これが、M-346……


 ストームに車いすを押され、駐機場エプロンに出ると、常夏の日差しが眩しく感じた。

 頑丈なコンクリート舗装の上なので、余計に暑い。

 だが、簡易シェルターはすぐそこだったため、すぐに日差しからは逃れられた。

 そこで待っていたのが、これから乗るジェット練習機。


「これが、M-346……」


 ツルギは、思わずつぶやいていた。

 近くで見ると、エンジンは双発式──つまりエンジンが2つついている事に気付く。

 胴体にある2つの空気取り入れ口エア・インテークから、エンジンのファンが2つ見えたのだ。


「ほんと、戦闘機みたいな練習機だ」

「戦闘機型もあるよ」


 ツルギが感想を漏らすと、ストームが補足するように説明した。


「え?」

「あ、戦闘機じゃなくて軽攻撃機だった! でも、レーダーも積んでるし、戦闘機とほとんど同じ装備ができるんだよ」


 いつの間にかデジタルカメラを構え、ちゃっかり写真を1枚撮っているストーム。

 戦闘機みたいな見た目は伊達じゃないって事か、とツルギは思った。


「ほんじゃ、乗り込むとしよか」

「ウン。ジャ、後デ」


 フェイとサハラとは、ここで一旦お別れだ。

 サハラが軽く手を振って挨拶すると、左隣に置かれたM-346へ向かっていった。


「どうも!」

「よろしくお願いします」


 ストームとツルギは、機体の側で待っていた整備士に、2人で敬礼し挨拶。

 早速、フライトの準備に取りかかる。

 操縦を担当するストームは、機体の周りを時計回りに回りながら、機体の状態を点検する。

 翼の舵からエンジンノズルまで、しっかりと。

 ツルギはその様子をしばし見守っていたが、その点検ぶりに至って真剣で、危なげは全くなかった。

 何となく、フェイとサハラの様子に目を向ける。

 やはり2人も、準備を始めているようだ。


「……」


 サハラは、M-346の機首に向き直り、ストームと同じように機体のチェックを始める──かと思いきや、不意に目を閉じ、腕をゆっくりと広げながら片膝をつく。

 そのまま、頭上から持ってきた腕を胸元でぐるぐると回し始めた。

 その間、何かぼそぼそと喋っているようにも見える。

 一体何をやっているのか、ツルギにはまるでわからない。

 古代の儀式のようにも見えるが──


「サハラが気になるか? ツルギ」


 フェイに呼びかけられて、我に返った。


「あれはフライト前のルーティンやから、気にせんでええよ」

「ルーティン……?」


 見れば、サハラは何事もなかったかのように、機体の点検を始めていた。

 本当に不思議な子だなあ、とツルギは思った。


「ただ、な。あんまりサハラ見とると、奥さんに勘違いされてしまうで?」


 フェイはニタリと笑んで注意する。

 自分がした事に気付いたツルギは、別にそんなつもりなんて、と言い返そうとしたが。


「大事にせんと。せっかくのええ奥さんなんやから」

「え?」


 突然ストームの事を褒められて、ツルギは少し戸惑った。


「ま、まあ……自分でも、そう思う。かわいくてスタイルもいいし、とてもポジティブで元気をもらえるし、僕にはちょっと、もったいないくらい」

「ほう、そっか……ま、ウチのサハラだって、負けとらんけどな! かわいくてスタイルもええし、ああ見えて結構エエ子なんやで!」


 だが。

 一転してサハラの事を自慢し始めて、ツルギはさらに戸惑った。

 別に互いの妻を自慢し合うつもりなんて、なかったのだが。


「そういう訳やから──サハラに手ぇ出すなよ?」


 突然、冷たい表情でにらまれながら、そう言われた。


「ええ!?」

「その代わり、ウチもアンタの奥さんには手ぇ出さんからな」

「あ、当たり前じゃないか!」


 ツルギは思わずそう答えたが、


「ふふ──はははははははは!」


 そんなやり取りをする自分達がおかしく思えて、2人揃って笑い出してしまったのだった。


「ほんじゃ、お互いがんばろうな」

「ああ」


 最後にそれだけ交わして、2人はそれぞれの機体に戻っていく。

 フェイとはうまくやれそうだな、とツルギは感じていた。

 戻ると、ストームは既に点検を終えていて、整備士が出した書類にサインをしていたところだった。


「フェイと何話してたの?」

「別に大した事じゃないけど、きっとフェイも同じ事サハラに聞かれてるかもな」


 ストームの能天気な問いかけに、ツルギはそう答えた。

 いよいよ、乗り込む時が来た。

 基本的に飛行機は左側から乗り込む。と言っても、このM-346はキャノピーが右へ開くので、そもそも左側からしか乗れないのだが。

 普通はコックピットに上がるための梯子がつけられているところを、足が動かないツルギに配慮してか、階段式のタラップが代わりにつけられている。

 とはいえ、いくらタラップでも車いすで昇る事はできないので、やはりストームの力を借りる事になる。


「じゃ、行くよ! よっ、と」


 ストームは両腕でひょい、とツルギの体を軽々と持ち上げる。

 ツルギをしっかりと抱きかかえながら軽い足取りでタラップを昇ると、少し引っかかりながらもコックピットの後席へと座らせた。


「大丈夫?」

「うん、何とか」

「よかった。じゃ、あたしは前に行くね」


 無事に座れた事を確かめて、ストームが前席に向かう。

 改めて、ツルギは計器板に目を向ける。


「おお……!」


 途端、圧倒された。

 計器板に並んでいるのは、横に並んだ3つのディスプレイ。誰もがメーターと聞いて真っ先に思い浮かべるような、アナログ計器の類は時計くらいしかない。

 完全にデジタル化された、いわゆるグラスコックピットである。

 それだけならG120TPも同じだったのだが、正面には透明な板が一枚立っている。

 ヘッドアップディスプレイ。通称HUDハッドである。

 これらが揃った狭いコックピットは、まさに戦闘機のそれだった。


「……よし!」


 気を引き締めて、シートベルトをしっかり締め始める。

 そしてヘルメットを被り、酸素マスクをつける。

 前席のストームも、既にヘルメットを被って準備万端だ。


「ツルギ、準備できた? 何か言いたい事あったら今の内に言ってよ」


 ストームは後席へ振り返った。マスクを着けていないため、表情がはっきり見える。

 一度機体を始動させ始めたら、離陸するまで私語は一切できなくなる。飛行機の出発は、それだけ集中力がいる仕事なのだ。

 そうだな、と少し考えてから、ツルギは言う。


「……準備はできてる。ストーム、信じてるからな」

「うん! 任せて!」


 ストームは屈託のない笑顔で答えると、顔を戻してマスクを着け、機体の始動に取りかかったのだった。

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