嘘つきと虚言癖の真実

缶味缶

第1話 気分が悪いというお話

 あぁあぁぁ~完全にやっちまったなと男はぐにゃぐにゃの視界で後悔する。






 気分が悪かったからイラついて酒を飲んだ、結果ペースをしくじった。






「気分わりぃ……」






 そればかりが頭を支配しながら帰路を進む、町の喧騒が遠退き住み処が近づくと、少し気を抜いた。着いた訳でもないただ家が見えただけ、しかしなぜか、気が緩んでしまった。






 瞬間、びちゃびちゃと汚い熱が腹の中から飛び出してくる。






「ぐぇぇ…」






 轢かれた蛙でもまだマシな声が出るってほどの、情けない音が口から漏れる。






「あの、大丈夫ですか?」






 突如声が聞こえた。幻聴とするには余りにもはっきりとしすぎている綺麗な声だった。






 誰だ?とその声の主へ首を向けると、そこには予想通りに女が居た。少し長めの黒髪、整った顔、美人と言って然るべき女だった。しかし残念ながら胸が無い。その上大人の女にしては飾り気が無い。






「おい、子供が出歩く時間じゃないぞ…」






 吐いたおかげか大分良くなった頭で普通の大人が吐く言葉をなんとか捻り出せた。






「なら、私を泊めて貰えませんか?」






 返ってきた言葉はなんと言うか面倒な香りがした。しかし人生にはスパイスが必要だ、ちょうど刺激が足りなかった、と。






 いつも通りの愉快な思考が頭を支配する。






「ついてこい」






気付けばそんな言葉を吐いていた。
































 とある家出娘がいた。






 高校3年生の18歳、成績も良く家庭環境も悪くない優秀と呼ばれる類の子供だった。






 だからこそ分からない。なぜ自分はあの時、あの人に声をかけたのか、あの人はなぜ子供と知った上で「ついてこい」と言ったのか。






 未成年を拾うことのリスクを考えているのか。そしてなにが目的なのか、体か、金か。いざとなったらまた逃げるしかないのか、帰るところはある…帰りたくないなぁ…と思考がアナログ時計のように回り続ける。






 そうして意味もなく空回りし続けていると。






「んあぁ……頭いてぇ…今何時だぁ?」






 男が目を覚まし、ゆったりと体を起こす。






「10時34分ですよ」






そう答えると男は焦点が合っていなさそうな目でこちらを見た。






「あぁ…そうかぁ………」






 そう言い終わる同時に、男が素早くベットから飛び上がる。こちらに体を向けながら、まるで臨戦体制に入ったように腰を落とし、座っている私を上から睨む。






 その鋭い眼が語る。それは酔っぱらいでも二日酔いした男でもないと






 窮鼠猫を噛むって言葉は存在しない、空想の話だ。そう思うほど自分が目の前に立つソレに瞬き一つ取れない状態になっている。






 殺される。






 自分はもう死ぬんだと言われても納得してしまえるほどの圧を感じた。


 




 なにも言えなかった。自分が息を吸えているのかいないのか、それすら分からない。








 ーーーーーー息がつまる。










「あぁ…夢じゃなかった奴だ…」






 数秒間の時の停止。気の抜けた声と目を手で覆う仕草で世界に熱が戻った。






 正直、突然の事でとても怖かった。しかし男のやってしまったと言うような抜けた行動でその気持ちは何処かへ言ってしまった。






 いや違う。魅了されたのだ、惹かれてしまったのだ。今まで出会ったことのない向けられたことのない圧倒的なまでの非日常に。






「はぁ……キミ、名前は?」






 偽名でもと思ったが辞めた。






「ネル・フリードです。」






 なぜだか分からないけれど






「あぁそう、私は…」






「ヴァンスだ。」






 こうして私達はお互いの名前を知った






「ではネル君、お腹は空いたかい?」
















「なにか食べたいものはあるかい?」






 彼は続けてそう言う。お腹が空いているかと聞きながら、こちらの回答を待たずに次の質問を投げてくる。






 お腹が空いていると仮定した上での質問。結構せっかちな人なんだと、どこか他人事のように考える。




 


