滅亡した国の最後の伝令兵、敵国の王女に拾われる。

天月トワ

114mm砲弾の飛び交った大地にて

「はぁ、はぁ...。」

少年は不発弾の多い大地を駆けていた。自らに与えられた役のままに。


少年、ロルファーはゼロル王国ナガト大隊第4機甲小隊に属する伝令兵だった。

といっても、その伝令というのは斥候兵に近い役であり、兵役には適さないものの忠誠心と愛国心では他に類を見ないほどの絶対を誇る彼に相応しい...いわば、「捨て駒」という役割を与えられていた。

しかし、彼はどのような激しい戦闘があっても必ず生き延びて帰ってきた。彼以外の伝令兵が全滅しようと、必ず。部隊が半壊になろうと、確実に。


彼が、本国であるゼロル王国が20年前の戦争の英雄フィンデ・デリュービオンのような声をした、浮遊する何かによって滅ぼされたと小隊長に言われたのが3ヶ月と少し前。

そして今彼は、その時に互いに死なないように言い残した七人を探して、半月前の前線を放浪していた。彼自身、なぜ半月も生きながらえているのかはわかっていない。腕にこびりついた、錆びた血など虚ろな彼の目に入ってはいないのだ。


「...!」

今日は、小隊長が乗った[セルゲイⅤ改]を見つけた。これで、彼以外の小隊員全員が死亡したと確認できたのだ。セルゲイⅤ改のコクピットには、ハエが集り半ば以上が骨となった小隊長らしきものがあった。脱出のために開いたコクピットハッチに捩じ切られたのだろう腕は、すでに風に吹かれて無くなっていた。

置き手紙には一言、『俺ゃもう無理だ。頼んだぞ」と、かろうじて読める茶色に変色した血で書かれた文字があった。


「はぁ...。」

小隊長の死体を見届けたあと、ロルファーはセルゲイⅤ改の12脚にもたれるように座った。本国は滅び、最後に残った小隊すら自らを残して永遠に消え去った。

彼の生きる意義であった、「本国に仕える」ことはもうできなくなったのだ。

お前は、もう立ち上がれないだろう。ロルファーは、自分の中の冷静な自分がいうその言葉に頷いてしまった。


その瞬間!空から女の子が降ってきた!


カツン、という音がセルゲイⅤ改から聞こえ、「いぃったあ!?」という声がさらに聞こえた。「あ、股割れそう痛い痛い痛い...!」結構痛そうだ。

少女らしきその人物に声をかけようか悩んだロルファーだが、愛国心と親切心を一瞬天秤にかけて(そもそも国がないよ)と片方の天秤を放棄したため声をかけることにした。

「えっと、大丈夫ですか?」


その瞬間、少女はぴくりと動いた。そして次の瞬間。

「きゃあぁぁあ!?現地兵のおばけー!?」

そういうと同時に、少女は気絶してしまった。


ロルファーが背負って移動して数時間。まだ東にあった太陽が真北を指す少し前に少女は目覚めた。

「...うぅん...。」

「あ、おはようございます」

「!?キャ...むぐぅ!?んー、んー!」

「はい、落ち着きましょうね。僕は現地兵でもお化けでもなくて、今は無きゼロル王国の最後の一兵、ナガト大隊第4機甲小隊所属伝令兵、ロルファー上等兵です。激戦場にいても、騙し討ちのような状態で味方が全滅しようと生き延びた『不死身のロル』とも呼ばれていました。あなたの保護者がいらっしゃるまでの幾日かは、共に過ごすことになります。よろしくお願いしますね?」

ロルファーの丁寧な言葉に驚いたか、「...うん。えっと...よろしく」と言ったあと目をパチクリとさせた。


「ああ、そうだ。お名前は?」

「えっと、私はレイン。レイン・デリュービオン。レインって呼んでよ」

「わかりました、レイン。...デリュービオンということは、かの有名なフィンデ・デリュービオン様やセレカ・デリュービオン様と関係があったり?」

「ん?ああ、お父様と母様だね。お父様は最初からいなかったけど、いい人だって母様が言ってた!」

「そうなのですか。セレカ様はいかがお過ごしに?」


その瞬間、笑顔だったレインの顔が曇った。

「...あの、母様は5ヶ月前に撃たれちゃったの。ブラオ公国にエイコーあれ、って叫んで」

「...ッ!?ブラオ公国と言いましたか!?」

「...?うん、言ったよ?」

ロルファーは少し顔を絶望に染めた。


「そ、そんなに大変なことなの?」

「大変、どころじゃありません!ブラオ公国といえば、かつてあった大国の名ですよ!?その精神に満たされているならば、かつての僕のように故国に狂信を抱いて理不尽に人を殺害することにつながります!きっとその人は...!」

