可愛くて美人な幼馴染の聖女が実は男で、しかも私を溺愛してるなんて聞いてません

二ノ宮 ぷんた

第1話 いきなり大ピンチ!

 

 私、ロザリアはオーヴ魔法学園に侵入しようとしていた。

 幼馴染のカイに会うためである。


 オーヴ魔法学園というのは、国が経営する魔力を持つ人の為の学校だ。


 この国の民は10歳を迎えると貴賤を問わず誰もが神殿で魔力検査をすることが義務づけられている。

 そこで少しでも魔力がある事がわかれば、国から推薦をもらって14歳になると通う事が出来る。

 学園に入れば衣食住が保証される上に卒業後はエリートへの道が約束されているので断る人間はまずいない。

 

 魔力検査で魔力があることがわかると、貴族では婚約の申し込みが殺到するらしい。

 庶民に魔力のあるものは滅多にいないが、もしいた場合ご近所皆総出でお祝いをし、支度金が渡されて読み書きや簡単な計算などを学んだりして入学までに準備をする。


 だから、孤児だったカイが魔力検査で豊富な魔力と光属性に適正があるとわかった時は、私たち遊び仲間みんなでお祝いした。

 お祝いした次の日から、カイと1度も会えなくなるなんて誰も思わなかった。


 カイは聖女として王宮で過ごすことになったと孤児院のシスターに聞いた。

 何やらすごい貴族のところに養子に入ったらしく、それきり2度と帰ってこないカイに会いたくて、私は毎日泣いては家族を困らせた。


 何度も王宮に足を運んだが、私のようにカイに会いたいという人間はごまんといるらしく、門前払いされるばかりでひとめ見ることも叶わなかった。


 カイの様子は1週間に1度、新聞に聖女さまの事を綴ったコラムが掲載されて知ることができる。

 そのため、怪我もなく、病気をすることもなくきちんと聖女の仕事を果たしていることは知っていたが、それと1度も親友に会えないのではますます不満が募るばかりだ。


 せめて1度でもいいから話がしたかった。

 カイは今、幸せなのだろうか。私の事を忘れてたりはしないよね?


 聖女コラムには、つい先日カイがこのオーヴ学園に入学したと書かれていた。

 王宮には兵士がたくさんいて、忍び込むなど出来そうもなかったが、学園ならばまだチャンスがあるかもしれない。


 そう思ってここへ来た、という訳である。




 私は自分の格好を見直した。


 赤毛を三角巾に押し込み、エプロンをつけた、どこからどうみても完璧な掃除係である。


 これならきっとバレないに違いない。

 学園を囲む頑丈なレンガの壁には、魔法で侵入者を発見する装置がついているので、門の警備の前を通るしか手段はない。

 そちらに歩みを進め、素知らぬふりをして通り過ぎようとした。


「きみ、ちょっと待ちなさい」

「はい」

「どこの子だい?遊びか度胸試しか知らないが、ちゃんとわかっているから入ってはだめだよ」


 私はあっという間につまみ出された。


 警備員に怒られている間に、馬車が一台通り過ぎていく。

 王家の紋章がついた美しい装飾の馬車の中に、ちらりと聖女のベールらしき白い頭が見え、私は思わず身を乗り出した。


「カイ! カイ!?」


 叫ぶ声が聞こえる訳もなく、馬車はあっという間にどこかへ行ってしまう。


「聞いているのかね!? もしかして聖女様のファンだから侵入しようとしたのかい? 残念だが聖女様は今からお仕事だから忍び込んでも学園にはいらっしゃらないぞ。わかったら帰りなさい」

