ボタンの胸の内〜隣のあの子は吸血鬼〜
通りすがり
第1話
伴陽斗(ばん はると)は寝坊した。
――寝坊したがために。
吸血鬼の眷属になってしまった。
「やばいやばい。遅れる!!」
全速力で走っていた。遅刻しないように。
それしか頭になかった俺は、ブレーキ機能を失った車さながらに、曲がり角でも足を緩めずに突っ走っていた。
とは言っても、曲がり角の先に少しでも人影が見えたのならば止まる判断を下しただろう。
だが、彼女には影なんてなかったから。
だから、あいつにだって否はあるって言いたい。
そうして俺はベタにも、登校中に曲がり角で女の子とぶつかったのである。
「いててっ……」
頭を抑えながらそう呟き、ぶつかってしまった相手を見遣る。
見覚えがある子だった。というか、隣の席の女の子だった。
しかし、特段意識したこともなかった相手である。
灰谷牡丹(はいや ぼたん)だっけ……?
名前すらうろ覚えだ。それくらい影が薄い子だった。
いや、正確には影なんてなかったのだが。そんなことに気付く俺でもなく。
ただ怪我をしていないか。それを確認する程度にしか彼女の方に目もくれなかった。
しかし、その時。
なぜだか俺の鼓動は早くなっていた。
彼女の目を見ただけ、それだけなのに。
灰谷も頬赤らめて俯いてて……
あれ、こんなに可愛かったっけ??
どれくらい見つめ合っていただろうか。そう感じるくらい彼女の目に吸い寄せられていた。
しかし、ハッとする彼女の目線の先を見て俺は我に返る。
その先にあったのは俺の腕だ。そして腕には何かで切ったような切り傷があった。
「ご、ごめんなさい。わたし……!」
どうやらぶつかった拍子に出来たのだろう。
だが大した傷ではない。
それなのに灰谷は申し訳無さそうに何度も謝ってくる。
「これくらい平気だって」
あっけらかんと笑い飛ばしてみても、どうにも向こうは引け目を感じているみたいである。
困ってしまった。
どうしたら納得してもらえるだろうか。考えあぐねていると俺を救ったのは、遠くから聞こえるチャイムだった。
お互いにハッとする。
そうだ、俺達は遅刻しそうな状況なのである。
「や、やばい。そんなことより急がないと、ほら」
そう言ってこの膠着状態を打破すべく走り出そうとした俺だったが、何やら腕に抵抗感を感じた。
灰谷が袖を掴んでいたのだ。
遅刻よりも俺への謝罪を優先するのか、と一周回って呆れそうになった俺に向けて彼女は、
「あ、あの、あとで、放課後……その屋上に来てください!ごめんなさい、すみませんお願いします!」
と矢継ぎ早に言い放って俺の先を走っていってしまった。
* * *
繰り返すが、灰谷とは隣の席だ。
用があるならすぐに話せるはず。わざわざ放課後に呼び出す必要はない。
ましてや、腕の傷のことなら気にしてないしもう既に何度も謝られた。そんなこと気にしていない。
でも他に呼び出す理由なんて……
まさか告白!?
授業中そんなことを考えてしまい勝手に一人でソワソワしていた。
とてもじゃないが隣の灰谷の方を見ることなんてできなかった。
そして迎える放課後。
呼び出した灰谷はスーハーと深呼吸を一通り終えたあと、その可愛らしい口で俺に告白した。
「じ、実は私……"吸血鬼"なんです。
そして、ごめんなさい。
あなたは私の眷属になりました」
そう、吸血鬼であると。
……え?吸血鬼?
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