第33話 未開の混迷(2)
アルクス側から、まとめられた結論を聞かされたカラトロスは、その意向をソリマチ号側に伝えた。しばらくの静寂の後、ソリマチ号側からの返答がビーコンによる通信回線を通じて返ってきた。
『状況は理解した。そちらの船長が、あの爆発の影響で対応できないのは仕方ないことだからな。こちらにも同じく昏睡状態の人員もいる。航路データの先渡しも、本来なら拒否したいところだが、こちらとしても修理を優先したい状況だ。だから、ちゃんとしたサポートが受けられるなら、データの先渡しにも応じよう』
カラトロスは、モニター越しに短く頷いて応じた。このように、モニターを通して話す相手の人相を把握しておくのは、トラブルが発生した際に迅速に対応するためでもある。相手の表情や仕草を確認しながら対話することで、微妙なニュアンスや意図を掴みやすくすることもふまえている。
「それなら問題ない。キャプテンは信頼を重んじる人だからな。誠意を持って対応してくれるなら、不義理なことはしないよ」
『ほお? 詮索する気はないが、貴族様か? ……いや、答えなくていい。こっちは報酬を払うし、そっちは引き換えにサポートを提供する。それ以上でも以下でもない関係だ。よろしく頼む』
「了解だ。とにかく、無理しないよう低速で移動してくれればいいよ」
実際のところ、ソリマチ号側の状態は酷いものだった。ソリマチ号自体の損傷は言わずもがな、護衛機の三機も軒並み問題を抱えていた。一機は小破にとどまっているものの、残り二機は中破の判定を下してもおかしくない状況だ。中でも一機は推進システムが完全に故障し、輸送船にワイヤーで
当初、ソリマチ号側は、アルクスの船内に格納し、その安定した環境で修理作業を進めたいという要望を提示してきた。
ソリマチ号は、宇賊との戦闘によって
しかし、アルクス側が現状を説明し、船長不在のため入船許可が下りないことを伝えると、ソリマチ号側は代替案を示してきた。船内格納が不可能であるならば、せめて外部接続用の固定設備を提供してほしい、と切実に求めたのだった。
「よくもまあ、そんな状態で航行できていたね」
『しばらくは何ともなかったんだが、漂流して二、三日目辺りからシステムの挙動が怪しくなり始めた。最初から影響は受けていたんだろうな。今じゃもう護衛機も制御システムが不安定で、応答遅延を起こしている。何もかも、あのエネルギー爆発のせいだろうが……。それに加えて、ワープ前に宇賊どもにやられた損傷も響いていやがる』
先ほどから通信越しに聞こえるのは、ソリマチ号のリーダーであるショーガ・ソリマチの声だった。モニターには彼のバストアップが映し出されている。30代前後の
語り口には不満が滲んでいる。その内容は情報半分、愚痴半分といったところだ。
『まあ、ともかく修理を優先してもらわないと、これ以上どうにもならん状況だ。……頼むぞ』
カラトロスはその言葉を静かに受け止め、画面越しに穏やかに頷いて応えた。ショーガの疲れた表情の奥に、彼がリーダーとして果たすべき責任感と決意が垣間見えた。
〇
『しかし、観測レーダーでもでかいとは思っていたが、近づいたら余計にでかく感じるな』
「まあ、そうだろうね。珍しい艦船の種類ではあるからね」
カラトロスは操作パネルに手を伸ばしつつ、軽く肩をすくめて答えた。
「それで、さっき話したけど、固定する機材はどうする?
