衝撃的なセリフを放った魔道男爵は、私と相性ピッタリなんじゃない?

アソビのココロ

第1話

 ――――――――――クリスチーネ・ゴダード子爵令嬢視点。


「極めて純粋な意味で、僕は自分に合わない女性を欲してはいない」


 婚約を見据えた顔合わせにて。

 目の前の美形男子にこんなことを言われて震えた。


 ショックを受けたわけじゃない。

 このセリフ、一字一句そのままで私の書いた小説に出てくるからだ。

 えっ? どういうこと?


 目の前の美形男子とは魔道男爵ガラク様だ。

 平民出身でありながら莫大な魔力を持つ魔道士であり、年若なのに数々の魔道具の発明と戦場の武功で知られ、現代の英雄と謳われるお方。

 陛下からマギスの姓と男爵位を賜ったのは記憶に新しい。


 その輝かしいお方が私の小説のセリフを?

 確認しておかずばなるまい。


「つかぬことを伺いますが、ガラク様は本をお読みになる方ですか?」

「本? ああ、図書館にはよく通う」

「では、通俗本の類などは?」

「いや、すまないが読まないな」

「さようでしたか」


 うむ、乙女向けの私の小説など読んでるはずがない。

 ではそのセリフが出てくるのは?

 つまり私の小説の中に出てくるキャラと同じ性格で、同じ状況に陥っているということか。

 うわ、テンション上がる!


 ちょっと待てよ?

 ならばガラク様は現在大変お困りの状況で、かつ私とは相性ピッタリということになるのか?

 ええ? こんな陰のある(ように見える)ハンサムが?

 そうだ、私の小説の中の登場人物も陰のある(ように見える)ハンサムだった。

 あれえ? よく考えてみなければいけないぞ?


          ◇


 ――――――――――一方ガラクは。


 また今日も貴族の御令嬢とお見合いだ。

 本当に勘弁して欲しい。

 僕はただの平民の魔道オタクだから、御令嬢と話なんか合うわけがないじゃないか。

 この時間は拷問に等しい。


 男爵なんて受けなければよかった。

 いや、受けないと外国に出奔するつもりか、我が国を裏切るつもりかって言われそうな雰囲気だったんだよな。

 まあ金持ちになれば魔道の研究も捗るからいいか、と思ってたけど、嫁もらえ攻勢は想定外だった。


 貴族としての心得の第一条は子孫を残すことだそうで。

 言われてみればその通りだ。

 何故気付かなかったんだろう?

 天才天才って言われてたけど、自分のバカさ加減に呆れる。


 でも本当にムリ。

 自分にできないことなんてないと思い上がっていた一年前の自分に説教してやりたい。

 キラキラでふわふわしていて柔らかそうな御令嬢の相手はできない。


 結婚なんてもっとムリ。

 家を貴族色で染められたら、僕の居場所なんてなくなってしまう。

 だからもう何人もの御令嬢にお断りしてきたけど……。


 今日のお相手はクリスチーネ・ゴダード子爵令嬢だ。

 いや、ようやく子爵令嬢なんだよ。

 より高位の御令嬢方を断わりまくって。

 下級貴族の方が元平民の僕に合うのかなあと、微かな望みを抱いてもいる。


 しかしクリスチーネ嬢は一味違うな?

 最初から僕を期待に満ちたキラキラした瞳で見てこなかった。

 そして僕の『極めて純粋な意味で、僕は自分に合わない女性を欲してはいない』という真情の吐露が通用しないようだ。

 初めは苦し紛れで口に出た言葉だったけど、何故か御令嬢達のウケがいい。

 『その言葉をここで耳にしようとは』とか『伝説の名ゼリフをガラク様が』なんて、言っただけですぐに引いてくれるから、すごく楽になった。


「つかぬことを伺いますが、ガラク様は本をお読みになる方ですか?」


 えっ? 本?

 唐突だな。

 いや、共通の話題を探ろうとしているのか?


 これまで数多の御令嬢を討ち取ってきた言霊が通用しない人だ。

 しかも本という、僕も話しやすい話題を振ってくれているのだ。

 ここは乗っておこう。


「本? ああ、図書館にはよく通う」

「では、通俗本の類などは?」

「いや、すまないが読まないな」

「さようでしたか」


 通俗本はさすがに。

 待てよ? あのセリフ、まさか有名な通俗本の中にあるのか?

 あっ、今までお断りした御令嬢方の反応は!

 道理で話が繋がる!

 うわああああああ、恥ずか死ぬ!


「ガラク様、互いの従者を外してのお話、少々よろしいでしょうか?」

「えっ?」


 もちろん僕は構わないけど、貴族の御令嬢はそういった貞淑さを疑われるようなことを嫌がるんじゃないの?

 あれ? クリスチーネ嬢の従者二人がさっさと下がっていくぞ?


「ガラク様が紳士であることはよく存じていますので」


 ああ、つまり今までずっと高位貴族の御令嬢を袖にしているからか。

 おかしな意味で信用ができているな。

 僕も従者を下がらせた。


「今からガラク様のお心に踏み込むような私の発言がありますけれども、お許しいただけますでしょうか?」

「え? ああ」


 ハッキリしない態度を罵倒されるんだろうか?

