第1章 予兆

「本日未明、ロシア北方艦隊がまたもや領海に侵入してきました。これにより海上自衛隊が警告を行い退去させ、ロシア北方艦隊は引き返して行きました。ロシア軍の艦艇による領海への侵入は今年に入って16回目です。」


テレビはそう告げると次のニュースに移った。


「最近多いなあ。」

1人の陸士長が呟く。


「確かに。今年に入ってまだ2ヶ月くらいなのに16回も侵入ってマジかよ。」

違う陸士長が答えた。


「空自もヤバいらしいぜ。俺の友達が空自に居るんだけどスクランブルがめっちゃ増えてるらしい。中国、ロシアが主な国らしい。」

また陸士長が答える。


「陸曹。何か聞いてないんですか?」

最初の陸士長が小隊付陸曹に問う。

陸曹は40代くらいの男だった。


「とは言ってもなぁ。俺達も何も聞いてねえんだ。もしもがあるから訓練の回数と質を上げて弾薬を積めって事くらいか。」


「弾薬を?」


「そうだ。弾薬だよ。実際いつ露助共が攻めてくるかわからん。海自も海上警備行動を敷いて、警戒しているらしいが穴はある。奴らはその穴を突いてくるかもってことだ。露助共が攻めてきたらいつでも反撃出来るようにしとけってことらしい。」


「でも陣地も作れないんじゃまともな反撃は厳しいんじゃ…」


「そこだよ。俺はそこを気にした。だから先日の幹部会議で打診してやった。せめて海岸線沿いには陣地を作るべきじゃないかって。」


「それで結果は?」


「訓練という名目で陣地、まぁ塹壕だったりトーチカだったり、そういうのを作ってくれるんだとよ。施設科が作ってくれるらしい。普通科もその近くで訓練をやって、空き時間に手伝ってるって聞いた。」


「まーたいつものゴリ押し解釈だよ。」

「ホント、制服組のお偉いさんはそういうの得意だよな。訓練って言っときゃとりあえず何とかなるからな。」


「それが制服組の仕事でもあるからな。」

―――――――――――――――――――――

海上自衛隊 第3護衛群 第7護衛隊所属

DDH-120 しらぬい


「また奴らか。ったくいい加減来るなら来やがれ。」


「副長。確かに君の気持ちは分かるが言葉を慎みなさい。君はしらぬいの副艦長だ。良いな?」


副長の言うことも無理もないと思った。

ロシア側から繰り返されるのは挑発行為のみ。


本格的攻勢は全く無い。

大砲を撃つのではなく

石をちまちま投げる程度の事だったからだ。

緊張状態が続くのは良くない。

そう艦長は自分の経験から思うのだった。


「しかし艦長。海上警備行動が発令されて2週間が経ちました。CIAや各国情報機関も侵攻の可能性大と言っていると本部の会議で言ってたじゃないですか。」


「戦争と言うのはいつ来るのかわからん。来そうであっても来ないという可能性もある。」


しらぬいが行っているのは

領海に侵入してきたロシア軍艦を追尾し

動向を監視するための行動であった。


艦種と艦番号から、

ロシア北方艦隊所属の

ソヴレメンヌイ級駆逐艦であることが

判明した。

ロシア北方艦隊の領海侵入は

今年に入って16度目である。


「目標、減速!本艦と並びます!」

艦橋の観測員が報告する。

現状、監視行動のため、

艦長と副長はCICではなく艦橋に居た。


もっとも戦闘が始まったら

艦長がCICに入らなければならないが。


「十中八九煽りでしょうね。」

「アイツらは俺達から手を出すのを待っている。恐らくギリギリまで接舷して去っていくだろうな。」


「そこだけは操艦技術が高いと言わざるを得ないんですよね…皮肉ではありますけど…」


「どうします?艦長。」

「警告は行ったな?」

「はい。ロシア語にて警告を実施しました。しかしご覧の有り様です。」


「ならば警告射撃をやってみよう。CICに通達。主砲射撃用意。警告射撃1発。目標の進路上に撃て。」


艦長の言ったことを

そのまま通信員がCICに伝える。

しらぬいの127mm速射砲が

回転し照準を定めた。


「主砲射撃準備完了!」

「命令を待て。アイツが増速したら撃つ。」


「目標増速!本艦との距離離れます!」


「主砲、撃ちぃ方始め!」

「主砲、撃ちぃ方始め!」

砲雷長が艦長の号令を復唱したと共に

しらぬいの127mm速射砲が火を噴いた。

ソヴレメンヌイ級の進路沿いに着弾する。

着弾地点は水飛沫が舞っていた。


ソヴレメンヌイ級は転舵し

領海から去る針路を取った。

「目標回頭!領海から去る針路です!」


「P-3Cに連絡。本艦の監視任務をP-3Cに引き継ぐ。ただしP-3Cが到着するまでは本艦が引き続き監視任務を続行。」

通信員は頷きP-3Cに連絡を取る。


「こちらしらぬい、ホークアイ聞こえるか?」

「こちらホークアイ感度良好。」


「こちらしらぬい。目標は針路を変え退去コースに入った。よって本艦の監視任務をP-3Cに引き継ぐ。ただしP-3Cが到着するまでは本艦が引き続き監視任務を続行する。」