『それなんだが、
通信越しの声がやや沈み気味に響く。その言葉とともに、ソリマチ号側のデータが送られて
『
NMFLとは、ナノスケールの磁気粒子を利用して船体表面にフィールドを形成し、相手船の磁気フィールドと引き合うことで固定する技術である。これにより、外殻を傷つけることなく強力な固定力を発揮し、主に緊急対応やランデブー時に使用されている。また、遠隔制御で簡単に解除できるため、迅速な着脱が可能で非常時にも適したシステムの事を指す。
EFSについては、艦船やフレームから発生するエネルギーフィールドを利用し、対象船を非接触で固定する技術だ。空間内に安定したエネルギーフィールドを形成することで、対象船を安全に保持し、振動を吸収しながら修理作業をサポートできる。
この装置はフレームと併用することでさらなる効果を発揮し、フレームの固定力を補完しつつ、振動や微調整にも対応が可能。また、エネルギーフィールドは飛来するデブリや障害物を弾き返す機能を備えており、作業環境の安全性を高める。
精密な作業や安全性が求められる宇宙での修理ミッションにおいて、高い信頼性を発揮する。一方、品質が向上するほど価格も上昇し、コストが課題となるため、導入を躊躇する購入者も少なくない。
「ああ、船外活動するなら、その方が安全だからね」
カラトロスは手元のデータを確認しつつ、ディスプレイを操作して補助機材のリストをスクロールした。
「リソースや
「そのつもりだ。開拓前に積んでる資材も十分あるし、
ソリマチ号との通信が続く中、アルクスに今の話の内容を報告する。これで向こうは準備を進めてくれるだろう。
「あいよ。準備するから少し待機してくれ。三十分ほどで組みあがる」
カラトロスは、画面越しに通信相手の表情を一瞬確認してから、手元のパネルを操作し始めた。
『了解した。こっちも整備の体制を整えておく。それじゃあ頼む』
通信が途切れると同時に、作業待機状態となったカラトロスは、今のところ相手に悪意のある気配はないと判断する。
今頃アルクスの船内では、機材を運ぶ音とツールの準備音が響き渡り、修理のための動きが加速しているはずだ。
ほどなくして、アルクスは搬入口を開きドローンが運搬を始めだ出した。船内で一部組み上げられたのだろう固定フレームが、宇宙空間でさらに形を成していく。その作業が繰り返され、最後にアルクスからのケーブルがアームを通して接続された。
「よし、姿勢制御の稼働を確認した。それじゃ、準備はできたから固定フレームに接続してみてくれ。あと、アルクス側でも周囲の警戒はするが、そっちでもやっておくことをお勧めする」
『感謝する。警戒についても継続するさ』
ソリマチ号が
MCFは、宇宙船や構造物を固定するために設計された多用途な装置である。その特徴的な構造は、"モジュール化"によって柔軟性と適応性を備えており、さまざまな形状やサイズの船体に対応することが可能だ。
この装置は、必要に応じて形状や機能を調整できる設計となっており、カスタマイズ性の高さが際立っている。さらに、固定フレーム自体に姿勢制御システムが採用されるため、宇宙空間での座標固定も可能とする。また、再利用可能なモジュールを採用しており、組み立てや解体が簡単であるため、リソースの無駄を減らし、コスト効率を向上させている。このため、広い宇宙での多様な状況やミッションにおいて重宝されている。
今回、このモジュール式固定フレームが選ばれた理由は、その干渉の少なさだ。他のシステムとの相互作用による問題がほとんどないだけでなく、仮に干渉が発生したとしても、モジュールを交換するだけで解決可能である。そのため、運用中のトラブルを未然に防ぐことができ、信頼性の高い作業環境を実現できる。
修理作業やメンテナンス時において、この固定フレームは単なる補助装置以上の役割を果たす。船体をしっかりと保持しながらも、外殻や内部へのアクセスを容易にするため、迅速かつ安全な作業を可能にするのだ。アルクス側は、この特性を最大限に活用し、効率的なソリマチ号の修理計画を立案している。
このように、モジュール式固定フレームは、その多機能性と実用性により、今回の修理ミッションにおいて重要な要素となっている。