「お腹は空いていません。大丈夫です」






 嘘だ。最後の食事から15時間ほど経っている。お腹が空いていない訳がない。






 だけどお金が無い。そのうえ図々しく家に上がっている。そんな身の上で食べたいものなんて出てこない。






「ん…?まぁそうか……ならピザとハンバーガーならどっちが好みかな?」






 質問の意図が分からない。






「どちらも変わらないです」






「そうかぁ…なら両方にするとしよう」






 そう言いながら電話を開く。なにもすることがないから自然と聞き耳を立てると、彼はピザを四枚にポテト、ハンバーガーを4種類ほど注文していた。かなり大食いなんだと思っていると電話を閉じた。






 それと同時に無音がこの部屋を支配した。確かな圧がここにはある。






 しばらくするとこの空気に耐えかねたのか、彼がおもむろに立ち上がる。






「風呂」






 そう言って部屋から出ていく。






 それからシャワーの音が聞こえてくると私の心に少しの余裕が帰ってくる。






 失礼なことに、部屋の主が居なくなったおかげだろう、上擦っていた心が落ち着いて、周りを見れるようになる。






 一つ言うなら、まぁなんと殺風景な部屋だと思った。






 テレビも無い、ゲーム類も無い、なにかコレクションも無い、あるのはさっきまで男が寝ていたベットと目の前にあるローテーブル、その上に置かれている小さなデジタル時計とその更に上にエアコン、隣の部屋にポツンと置かれている小さな冷蔵庫と大きなゴミ袋。






 部屋の主が金が無いからと言う理由ではないと断言できるほどに物が少なすぎる上に、ゴミ袋を良く見ると、ピザの箱やハンバーガー屋の紙袋、見たことない弁当屋の名前が入っている袋ばかり詰まっている。




 


 自炊なんてしなさそうで、次の瞬間には引っ越しが出来るような、本当の意味でどこでも生きていける人なんじゃないか。






 そんな事をぼんやりと思った。






「ふぅ寒いね、暖房点けるよ」






 いつの間にかシャワーの音は止んでいた。












 先程の圧を出した人と目の前にいる人が同じ人物にはとても見えないな、なんてことを考えながら本を読む彼を眺めている。






 彼がこの部屋に帰ってきた時、また重い沈黙が私の心を押し潰し、踏み荒らすのかと恐怖していた。






 しかしそうはならなかった。






 彼はどこからか本を持ってきてベットの上でのんびりと読み始めた。まるで私など眼中にないように。






 どうして彼は私になにも聞かないのだろう。隠している訳ではないけれども言わなければいけないことが心臓を重く感じるように錯覚させる。






 そうしてしばらく悶々としていたが、考えたくないことは往々にして思考を別のことに逸らしてしまう。気付けば他のどうでも良さそうなことばかりが頭を支配していく。






 彼は本を読むのが好きなのかも知れないが、少なくとも本は好きじゃないと断言できる、始めは気付かなかったが隣の部屋のゴミ袋には数冊の本が混じっていた。






 読書家と呼ぶには本を容易に捨てている、きっと読み終えた本は全てそうやって来たはずだ。だからこの家には本に限らずコレクションの類は生存を許されていないのだろう。






 しかし物持ちが悪いと言う訳ではなさそうだとも感じる。今、彼が読んでいる本は傷も汚れもシワ一つさえ表紙にない。とても丁寧に力を込めずに変な持ち方をされていない本。新品と言われても納得してしまえるような綺麗な本だ。






 ますます彼の嗜好が読めない、普通じゃない、都合が良い。何が?そう考えてしまう自分が?考えたくない物は唐突に心臓を鷲掴みにする。






 逃避していたのに、ふとしたことで帰ってくる。なにも聞かない彼に都合が良いと考えてしまった自分が、酷く醜い化物の様でー-ー-見たくない。








     ピンポーン






 酷く気分が悪い能天気な音がなった。



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