れ出ることがないらしい。同じ体を使っているのに、アイリーンとの意思疎通は口頭でやるしかない。
もちろんその方が助かる面は大いにあったが、そのせいで後々困りそうな気もしないでもなかったりする。
(やっぱりこれはワガママな性格をどうにかするしか……。こんな自分勝手な子供のままでは絶対ダメ。彼女を悪役令嬢から完璧令嬢に更生させることができれば破滅回避もできるかも)
「あんた、どうせわたくしのことをワガママだの何だの思って、いい子にさせようと企んでるんでしょう!」
思考は漏れないはず。なのに、速攻で何を考えていたかバレた。
鏡の中の銀髪美少女が驚きの表情になる。しかしすぐにアイリーンによって笑みに戻された。
「お父様もお母様も侍女たちもみんな淑女たれってうるさいの。
でもわたくし、完璧な淑女になるだなんて御免被るわ。わたくしはわたくしのやりたいようにするんだから!」
腰に手を当てて、いかにも悪役っぽく笑う彼女は宣言する。
「悪役令嬢だろうが何だろうが知ったこっちゃないわ! 見てなさい。破滅なんていうものはこのアイリーン様が真っ向から叩き潰してやるわよ!」
私は頭を抱えたくなったのは言うまでもない。
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