『正直、
そんなやり取りから、船乗りが安全性を重視する傾向にあるのを再認識することができた。
時間をおいて、アルクスのブリッジでは――。
ソリマチ号の修理作業が進められる中、探索途中で帰還要請を受けたミカラドの報告で明らかになった周辺の状況。それに、対しての話し合いが行われている。
「複数の一団が周辺で捕捉されたと」
『はい。我々のように周辺のデータを収集中の船団がいました。中にはボロボロの状態の輸送船を複数の護衛機で
「バンディットの残党かもね」
『あとは、孤立しているのかいくつかのポイントにばらけて、救難信号が発せられていました。しかし、我々の状況下も同じく遭難状態ですから、位置座標をマークしてから引き返してきました。救助申請が危険域のものはまだ受信していません』
「仕方ないわ。私たち自身、アルクスの修理作業を行わなければ問題が起きるもの。救助活動で身を危険にしては本末転倒よ」
「そういえば、ソリマチ号は救難信号を出していませんでしたね」
〔いえ、信号の発信はしていたのですが、システムの故障が起きていたようです。機器の修理が終われば復旧するでしょう〕
「それって、伝えておいた方がよくない? 信号出されたら、この場所に――」
〔――ああ、一歩遅かったようです〕
アルクスの外で作業中のソリマチ号から、救難信号が発せられたようだ。信号はすぐに消えたのだが、この事が引き金となり事態は思わぬ方向へと進展することになる。
ソリマチ号が修理に入って、
〔自船の通信ビーコンを方位基準に、1時の方向、仰角20度に艦船を四隻。五時の方向、仰角マイナス40度に艦船を五隻確認。シグナルを発信しています。輸送船を含む船団がこちらへ向かっている模様〕
「警戒を継続。ソリマチ号側にも共有を。巡回中のヴィースとオルデは戻らせて」
「状況を見て対応しましょう。スイビー、急ぎ発進を。ミカラドと合流し、船団に対応してください」
〔
「やっぱり来たわね。アルクスの座標から1500km以上離れた位置で対応して。とはいえ、こちらとしても足止めするだけの合理的な理由があるわけじゃないけど」
〇
巡回を中断し、指示を受けたヴィースとオルデは、接近中の船団を捕捉し急行する。不要な攻撃をされない為に、進行中の船団の10km手前で通信を開始する。
「こちらに接近中の船団、応答願う。こちら、軽空母船アルクス所属、DS-03。応答願う」
『こちら、輸送船ビランド号。さっそくだが、我々の進路を妨害する目的を聞こうか? 理由如何では、即時攻撃する』
「敵対の意志はない。そちらの船団が進行中であることは認識している。約六時間前に、この先から発信された救難信号を目標としているのなら、その信号主はこちらで救助している。そのことを伝えに来た。目的違いなら謝罪する」
『なに、そうなのか? それならば我々の目的はクリアされたことになるな。……ふむ、無駄足にさせないために教えに来たというのか?』
通信相手は少し考えて、次のように切り出してきた。
『まあいい、連絡に感謝する。して、この先には何かあるのだろうか? こちらは遭難中で、この辺りの航路に明るくない。ただとは言わん。現在の座標がわかるなら、クレジットと交換にデータを売ってほしいのだが』
「あいにくと、こちらもワープの爆発で飛ばされた口でね。探索を重ねているけど、ご期待には
『それでもかまわん。データ量が不足しているなら、クレジットかなんらかの交換で支払っても問題ない。それと気になったんだが、修理とは船外修理をしているのだろうか? 見たところ、そちらの船は300m級のフリゲートと見える。その操縦者が空母という。だとすれば、相応に1km級以上はあるのではないだろうか?』
「そうだね。隠すことでもないし言うけど、アルクスは2km級の大型船だね。それがどうかしたかい?」
この時、ヴィースと通信相手との会話で、オルデには予想がついた。これは、来ちゃうんじゃないか? と。
案の定、相手からはソリマチ号の依頼内容と酷似した内容が告げられた。要は修理作業の場とサポート提供である。だが、前例があるので返答はスムーズに行える。