「あ、それは大丈夫だよ」

「...え?」

少し拍子抜けだと感じたロルファーに、レインは続ける。

「だって、あの時お父様がその瞬間を見て打った奴の首をへし折って殺してたもん」


「...そう、ですか」

「うん。あ、お腹空いてきた!」

少しだけレインを恐ろしく思いつつも、ロルファーはウサギを捕らえた。

「じゃ、焼きましょう!これは大きいので、2人で分けてもお腹いっぱいになりますよ、きっと!」

「わー、美味しそう!」

皮を剥いで焼き上げると、炭の匂いが一体に広がった。

思わず涎を垂らしたレインを微笑ましくロルファーは見た。


「えへへ...ご馳走様!」

「お口にあったようで良かったです。ここら辺には猛獣はいないので、木を集めましょう。湿気を含んでいるものだとより良いですね」

「なんで?」

言われると、ロルファーは少しだけ顔を歪な笑みに形を変えて言った。

「だって、こんなところでいる人間なんて僕みたいなくたばり損ないか、レインを探してる人間だけですよ?煙を焚いておけば人がいるってわかってくれるはずなので、僕は集め終わったら自殺するのでどうぞお構いなく」


「...だ、ダメ!」

「?」

「ろ、ロルは優しいからそんなこと言ってるだけだよ!私はそんなの許さないからね!死んだら私も一緒に死ぬから!」

強い視線を浴びせられて、ロルファーは苦り切った顔をした。

「...たとえ、あなたがそう言って僕の助けを求めても『そう言わされたのでしょう?』と言われてその人たちが僕を殺すのがオチですよ。だから諦めてください」

その瞬間、レインが必死めいた表情から少しだけ余裕のある顔になった。


「...じゃあ、私がそう言って受け入れられたら。受け入れられたら、私と一緒に来てくれるの?」

「...?ええ、良いですよ?ただ、現地兵の恐ろしさを知っている人からすれば信用されないでしょうが。じゃあ、木を集めてくるので火が消えそうになったら置いてある枝を火に入れてくださいね」

「はーい!」


ロルファーが枝を集めて帰ってきたのは40分後だった。

火は少しだけ残っていたが、枝がなくなっていてすぐに消えそうだった。

「ロル、遅い!」

「すいません、レイン。なかなか木がなくて」

「言い訳はいいから、早く枝を入れて!」

「いや、すぐに枝を入れると火がなくなるので小枝からです」

「...わかった」


少し火の勢いを戻すと、そこから枝を入れ始めて火は元通りになった。

「...じゃ、あとは寝ましょうか。僕が風下で寝ずの番をしておきますので、レインはお休みください」

「といっても、私寝る場所ないよ?」

無言になったロルファーは、レインを手繰り寄せ抱きしめた。

「!?何するの!?」

「ああ、暴れないでくださいよ。変なことをしたいってわけじゃなくて、僕に寄りかかればまだ寝れるかなって思っての行動です」

「...ふぅん?私に好意はないと」

「そもそも、精神が限界状態にある兵が凌辱を行うのであって、僕は精神的余裕が異常なほどありますから。今の僕だったら、踊りの一つすら踊れますよ。まあ、踊りは知りませんが」


そのギャグに笑ったレインは、ロルファーを抱き枕に眠った。笑顔で眠るレインの暖かさに釣られて、程なくしてロルファーも眠りへと誘われていった...。




「おはよ、ロル!」

「わぁっ!?」

突然耳元から聞こえたレインの声に、ロルファーは思わず飛び起きた。眠い目をこすりつつ見ると、昨日よりも元気なレインが見慣れない何かの上に眠っていたロルファーに跨るように位置していて...。

「そ、そんな破廉恥な格好をなさってはなりません、レイン皇女殿下!幾らレイン皇女殿下をお救いになられたお方といえど、貴方様の美貌に欲情するに違いないのですから!」


ロルファーは、その老人の声に驚いた。

「あぁん?うるさいわね、クソジジィ!私は、私の命の恩人に甘えてんの!アンタがとやかく言おうと、ロルが私を欲情した目で見ないっていうのは昨日抱きついても襲われてなかったことが証明するでしょ!それに、凌辱するのは精神状態が限界の人だけで、ロルは余裕たっぷりで踊りも踊れるくらいには精神状態が大丈夫なの!」

「し、しかし...!」

「ああもー、うるさいわね!私は恩人に甘えたいの!公爵の子がどうとか、政略結婚だとかどうでもいいの!結婚するなら私はロルを選ぶから!それでも嫌だっていうなら、うちの学院で生活態度を見ればいいじゃない!」

「...分かりました。皇女殿下ともども、来月のご入学に間に合わせるよう手配しておきます」


「...レイン?皇女殿下って聞こえた気がするんですが...?」

「ああ、気にしなくていいの。私は、ロルと一緒にいれればいいから。ロルは、私が好きになってくれればそれだけでいいの。良い?」

「でも、学院なんてお勉強わからないですし...。」

「私が教えるわよ。それでいいでしょ?」

「...まあ、多分...?」

「よし、決まりね!じゃあ、先に学院寮に入っちゃいましょ!私の付き人ってことにすれば女子寮でも入れるし、あなたの忠誠心が気に入ったし!

...だから、くれぐれも私以外を想うなんてこと...しないでね?」

空気が重くなったことを感じたロルファーは、

「はいっ!」

そう答えることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

滅亡した国の最後の伝令兵、敵国の王女に拾われる。 天月トワ @Althanarou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