「ホークアイ了解。目標海域到達まで5分。」

「しらぬい了解。到着したら念の為に報告されたし。」

「ホークアイ了解。通信終了。」


そして約5分後。


「艦長!対空レーダーに感あり。IFFに応答あり。P-3Cです。」

「了解。任務を引き継げ。」


「こちらしらぬい。対空レーダーに貴機を捉えた。任務を引き継ぐ。」


「こちらホークアイ了解。任務の引き継ぎを確認した。気をつけて帰投してくれ。」


「しらぬい了解。そちらも気をつけてくれ。通信終了。」


「航海長。面舵。速度そのまま。帰投するぞ。」


「了解しました。速度そのまま!おもーかじ!帰投コースを取れ!」

「おもーかじ!」

軽快な号令の後に操舵手が操艦するしらぬいは

15度回頭を行い帰投コースに着いたのだった。

―――――――――――――――――――――

航空自衛隊 三沢基地所属 航空偵察隊

「何か見えるか?」

RQ-4Bを運用する操縦員に

話しかけたのは1等空尉だ。


「いえ1尉。何も見えません。レーダーには映っているのですが、目視で確認しないと意味が無いので。」


1等空曹がそう言うと

再びモニターに目を向ける。


グローバルホークから

リアルタイムで転送されている映像には

雲がまばらに流れている以外は

何も変化がなかった。


「にしても上は大胆なことを考えたな。RQ-4Bを3機全機投入するなんて。」

「全くです。国内に3機しかないのに。」


「最近では開戦に備えて退役したファントムが再就役してるって話も聞く。ファントムが再就役したら偵察はグローバルホークだけにはならんだろうがな。」


「調整に時間がかかっているのでしょう。それまでグローバルホークでやるしか…と。1尉!お目当てのものを発見しました!」


「でかした。偵察を続けろ。」

「了解!」

ロシア北方艦隊を見つけた

1等空曹は少し明るく答えた。


「にしても…」

「かなりの規模ですね…」

「全くだ。北方艦隊全て差し向けてきたんじゃないか…」


そう言われるのも無理は無かった。

確認できた艦隊は旗艦含む

オルラーン型原子力ミサイル巡洋艦2隻、

アドミラル・クズネツォフ級重航空巡洋艦、

ソヴレメンヌイ級駆逐艦、

アドミラル・ゴルシコフ級フリゲート、

のミサイル艦師団5隻や、

大型揚陸艦2隻、

その他支援艦多数の大艦隊だった。


更に目視では確認できていないが

北方艦隊は多数の潜水艦群を所持している。

見た目よりも脅威は高まるだろう。


「本部へ送信しろ。大至急だ。」

「了解。」

そう言い情報は政府並びに

幕僚本部へ共有されるのだった。

―――――――――――――――――――――

「総理。失礼します。」

ノック音と共に執務室を尋ねたのは

若き秘書官だった。


「どうした?」

「空自の偵察隊からです。こちらをご覧下さい。」

秘書官はそう言うとコピーされた

空自の偵察隊が撮影した画像を手渡した。


「こちらはオホーツク海近辺で撮影されたものです。」

「これは…ロシア北方艦隊か?」

「はい。艦種、規模等からほぼ間違いありません。」

「ロシア政府はなんと?」


「この事を問いましたが、我々は実弾を用いた訓練を行うためにオホーツク海に来た。貴国に危害を加える気は無い。と返答してきました。」


「きな臭いな…だが…」

「有事ではありませんので、相手がそう言ったらそこまでとなります…悔しいですが。」


「にしても実弾だと?オホーツク海近辺で?何をふざけたことをやっているのだ北方艦隊は。」


「その意見については完全に同意致します。1種の挑発行為でしょうが…」


「うーむ。我々だけでは分からん。外務大臣、防衛大臣、それから統合幕僚長を大至急執務室へ呼んでくれ。彼らの意見も問いたい。」


「了解致しました。」

秘書官はそう言うと礼をして

執務室を一旦退出する。


「戦争…始まんのかなぁ…」

総理の独り言は誰も聞いてはいなかった。




数分後。

「統合幕僚長、以下2名入ります。」

「入ってくれ。」


統合幕僚長を先頭に執務室に入室してきたのは

外務大臣、防衛大臣であった。


「掛けてくれ。早速で悪いんだが、ロシア北方艦隊のことは情報として回っているな?」


「はい。問題なく回っております。」

統合幕僚長が答えた。


「よし。なら良い。率直に聞くがこれはどう思う?」

「どう?と申されますと?」


「侵攻があるのかどうかだ。侵攻があるなら北海道にいる自衛隊に北方への移動を指示しないといけなくなる…」


「現時点では何も。ただCIAや各国情報機関、更に陸自の別班等からの情報ですと、侵攻はほぼ確実であると。ただいつ仕掛けてくるかは不明です。早くて2週間以内、遅くて1ヶ月以内かと。」

防衛大臣が答えた。


「ロシアはなんと言っている?」

「そのような情報は何も…ですがロシアの事ですのでただの侵攻を何かと理由を付けて行ってくる可能性が高そうです。」外務大臣が答えた。


「総理。防衛出動待機命令を出されては?攻撃は不可能でも陣地構築は出来ます。陣地構築を行い、侵攻を仕掛けてくるようなら自衛権の行使が成り立ちます。いずれにしても陸自を北海道北部に移動させなければ、陣地構築も何もありません。」

防衛大臣がそう総理に提言する。


「分かった。統幕長の意見は?」


「私としてもそのような対処が望ましいかと。現時点ではロシア側が何も声明を出していないのでそのような対処法しかありません。」


「だろうな。よし。統幕長。北部方面隊に緊急連絡。部隊を北海道北部へ移動させろ!」

総理がそう指示した時。刹那の瞬間だった。


「総理!大変です!とんでもないことが!」

慌てて執務室へ入ってきたのは秘書官だった。


「どうした!?」

普段は取り乱すことの無い秘書官に

一同驚愕している様子だった。無理もない。

彼は冷静沈着が取り柄なのだ。


どんな緊急事態でも取り乱す事なく

仕事をこなしている事から

感情が無いのではと思われている始末だ。


そんな彼が取り乱している。


「総理…!北海道が、北海道が爆撃されました…!」

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