「そういうわけでね、キャプテンの不在で乗船の許可は出せないんだよ」
『なるほど。うちにも何人か気を失った者がおったな。今は回復しているが。そうなると、安全な修理作業は断念せざるを得んか』
「ただ、先に救助した船と同じ対応ならできるかもしれないよ。ちょっと聞いてみるね」
『それはありがたい、よろしく頼む』
このようなやり取りを得て、輸送船ビランド号がアルクスと合流することになった。
――場所を移して。ミカラドとスイビーが
「それで、乗船は無理なんよ。船外やったら修理する場を提供はできるんやけどね」
『そうだったか。それでも、単独で修復をするよりも安全なのは確かだ。手間をかけるが世話にならせてもらう』
「そうかいな。そちらさんの状態を見るに、なかなか被害出てるみたいやなあ。ほんなら、アルクスまで距離があるから案内するわ。無理せんと、低速で移動したってや。あと、周囲の警戒だけは外さんといて、宇賊らしいのもおるみたいやから」
こちらでも同じようなやり取りを終えて、アルクスまでの距離を縮めていく。
――とはいえ。二組がアルクスの付近までもどってくる頃には、その数がなぜか倍以上に増えていた。
〇
再び、アルクスのブリッジでは――、状況の変化に対応を迫られていた。
「はあ、ちょっと……。いえ、かなり予想外だわ」
エルベルは額に手を当て、ディスプレイに映る数値と構成情報の増加データをじっと見つめる。困惑と驚きが入り混じった表情が浮かぶ。
「そうですね。ここまで多くなるとは思いませんでした」
コルビスは指先を顎に軽く当てながら考え込む。その動作は冷静さを保ちながらも、状況の異常さを感じさせる。一画に表示されたアルクス周辺の映像、そこに映るのは迎え入れた艦船の一群である。
〔途中で三つのグループを拾い合流しましたが、護衛機にコルベット級や戦闘機、その他ガンシップを含めると賑やかすぎますね〕
アルクスは淡々とした口調で述べた。その冷静な語り口は、場の緊張感を緩和するようだった。
「アルクス、賑やかじゃすまないのよ? はあ……、でも、まだいいわ。結局のところ、みんな固定設備の提供を求めるのは同じなのよね」
エルベルは椅子に深く座り直し、腕を組む。一瞬遠くを見つめながら、予定が破綻しかけている感覚を得る。その後、深いため息をつき、気苦労を振り払おうとした。
「
コルビスは、モニターに映る詳細なデータを指でなぞるように操作しながら提案する。リソースや機材を出し惜しみすることなく使用するのならば、何も困ることはない。だが、そんな無計画な手段を遂行する予定もない。
「今のところ、みんなリソースは自前でやってくれてるからいいけどね。こんな状態が続くのは、正直望ましくないのよね」
エルベルは苦笑いを浮かべつつ、次の課題を見据えていた。
〔今のところクレジット収支はプラスですが、機器や機材修理をしていれば素材やパーツの不足も出てくることでしょう。私の船内には、部品製造ユニットがあるので、リソースさえあればなんとかなりますが……〕
アルクスの声は一定の冷静さを保っていたが、その内容には予防的な警告が込められている。使わなくても良ければ使わない方向でいたい、そんなニュアンスも含まれているようだ。
「
〔もちろんです。しかし、この
「確かに、アルクスの懸念はもっともです。その辺りは早めに手を打っておいた方が無難でしょう。エルベル、リソースの減少が目立ってからでは遅いですし、計画と方針の見直しが急務です」
警戒感を滲ませ懸念を告げるアルクスと、それに付け加えて提案するコルビス。 二人の意見にエルベルは眉を寄せ、少し険しい表情を見せながら思案する。
「そうよね。探索内容を再評価、今後の予定を見直しましょう。アルクス、リソースの消費予想と必要な資源の補給量、それに時間配分を計算して出して。そこから計画を組んでいきましょ」
〔承知しました。それでは、まず――〕
こうして、アルクスのブリッジでは議論が交わされ、新たな計画の骨組みが組まれていくのだった。
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