魔王国ダンジョン

ただの青年


 アランを誘拐し、原作ストーリーを完全に崩壊させた俺は魔王から休暇を貰いのんびりとした日常を過ごしていた。


 なにか大きな仕事があった後は、必ず長めの休暇を与える。世のサラリーマンが聞いたら羨ましく思うであろうこのホワイト魔王国。これも人々が効率よく仕事をできるようにと魔王が考えた采配なのだろう。


 普段はイタズラばかりして問題行動を連発する魔王だが、中身は普通に優秀なのだ。


 問題行動が目立ち過ぎてみんな忘れがちだが。


「お、姫様。帰ってきたんだな!!しばらく見てなかったから心配してたぜ」

「姫様と呼ぶなって何回言えば分かるんだ。魔王国に来た俺の親友が変な勘違いを起こすだろうが」

「ハッハッハ!!その金髪イケメンの兄ちゃんか」

「そうだよ。わかったら今度からノアと呼ぶように」

「分かったぜ“姫様”」


 何も分かってねぇじゃねぇか。


 俺は串焼き屋のおっちゃんを睨みつけるが、おっちゃんは何処吹く風と言った表情で笑うのみ。


 相変わらずこの国は俺の事を“姫様”として扱うらしい。


「そういえば、ニーナやノアの職場の人達も同じ事を言っていたね。なんで姫様なの?」

「魔王様が俺の事をからかって“姫様姫様”と呼ぶから、街の人々に浸透しちまったんだよ。アランは姫様と呼んでくれるなよ?普通に殴るからな」

「あはは。それは勘弁願いたいけど、確かにノアは可愛いからね。僕と離れた後にその可愛さにさらに磨きがかかったみたいで何よりだよ」

「喧嘩売ってんのかお前は」


 俺はそう言いながら、俺の顔をペタペタと触るアランに呆れつつゴミを拾う。


 アランが魔王国にやって来たその日は、村の人たちとの再会を祝ってパーティーを開いた。


 何かと騒ぎたい魔王が計画したパーティーは小さいながらも盛り上がり、アランもこの魔王国に馴染めそうな感じである。


“アランにぃ、好きじゃない”と言っていたニーナも、なんやかんやアランのことは好きなようで帰ってきたアランに抱きついていた。まぁ、頭を撫でようとしたアランをぶん殴っていたが。


