第12話

   俺は夕凪を抱きしめつつ廊下にいた嵐月を呼んだ。


「……嵐月。いるんだろう」


「……あの。雄介さん?」


  夕凪はきょとんとした顔をしていた。俺は彼女から離れて距離を取った。


「あ。その。ごめん」


「あ。私は気にしてないから」


  夕凪はそう言うとアイスレモンティーの入ったマグカップを手に持った。くいっと呷った。全部を飲んでしまうと慌てて立ち上がる。持っていたショルダーバッグを持ってリビングを出て行こうとした。俺は驚きながらも追いかけた。廊下には確かに嵐月がいた。


「……雄介。妹から聞いたんだろう。夕凪さんの事は」


「聞いたよ。けどまさか。あの子が命懸けで俺の呪いを解こうと動いているとはな。さすがに思わなかったよ」


「だろうな」


  嵐月は頷くと俺にある物を手渡してきた。ちりんと澄んだ音が聞こえる。見てみたら三つの鈴だった。


「……嵐月。何で鈴を?」


「訳は後で言う。それを夕凪さんに渡してやってくれ」


「わかったよ」


  俺は頷くと急いで夕凪のいる玄関に行く。ちょうど夕凪はドアを開けて出ていこうとしていた。


「夕凪ちゃん!」


  呼び止めると夕凪は驚いたらしく肩をびくりと震わせた。恐る恐る振り向いた。


「……あの。どうしたの。雄介さん」


「ちょっと渡したい物があって。嵐月がくれたんだ」


  夕凪はドアを一旦閉めるとこちらにやってくる。俺は手に持っていた三つの鈴を彼女の目の前に掲げた。


「……これは。鈴?」


「うん。どうやら清めの鈴みたいだ」


「そうなんだ。で、どうして私に?」


  夕凪は本当にわからないらしく首を傾げた。俺は何といったものかと思う。すると嵐月が静かにこちらにやってきた。


「……それは私や父の力が込められた鈴だ。後、伊豆名の女神の加護がある。夕凪さんは巫女ではあるから持っていた方が良いと思ったんだが」


「そうなんですか。ああ、だから雄介さんが渡そうとしたのね」


「いや。俺も伊豆名の神様の加護までは気づかなかった。けど持っていた方がいいかもしれんな」


  嵐月や俺が言うと夕凪はなるほどと頷く。納得してくれたようだ。


「そういう事ならもらっておくわ。ありがとう。雄介さん。嵐月様」


「うん。でももう時間が遅いから。俺と嵐月で送っていくよ」


「何から何までごめん。お言葉に甘えさせてもらうわ」


「んじゃ。決定だな。ちょっと待っててくれ。刀を取ってくる」


「わかった。私は嵐月様と待ってるから」


  ごめんと言って俺は小走りで自室に行く。ドアを開けて刀を持つと急いで玄関に戻る。夕凪は嵐月と待っていてくれた。


「……雄介さん。刀は持ったの?」


「ああ。持った。じゃあ、スニーカーを履いて出よう」


  俺はそう言ってスニーカーを慌てて履く。刀を片手に夕凪や嵐月と外へ出た。既に空は夕暮れ時の色になっていた。薄暗くなりつつあり夕凪一人で帰さなくて良かったと思った。


「雄介さん。私ん家は歩いて二十分の所だから。往復していたら帰る頃には真っ暗だよ。いいの?」


「……いいんだよ。俺も体力はあるんだぞ」


「まあ。それはそうなんだけど」


  そう言いながら俺たちはゆっくりと歩き始めた。夕凪は苦笑しながらも付いてきたのだった。


  二十分が過ぎてやっと夕凪の家に到着する。二階建ての一軒家だ。けど門が立派で引き戸は格子戸だった。夕凪ん家、けっこうな金持ちじゃねえか。秘かにそう思った。


「ありがとう。今日は楽しかったよ」


「それは良かった。んじゃ。バイバイだな」


「うん。バイバイ。明日もあの公園に行くから。待っててね」


「おう。退治する時はまたよろしく頼む」


「わかった。じゃあ、家に入るね」


  頷くと夕凪は手を振って門から入っていく。俺はそれを見届けると嵐月に視線を向けた。


「……嵐月。やっぱりいるか?」


「ああ。二体ほどいるな」


「わかった。サポートはいつもみたいに頼むぞ」


  嵐月は頷いた。俺は刀のカバーを外して鞘から引き抜く。ひたひたと裸足で歩く音が聞こえた。目の前に現れたのは十歳くらいの少年ともう少し年上っぽい少女だ。嵐月と背中合わせになる。


『……お母ちゃん。どこなの?』


  ぽつりと言ったのは少女の方だ。服装を見たらどうも現代の子ではない事に気づいた。


「……こいつら。防空頭巾なんて被ってるし。あれ、モンペか?」


「だろうな。たぶん、昭和の時代の子供の地縛霊だ」


  昭和と聞いて俺は眉をしかめた。まさか、第二次大戦時に亡くなった子達か。確か、あの当時は焼夷弾が落とされて多くの家が火事になったはずだ。とするとその火事に巻き込まれたと見るべきだな。よく見たら少女も少年も顔や首筋に焼けただれた痣がある。仕方ない。俺は走って間合いを詰めると少女の方に斬りかかった。途端に少年が庇おうと前に出てくる。


『……姉ちゃんに何すんだ!!』


  少年はそう叫んで俺に飛びかかった。すかさず、刀を構えて応戦した。少年は怒って火の玉を生み出した。ごおと炎が渦巻く。ちっと舌打ちする。俺はポケットからお札を出した。


「……今、水神に請い願う。かの者を清め給え、払い給え!!」


  そう叫んだらお札が光って大きな水の玉が空中に浮いていた。それが少年に向けられた。渦巻く炎と水の玉がぶつかり合う。どおんと凄い音がして霧が発生した。もうもうとなる中で俺は少年と少女に再び斬りかかった。まず、少年の首筋を狙った。ズバッと切れて少年は断末魔の悲鳴をあげながらすうと消えた。少女も肩を狙った。スパッと斬りつけると透明になる。


「伊豆名の神に願わむ。かの者を清め給え!」


  もう一度、胸元を斬りつけた。そこから少女は体が透けていく。燐光が出て最後には消えてしまう。俺と嵐月はそれを見届けてから帰路についたのだった。

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