エンジンスタート!

「じゃ、まずは『準備体操』から!」


 航空機というものは、自動車のようにエンジンを始動してすぐ発進という訳にはいかない乗り物である。

 一度飛び立ったら何か遭ってもすぐには戻って来られない以上、発進前には各部に異常がないか、マニュアルに書かれたチェックリスト通りにチェックしなければならない。

 その中には、準備体操のように実際に動かしてみるものもあるのだ。


「ツルギ、飛行制御フライトコントロール見てくれる?」

「わかった」


 ストームの呼びかけで、ツルギはチェックを手伝うべく外に目を向ける。


「まずはローリング! 左、右、左、右!」


 ストームが、操縦桿をゆっくり規則正しく左右に倒す。ツルギの足の間にある操縦桿も、連動して左右に動く。

 すると、主翼先端にある舵が、ぱたぱたと動いているのが見えた。

 これがエルロン。ローリングという「左右の傾き」を司っている。


「OK!」

「次はピッチング! 上、下、上、下!」


 次に見るのは、後ろの水平尾翼。

 同じように操縦桿を前後に倒すと、それに合わせて水平尾翼の舵が上下に動く。

 これがエレベーター。ピッチングという「上下の傾き」を司っている。


「OK!」

「最後にヨーイング! 左、右、左、右!」


 最後は、垂直尾翼。

 ストームがフットペダルを踏み込むのに合わせて、垂直尾翼の舵が左右に動く。

 これがラダー。ヨーイングという「左右の向き」を司っている。

 この3つの舵を駆使して、飛行機は飛ぶのである。


「OK! 全部異常なし!」

「ありがと!」


 これで舵のチェックは終わったが、チェックしなければならないものはまだまだある。

 それはほぼストームの仕事だ。同乗者にすぎないツルギは見物するしかない。

 機体がエンジンを始動できる状態にある事をチェックし終えるまで、3分ほどかかった。


「じゃ、エンジン始動チェックリスト! ツルギ、キャノピー閉めるよ!」

「ああ」


 右側に開いていたキャノピーを手で閉めるストーム。

 しっかりとロックをかける時に、がちゃんこ、となぜかつぶやきながら。


「衝突防止灯、オン!」


 主翼の両端にある、白いライトが点滅を開始。

 エンジン始動が近づいた証だ。


「スロットルレバーは、スタート位置! プロペラエリア──クリア!」


 プロペラの近くに人がいないか確認。

 整備士も、離れた所から「問題なし」の合図を送っている。


「よし、エンジンスタート!」


 左手人差し指を回す合図をしながら始動スイッチを入れ、遂にエンジンに火が入った。

 エンジンのタービン音が響き始めると同時に、ゆっくりとプロペラが回り始めた。

 ストームがさらにスロットルレバーを押し込むと、加速していったプロペラは、特有の羽音を立て始める。


「出力、異常なし! エンジン始動チェックリスト完了! 次は移動前チェックリスト!」


 これで、エンジンは始動できた。

 次は、機体を移動させる準備を始める。

 その全てを挙げる事はできないが、主なものには次のようなものがある。


「アビオニクススイッチ、オン!」


 計器のディスプレイのスイッチをオン。

 飛行に必要なあらゆる情報のデジタル表示がカラフルに映し出され、まさにハイテクなメカに乗っていると実感する瞬間だ。


「スピードブレーキ!」


 ストームの操作に合わせ、腹にある小さな板が立つように展開し、閉じる。

 これがスピードブレーキで、文字通り飛行中のブレーキになるものだ。


「フラップ!」


 今度は、主翼の内側にある舵が下向きに引き出されるように展開。

 これがフラップ。低速時の揚力を確保するための補助輪のような舵で、離着陸には欠かせないものだ。

 このように、その他各種システムのセッティングを手際よく作業を一通り終えた頃には、時間は既に7分経っていた。


「移動前チェックリスト完了! えーと、コールサインはライラックワンだったよね」


 無線機の周波数を合わせ、管制塔から許可をもらう。


「ライラック1より管制塔タワーへ、出発準備完了! 移動許可願いまーす!」

『ライラック1、誘導路エコーへ向かい滑走路04手前で待機せよ』

「誘導路エコーへ向かい滑走路04手前で待機、ウィルコ!」


 許可が出た。いよいよ出発だ。

 操縦桿を握りたくなる気持ちをぐっと抑えて、ツルギはダッシュボードに捕まる。


「右よし! 左よし! それじゃライラック1、行ってきまーす!」


 ストームが叫ぶと、エンジンの回転数が上がり、プロペラの回転が勢いを増す。

 そして、ブレーキを解除した途端、機体がゆっくりと進み始めた。

 整備士のハンドシグナルに従って、左に曲がる。

 機体がその横を通り過ぎようとした時、整備士が敬礼したのが見えた。

 2人は揃って、敬礼で答えたのだった。


 テキサンは、誘導路を通って滑走路へと向かう。

 他に離陸に向かう飛行機はいないため、移動そのものは至ってスムーズ。


「スピードブレーキ、格納! フラップ、離陸位置!」


 その間も、ストームは離陸の準備に大忙しだ。

 そうこうしている内に、大きく「04」と書かれた滑走路に入る手前まで来た。指示通りに停止し待機。しばし順番待ちだ。

 滑走路に書かれたこの数字は、滑走路が向けられている方位の上2桁を示している。04は方位40度──およそ北東辺りになる。


「ツルギ、酸素マスク!」

「大丈夫!」

「座席の安全ピン!」

「抜いた!」

「よし、離陸前チェックリスト完了!」


 これで、離陸の準備は整った。

 そんな時、滑走路04に純白の小さな飛行機が着陸してきた。

 先端がピンと立った主翼が目立つ、軽飛行機だった。しかし垂直尾翼にバインドルーンの紋章が描かれていた事から、空軍機だとわかる。


『ライラック1へ。ダイアモンド機が降りた。滑走路04からの離陸を許可する』

「離陸許可、ありがと!」


 遂に離陸許可が出た。

 テキサンは再びゆっくり進み始め、滑走路へと進入する。


「右よし! 左よし! さあツルギ、離陸するよ!」


 滑走路にまっすぐ向き直ったのを確かめ、ストームはゆっくりと、スロットルレバーを押し込んだ。

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