「お仕事……」

「そうだ。北の方で魔物が出たと報せが入ったからとすぐに駆除に向かわれた。くれぐれも見に行くんじゃないぞ。危ないから近寄るな」


 警備員が何かいっているが、すでに私は上の空で、ふらふらと歩きだしていた。


 北といったら北の森かも。

 少しだけでもカイの顔がみたい。

 走ったら間に合うんじゃないかしら。

 一瞬だけ見えた、聖女のベールを思い出したら、もうどうしても諦めきれなかった。


「ちょっとだけ。いざとなったら走って逃げるから」


 そう言い聞かせて北の森まで走って、休んでまた走って。


「あっ、さっきの馬車だわ」


  森の入り口には学園の門で見た美しい馬車が泊っており、聖女らしき人物が騎士たちの指揮をとっている。

 どうやら間に合ったようだった。

 その聖女の背後に忍び寄る魔物がいるのに気づいて、私は大声で叫んだ。


「あぶないっ!カイっ!」


 すると、魔物が私の方に振り返った。

 目のない蛇のような魔物だから、おそらく音に反応したのだろう。


「きゃあっ!!」


 あっという間に、魔物はこちらへやってきて、そのまま私を丸のみにした。





 ◇◆◇



「……つめたッ!!」


 驚いて飛び起きると、綺麗な女の人が私の額に触れていた。

 その人の手が異様に冷えている。


「ロザリア、そなたはカイと知り合いなのですか?」

「え? カイ? カイとは親友です! ……あれっ、そういえば私は確か、魔物に呑み込まれたはずじゃ……」


 そう思い周りを見渡すが、あたりは真っ白でなにもない。


「もしかして死んだ? ここって天国なのかな……」

「ええ。そなたは魔物に呑み込まれて仮死状態となっています。魔物は退治され、腹の中から引きずり出されたそなたを、今はカイが懸命に呼んでいる最中です」

「カイが私を……ううっ、やっと会えたと思ったのにこんなんじゃ死んでも死に切れないよぉ!」


 泣き出した私の頭を、女の人は撫でてくれた。


「そなたは死んでいませんよ。今から生き返るところです。カイがあまりにも一生懸命にそなたに魔力を注ぐものだから気になってつい引きとめてしまいました」

「引きとめた? ……あなたはもしかして、神様が何かでしょうか?」

「ええ。わたくしは女神リオーネ。カイを聖女に選んだのはわたくしです。さあ、そなたはもう生き返ってカイを安心させておあげなさい」


 女神様がそう言って何もない空間を指差すと、精密な彫刻が施された白い鏡が現れた。


「あの、待ってください! 私、神様にお願いがあって!」


 女神は無言で私の顔を見つめた。聞いてくれるのだろうか。

 私は、カイに会えなくなってから4年間、孤児院にある教会に通っては、ずっと祈り願っていた希望を叫んだ。


「私に、カイの傍にいられるような、何かちからをください!!」


 私の言葉を受けて、女神はその手に透明な宝玉を出現させた。その宝玉を覗き込み何事かを見ている。しばらくして女神は顔をあげて私に言った。


「……ロザリア。カイの大切な人よ。ちからを得ると人は変わります。そなたはその心をカイに捧げると誓いますか?」

「えっ?カイの傍にいられるならなんでもします!」

「ならば、そなたにちからを授けましょう。必ずカイのたすけになりなさい。もしもそなたが、そのちからを悪用することがあれば、女神の裁きを受けることになるでしょう」

「悪用なんてしません! ありがとうございます!!」



 女神は頷いて微笑むと、手に持っていた宝玉を私の身体にそっと近づけた。

 そのまま宝玉は私の身体の中に消えていく。

 それから女神に手を取られて鏡を覗き込むとすうっと空間が歪み、ざわめきが聞こえ、目の前に青空が見えた。


「……気がついたようでよかった。何故祈りが届きにくいのか不安でしたが、もう大丈夫ですよ」

「カイ!!」


 白いベールをかぶり、聖女服に身を包んだ、少し大人っぽくなった親友がこちらを見ていた。


「会いたかった! 私の事覚えてる??」

「……いえ、知りません。それより、何故貴女のような人がここに居るのです? 避難するよう指示があった筈です。まだ魔物は残っているのではやく逃げなさい」

「待って! 私だよ。リアだよ」


 カイに食い下がろうしたその時、ずぅんと地響きが起こり、3つの頭を持つ大蛇が現れた。

 それぞれの目がぎょろぎょろ動いて獲物を探している。


「……仕方ありません。貴女は後ろに下がっていなさい」


 カイが大蛇に向かって杖を向けた。

 聖なる光が放たれて、蛇の頭を1つ貫く。

 貫いた頭は2つにぱかりと割れたかと思うと、それぞれがみるみるうちに再生してしまった。

 そうして増えて、合計4つになった蛇の頭が一斉にカイの方を向いて毒の息を吐く。

 カイは魔法で盾を作って防いだが、大蛇の勢いは収まらない。

 傷つけてもすぐに再生する上に増えるのではどうしたらよいのか。


『ロザリア、カイのたすけになりなさい』


 女神さまの声が聞こえた気がして、私は大蛇の方へふらふらと歩いて行った。


「何をやっているんです!?下がっていなさいといったでしょう!」


 大蛇が私に向かって毒の息を吐くが、私にあたる前にそれは忽然と消えてしまった。


「なっ……!?」

「いまだ!やってしまえ!」


 周りに居た兵士が毒を吐けない蛇に切りかかっていく。

 蛇は何度も毒を吐こうとするが、その口からは何も放たれず、苦しみの声だけが響く。

 頭を切っても再生することはなく、大蛇は容易く倒された。


 それを見届けた私は、そのまま気を失って倒れた。





「聖女様!ご無事ですか?」

「私は無事です。それより、この者のことですが……」

「はい。俺には彼女が大蛇に向かって手をかざした途端毒が消え、頭の再生がとまったようにみえたのですが」

「お前の見た通りです。もしかしてこの者は、女神の啓示を受けたのかもしれません」




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