 ニーナにとって“頭を撫でられる”行為は特別なのだろう。ハグは許されるが、ナデナデは許さない。


 相変わらずなニーナに、アランも苦笑いを浮かべていたのを覚えている。


 魔王軍の中でも頭を撫でた人は居ないらしいからな。ニーナと仲のいいガルエルやザリウスも未だに頭は撫でさせて貰えてない。


 ちなみに、その日の夜はアランが駄々を捏ねて一緒に寝た。部屋が少ない孤児院時代はよく一緒に寝ていたが、部屋が余りまくっているここでも一緒に寝ることになるとはな。


 ニーナも“一緒に寝る”と言ったので、3人で川の字になって寝たものである。


 なぜが、ニーナを真ん中にして寝たはずなのに朝起きたら俺が真ん中になっていたが。


 アランとニーナに抱きつかれて起きた朝は少々息苦しかったよ。


「ハッハッハ!!仲が良さそうで何よりだ!!姫様がここを通る時は大抵ニーナ嬢ちゃんを連れているからな。今度からはアランも一緒に見ることになりそうだ」

「僕はノアと一緒に居るつもりだからね。その機会は多くなるかも」

「そりゃいい。ほれ、今日の分だ」

「いつもありがとおっちゃん」

「ありがとうございます」


 いつもの如く串焼きをもらい、朝食代わりにそれを食べる。


 うーん。これを食べると魔王国に帰ってきた感じがするな。宿の朝食も悪くないが、俺は毎日食べるこの串焼きの味が忘れられないらしい。


「美味しいね。僕の好きな味だ」

「それは良かった。あ、アラン、ゴミはこの袋に入れてくれ」

「分かった。それにしても、ノアはここでも掃除をしているんだね。村にいた時も教会の掃除をしていたし、掃除が好きなの?」

「まぁ、好きか嫌いかで言えば好きかな。俺の信仰する神様への祈りを捧げながら毎日掃除しているし」

「あぁ........なんだっけ?乱数の女神様だったっけ?」

「そうだ。毎日良き行いをすることによって、俺に幸運が降り注ぐ........と信じている。お陰で俺は生きているしな」


 掃除に手伝い、とにかく良き行いを行うことによって乱数の女神様は俺に微笑む。


 今回のブルーノの一撃を良けれたのも“運命の審判ラッキーミス”が微笑んだお陰だし、この先もこのスキルに命を賭ける事になるだろうからな。


 なんやかんや、必要な場面では100%で運命を手繰り寄せている。これは祈りがしっかりと届いているのかもしれない。


「昔、似たようなことを言っていたけど本当に信じているんだね。僕は神の存在はあまり信じてないかも」

「そんなもんさ。人の信仰は人それぞれ。敬虔なるエデン神の使徒たるシスターマリアも人に信仰を押し付けないように、何を信じるかは人それぞれだよ」

「なら、僕はノアを信じようかな。ノアを信じれば、ご利益がある気がするし」

「馬鹿野郎。俺は何も施せないぞ」

「あはは。信仰は自由と言ったのはノアだよ。なら、僕が何を信仰しようと僕の自由さ。そうだろう?」


 言葉の揚げ足を取りやがって、どうやら学園で過した1年はアランにずる賢さを教えたようだ。


 全く、親友がそんな人間に染ってしまって俺は悲しいよ。涙が出てきそうだ。


 それにしても、長年友人としての付き合いをしてきたアランとの会話は楽しい。


 到底子供とは思えない会話の難しさだが、それを軽々と理解する聡明な頭と相手を不快にさせない程度のノリの良さ。


 あの原作ストーリーで復讐に燃え、口足らずで高圧的なアランはこの世界に存在しない。


 この世界では、アランはただの青年なのだ。


 親友との会話を楽しみ、初めて見る街に心を踊らせるただの青年。そんな青年に勇者としての期待を押し付けてしまった俺も、リバース王国の連中と大して変わらないのかもしれない。


「それにしても、本当にノアって可愛くなった?さっきは冗談で言ったけど、1年前よりも可愛く見えるよ」

「おいアラン?そんなに殴られたいのか?」

「いや、喧嘩を売っている訳じゃなくて客観的に見た感想だよ。ノアが“姫様”と呼ばれる理由もわかる気がする。ちゃんとおめかしして綺麗なドレスを来たら絶対に似合うと思うよ」

「........お前なぁ。仮にも友人が本物の姫様になったら困るだろうに。それに、俺より可愛いやつがいるぞ。魔王軍幹部のエルって奴がな。魔王軍のみならず、街の中にも熱狂的なファンがいるぐらいだ」

「へぇ、それは凄いね。ノアも負けてられないよ。それと、僕はノアが本物のお姫様になっても困らないよ。ノアはノアだしね」

「何を競ってんだよ。同じ土俵にすら立つ気はないっての」


 ニッコリとイケメンフェイスで微笑むアランと、大きく溜息をついて呆れる俺。


 アランめ。俺を困らせるとは生意気に成長したものだ。まだ、毎日“勝負だ!!”と遊びに来ていた時の方が可愛らしい。


 あの頃のアランは可愛かったのに、1年でここまで人は変わってしまうのかと思っているとアランは昔のようにニッと笑う。


「そういえば、魔王城には訓練施設があるって昨日魔王様が言ってたね。ノア、この1年でどれだけ強くなったか勝負しようよ。僕の成長を見せてあげるし、ノアの成長もみたいな」

「ハッ!!“骸の王”と呼ばれた俺と勝負をしたいとは大きく出たなアラン。最後の年にようやく勝ち越せた奴に負ける気は無いぜ」

「それは僕もだよ。ノアが成長したように、僕の成長しているのさ。ところで、“骸の王”ってなに?」


 訂正、どうやら俺の親友はそこまで変わってないらしい。俺とアランは1年前の生活を思い出しながら、どちらが強いのかを勝負しようと魔王城を目指しながら街のゴミを拾うのであった。

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