自由気ままな魔王様
小さな宴が開かれ、魔王国全体が勝利の喜びに満ちた翌日。
俺はニーナを連れて古本屋に来ていた。
一ヶ月近くも可愛い妹分を放ったらかしにしてしまった埋め合わせとして、俺の小遣いでニーナに好きな本を幾つか買ってやろうと言う兄としての心意気である。
ニーナは最初こそ断ったものの、やはり本は欲しかったのだろう。最後には“にぃに大好き!!”と喜んで抱きついて来てくれたので、兄としては嬉しい限りである。
「おぉ、ご本いっぱい。見てるだけで楽しい」
「好きな本を見つけたら言ってくれよ。今日はなんでも買ってやるから」
「いいの?お金、大事。にぃにが頑張って稼いだものだよ」
「いいさ。どうせ魔王様から戦功として沢山貰えるしな。それに、俺は別に欲しいものとか無いし」
六歳の子供と言えば“玩具を買ってあげる”と言われてお金の心配などせずにはしゃぐものだと言うのに、ニーナは大人すぎるな。
子供は大人に甘えるのが仕事だよ。遊んで食って寝る。それが子供の仕事であり、大きく育ってから世界を学ぶものである。
変な本ばかり読んでるから、こんな子に育ってしまったのかもしれん。今更読む本を変えさせるのも難しいし、手遅れだな。
そんなことを思いつつ、アランはどうしているかな?と視界を切り替えると、アランはお勉強の真っ最中であった。
「つまり、ここで掛け算をするという訳です。分かりましたか?」
コイツ、こっそりネズミを隠し持って学園に通ってやがる........!!貴族とかもいる場所にネズミを持ち込むなよ!!
尚、ポケットに入れているのか視界は真っ暗だ。
聞こえてくるのは、教師の話す言葉とボードに何かを書き込む音のみ。
聞こえる内容から算数をやっているな。もう掛け算とかやってんのか。
「にぃに?」
「ん?どうした?」
「あの本を取って欲しい。光がいい感じに反射して、タイトルが見えない」
そう言ってニーナが指を指した本を取り、タイトルを見てみるとそこには“全体主義は悪なのか?”と書いてある。
なんで毎回チョイスが政治・経済系の本なんだよ。お兄ちゃん、こんな本読んでも理解出来んぞ?
ニーナがそのうち政治思想家になりそうで、とても心配である。
魔王が以前言っていた通り、まだ“にぃにのお嫁さんになる!!”と言ってくれた方が可愛らしくて安心できるね。
そんな兄の心配も知らずに、本を受け取ったニーナはワクワクとしながら本をめくる。
古本屋のいい所は、多少立ち読みしても怒られない事だ。
「........ん、つまらない。まだ“神の存在意義”を読んだ方がおもしろい」
「ニーナ?その本も知らないんだけど?」
「定期的にガルエルが色々なご本を持ってきてくれる。最初は冒険譚や英雄譚のご本を持ってきてたけど、そこまで私が興味無いと分かったのか思想系の本を最近持ってきてくれるようになった」
「........そ、そうか」
ガルエルめ。後で文句を言っておこう。
“六歳児の子供に何てものを読ませるんだ”と。
通りで昨日自分の部屋に戻ったら変な本がいっぱいあった訳だ。しかも、そのどれもが小難しい話ばかり。
俺は自分のことは棚に上げておいて、ガルエルに苦情を入れておこうと思いつつニーナの買い物に付き合う。
服の買い物なんかは退屈で仕方が無いが、俺も多少本は読むのでここでは暇を潰せる。
度々、身長が足りなくて手の届かない本をニーナに取ってあげながら、俺も色んな本をツマミ読みした。
........算数の基礎とか、学習系の本とかも売られてるんだな。ニーナは年齢で言えば小学一年生。
今後の事も考えると、少しは算数のお勉強もした方がいいかもしれない。
うわ、こっちは戦略、戦術に関しての本だ。いいのか?こんなものまで売ってて。
リバース王国では、上級階層の者達だけが優れた教育を受けて下に知識を与えようとしない。
設定では、民の質を下げることで統治をやりやすくする目的があるとかなんとか書いてあった気がする。
その為、冒険譚や英雄譚は売られていても知識となる本は滅多に出回らなかった。
何故か村の孤児院には思想の強い本がいっぱいあったけど。
