第15話

アサ「やぁ、お帰り」

「おう、ただいま」


宿舎に帰るとアサが食堂でチャを飲みながら「今日も疲れたな(首コキコキ」とくつろいでいた。

エレとヨナは部屋にいるのか、まだ帰ってきていないのか、姿は見えなかった。


「アサ、後で部屋に来てくれ方針について話し合いたいことがある」

「おぉ、なんだ珍しいな相談か?」

「今朝言ってただろ、あれだよ」

「あぁ、なるほどね。了解」


20年前の自由化会合の準備でどういうやり取りが行われていたか話し合うため二人で俺の部屋に行き、ネット機器で見てみる。(13話・稟議書 参照)



「寡占状態にしたうえで価格を引き上げると、需要が低下して代替品に流れるのではないか?」

完全自由化から一部自由化に変えさせたことによってアサがゴブリンならどうやって自陣営の影響を高めるかという俺の質問に、アサが答えるのを聞きながら考えていた。


単純な寡占状態による価格つり上げは地球時代にも穀物メジャーが失敗した方法として有名だ。

例えば相手国のレモン農家の採算以下で輸出を増加させた後、当該国のレモン農家が転作したら価格を吊り上げるといった方法だ。この方法だと消費者は代用作物に流れてしまい利益があまり採れない。

アサが言っているようにこの方法を今更実行するやつがいるとは思えない。


「それならインヴォリューションはどうだろう?」

アサ「インドネシアにおけるスペインのような統制下ならともかく、商品が細分化して国際通商が自由的になっている現代だと・・・どうだろうな、難しいのでは?」


二人で現状の各国における貿易品目と収支をザッと見る。


次の案として考えられるとすれば、地球時代にも寡占化を通じて価格つり上げによる収奪が失敗したことで考案された手法、例えば対象国の主食作物を保護させたうえで、その周囲を囲い、そこから利益を吸い上げるというインヴォルーション手法だ。

例えば『コメ』が主食であれば『ムギ』を輸出して民間需要を分散させて減らすと、ムギとコメで消費が競合して穀物の取引価格が下がる。こうなるとコメ相対取引相場も下落し『種苗』『飼料』や工作機械用の各種材料にかかる原価率を引き上げられる。大抵は国家からこうした物品へ補助金が出るため、商品の最終取引値が下がっても問題はない。

特に肥育動物用のトウモロコシなどをはじめとした飼料作物は、大量供給が必須になるため主食用作物を固定化させると転作が不可能であることから、こうした目的に簡単に利用できる。

こうした交易条件を利用した他国産業支配をインヴォルーション論といい、生産性に着眼した場合は経済厚生理論という。

しかしこれもJAPのように食料自給率が低く、そのくせ商品価値を高めるためにブランドを付加する!と称して農協のような売国組織が苗や肥料、農機具といった生産資材を高値で買わせつつ穀物取引を鎖国して生産調整という名の耕作放棄を推進し、過剰な収穫があれば廃棄し(つまり最終製品による通貨流動を行わない)、最終的に米国企業の下請け化をまい進させたような特殊な首脳部の施政状況でしかインヴォルーションは成り立たない。

なぜなら、純粋に変動相場制下で自由通商を行うと、仮にコメが主要取引穀物とはならなくとも作付け作物の転換などを通して生産性が向上するからだ。


「では、どう見る?」

アサ「相対取引と取引通貨をエルフ国通貨以外に限定、おそらく当事国の通貨に限定することも織り込んでいたのでは?このことは報告書でもエルフ国を除外した相対取引の危険について言及しているし、なんらかの兆候を見ていたと考えたほうが自然だろう」


例えばC通貨に対してB通貨から買い圧力がかかる場合、基軸通貨であるA通貨はC通貨に対しては売り圧力、B通貨からは買い圧力がかかる。

B→A→C

穀物相場に対し通貨Aが買いを入れた場合、通貨為替を通していないため国際通貨としての価値は毀損せず穀物の価格は高騰する。ここでB通貨がA・C通貨で穀物を購入する場合、通貨Aに対しては二重に通貨高が進行する。B通貨にとっては穀物高騰と通貨安のダブルパンチがくるわけだが、逆に言えば穀物以外の輸出を増加させることで均衡を保てる。

工業製品を輸出して1次産業の補助支援を行うといったことは、現在でも行われる一般的な方法でもある。

 ここで支払い通貨を対象国通貨に限定する場合を考える。

通貨発行量を決める権限が国内生産量に依存しているヴァンダルギアでは、疑似的に地球時代にユーロ諸国が陥った状況を招く。つまり金融的手法が取れないため、財政出動でしか対応できないので、まさにインヴォルーション化する。

貨幣流出が超過する側は流通する貨幣が減少するためデフレが生じる。デフレを解消するためには公定利率を引き上げるなどを行い海外から投資を呼び込むなどを行えばよいが、利率やインフレ促進は通貨が流入している相手国にとっては循環的に対外資産が増加する結果をもたらす。

これによって流出国の間接支配の完成というわけだ。


「じゃあなぜ、そうならなかったのだろうと推測すべきか」

アサ「恐らくスパイ工作がバレて通貨に関する折衝がうまくいかなかったのでは?

いくら他国の議員や行政部を買収していても、疑いの目が出ている状態で策を推し進めるのは難しいからな」

「そうだろうな」


俺もアサの意見に同意だった。

ゴブリンどもが発行する通貨とエルフ国通貨との交換を認めていない事から支払い通貨は締約国通貨だろうが、エルフが国際送金システムから締約国を外す決断を行えば締約国通貨を第二の基軸通貨化しないと通貨流出超過国は富がただ流出するだけになる。

第二の基軸通貨化した場合、締約国を利用したゴブリンによる間接統治が完成するため、そこまでの危険を受け入れる合理的理由を説明出来ないと各国国民の同意を採れない。

もちろん、上層部や議会の一部を買収しゲリラ的に法案を通すことができた場合はこの限りではないということだ。

地球史においても、例えばイスラエルの国家認定はクリスマスに国連参加国の大半が帰郷している際にゲリラ的に行われたことが有名だ。もちろんこれによって数百年にわたる代理戦争が続いたわけだが、”戦争を起こしたい”と考えているならむしろ好都合だろう。


アサ「とすると、ドグマたちの件はやはりゴブリンたち辺りに利用されたと考えるのが自然か。まぁ、弱みを付け込まれて利用されるというのはよくあることだが」


「本当なの?」


俺たちが声の方を振り向くと、ドアのところにエレが二人の飲み物を手に立っていた。

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