しかし、魔王国はここら辺も緩いらしい。恐らく、優秀な人材が出てきてくれるのであれば学ぶことも是とするのがこの国のやり方なんだろうな。
計算できる人も多いし、文字の読み書きは魔王国の学校(無料)で教えてくれる。
子供好きが多い魔王国では、無償で知識を与える場が多く存在していた。
なんなら、この街から離れた村に読み書きを教えに行く人とかも居るらしいしな。
「くはは!!相変わらず難しい本を読んでおるの!!妾でも頭を悩ますような本ばかりではないか!!」
そんなことを思っていると、背後からよく知った声が聞こえてくる。
あぁ、振り返りたくねぇ。絶対変なことを考えているよ。あのロリ魔王。
しかし、振り返らなければさらに面倒な事になる。
この魔王と出会って三ヶ月近く。俺は魔王との付き合い方が何となく分かり始めていた。
「店内では静かにしろと教わらなかったのか?魔王様」
「くはは!!生憎ここの店主とは古き仲での!!多少騒いでも怒られん!!何せ、人が全く来ないからの!!相も変わらず変な本ばかり置いておるから、他のところに客が行くのじゃよ!!」
「店主がいる前でとんでもないこと言うね。おっちゃん、何か言ってくれよ」
「無駄だ。そこで胸を張る馬鹿に何を言っても聞きやしない。実に都合のいい耳を持っているんだからな。なんでこんな奴が王として君臨しているのか。儂には分からんよ」
そう言って疲れた顔をしながら全てを諦める店主のおっちゃん。
そんなにおっちゃんを見て、魔王は実に楽しそうに笑っていた。
「くははははははっ!!流石は古き友じゃ!!妾のことをよく分かっておる!!はてさて、大声を出してもいい許可を貰えたのじゃから、元気に話すとしよう!!時にニーナよ。お主、本は好きか?」
「........ん、好き」
「ガルエルからある程度の事は聞いておるぞ。ずっと本ばかり呼んでいるんだとか言っておったわ。そんな本好きのお嬢に一つ妾が提案してやろう!!ニーナよ、お主司書をやってみぬか?」
「司書?」
魔王の言葉に可愛らしく首を傾げるニーナ。
司書。簡単に言えば本を管理する人の事である。魔王城の中にある図書館にも、1人居たな。
「そうじゃ!!簡単に言えば本の管理をする仕事じゃの。前々から魔王城の書庫を管理する者から要望があっての。“もう1人2人、人を増やして欲しい”と言っておったのじゃ。ニーナは真面目だし、本も好きじゃろ?仕事の余った時間は本が読めるぞ!!何より、給料も出るから、自分の金でさらに本が買える!!どうじゃ?やってはみぬか?」
六歳児の子供に魔王軍の仕事のひとつをさせようとする魔王。
これは絶対裏があるぞ。ニーナにこの話を持ってくる理由がないからな。
俺はニーナが答える前に口を挟む事にした。この魔王、絶対ロクなことを考えてない。
「で、本音は?」
「こんな可愛い子が司書を務めておったら、魔王軍の者はみなメロメロじゃ!!我が魔王軍に足らぬのは可愛い癒し!!ぶっちゃけ司書の仕事とかどうでもいいから、アイドルになって盛り上がったら楽しそうじゃの!!........はっ!!」
“しまった!!”と言いたげな表情で口を手で塞ぐ魔王。
魔王、わざとやってるよね?最初からそれを言う気満々だったけど、わざと口を塞いで“しまった!!”ってやってるよね。
どうせそんな事だろうとは思ったよ。昨日の今日で思いついて誘いに来たに違いない。
“断っとけ。ロクな事がないぞ”とニーナに言おうとしたら、ニーナは意外にもこの話に食いついた。
「ご本買える?」
「うむ。買えるし、好きな時にあの図書を使えるぞ。もちろん、多少の仕事はしてもらうがな」
「にぃにやシスターマリアの役に立てる?」
「うむ。もちろん立てるとも。働くという事は、誰かの役に立つから意味があるのじゃ」
「ならやる。私も、にぃにの役に立ちたい」
「くははははははっ!!可愛いのぉ!!では、後日連絡するとしよう。なに、お主らの母には妾から言っておくから安心するがいい!!」
魔王はそう言うと、とても上機嫌で適当な本を買って出ていくのだった。
ほんと、自由気ままな魔王様だよ。
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