 確かに僕のやってることは、血統の存続を図る貴族の行いじゃない。

 今までの御令嬢よりはまだ話しやすいクリスチーネ嬢なら、説教食らってもいいや。


 クリスチーネ嬢が可愛らしい顔を寄せてくる。

 こういうのは初めてだ。

 ドキドキするなあ。


「……どこからお話するべきか。ガラク様は天才で英雄でありますけれど、貴族の相手は慣れておらずお得意ではない、ということでよろしいでしょうか?」

「そう!」


 思わず声が大きくなってしまった。

 その通りなんだよ。

 今まで会った御令嬢は皆、僕が何でもできる天才だと思い込んでいるけど、そんなわけないじゃん。

 僕は平民出身なんだし。


「やはり……となると、令嬢の相手などムリだ。趣味が合うわけはないし、幻滅されるのも嫌だ。間違って結婚して、窮屈で居場所がなくなるのはもっと困る、というのは?」

「まさにそう!」


 いやあ、クリスチーネ嬢はわかってくれた!

 あれ、クリスチーネ嬢が難しい顔してるな。

 あまりにも貴族らしくない悩みにガッカリされてしまったか?


「クリスチーネ嬢?」

「いえ、すみません。実は私も似た悩みを抱えておりまして」

「は?」


 僕と似た悩み?

 どういうことだろう?

 確かにクリスチーネ嬢は、今まで会った御令嬢方とはちょっと違うタイプだな、とは思う。

 でもどこからどう見ても貴族で、僕とは違う世界の人なのはわかる。


「ガラク様の先ほどの『極めて純粋な意味で、僕は自分に合わない女性を欲してはいない』というセリフですが」


 思わず表情が強張る。

 しかし僕の発した言葉の正体は知りたいな。


「私の書いた小説の中にあるのです」

「は?」

「いえ、私は小説家をしていまして」

「小説家……」

「このことは内緒にしてくださいませ」


 ペンネームで小説家をしている。

 正体を明かしていない、ということか。

 なるほど、それで通俗本がどうのこうのと。


「不勉強で失礼だが、クリスチーネ嬢の小説はすごく売れている?」

「手前味噌ながらかなり。ガラク様の放ったセリフのある作品は、私と同年代ならば一〇人中九人が読んでいるかと」

「やっぱり!」


 じゃあ誰でも知ってるセリフなんじゃないか!

 うわあああああ、イタいやつと思われてそう。

 本当に恥ずかしい。


「まさかガラク様が私の小説を読んでいるはずはありませんから、推測するに話中の登場人物と似たような境遇にあるのかと拝察いたしました」

「そ、その登場人物とは?」

「やはり平民出身で貴族は苦手。そして女性を愛せない、何と言いますか、ボーイズラブ嗜好の……」

「違う! 僕は男色家ではない!」

「そうでしたか」


 うわあああああ!

 一言で御令嬢方が引き下がった理由がわかった。

 男色家と思われていたとは!

 とんでもない誤解が広まってしまう!


「ではつまり、単にガラク様は貴族の令嬢と共通の話題などない。理想を押し付けられても困る。貴族の生活なんかムリだ、ということだったでしょうか?」

「そうなんだ! わかってくれて嬉しい」

「ということならば、わたしと婚約いたしませんか?」

「は?」


 いや、クリスチーネ嬢の表情は極めて真面目だな。

 他の令嬢に見られるような、夢見るようなキラキラした目じゃない。

 あれは僕も知っている、利便性功利性を追求する目だ。

 僕達双方に利のある何らかの方策を、クリスチーネ嬢は持っている?

 興味があるな。


「先ほどチラッとお話した、私の悩みに関することなのですけれども」

「うむ、伺おう」

「私は文筆業が向いておりますし、私の小説を心待ちにしてくださっている読者も大勢います」

「そうだろうな」

「一方で私に普通の貴族の夫人として期待される、家の仕切りや社交はムリだと思うのです」

「……なるほど」


 僕が夫ならば普通の貴族のような生活にならないから、執筆活動に時間を割けるだろうということか。

 貴族の御婦人方が押しかけないだろう、という未来には希望が持てる。

 条件さえ詰めれば、僕にとっても都合が良さそうだ。


 結婚しさえすれば陛下にガタガタ言われることもなくなるだろう。

 何より今後クリスチーネ嬢ほど僕を理解してくれている令嬢は、今後現れないに違いない。


「クリスチーネ嬢との婚約、前向きに考えたいのだがよろしいだろうか?」

「ありがとうございます」


          ◇


 ――――――――――数ヶ月後、クリスチーネは。


 ガラク様との婚約が成立し、のんびりした付き合いを続けている。

 ガラク様は不規則に仕事が入るし、私も仕事があるから、焦ったって仕方がないのだ。

 最初からわかっていたことでもある。


「この家がいいかなと思うんだ」


 今日はガラク様と結婚後の新居を見繕っている。

 現在どこに住んでるか聞いたら、宮廷魔道士の寮なんだって。

 マギス男爵家の当主なのに、ちょっとビックリした。


「元は画家が住んでたらしくてね。アトリエのスペースが広いんだ。僕の器具を置くのに都合がいい」

「私も問題ありません」


 私は資料も置ける、ちょっと広めの個室があればいいのだ。

 ガラク様の実験に対応できる家を選ぶのがいい。


「ならばこの家に決めようか」

「ええ」


 可愛い家だ。

 私達二人の新生活に合っていると思う。

 使用人は最低限でいい。


「最近執筆活動の方はどうだい?」

「おかしなことになっているんです」

「えっ?」

「社交に出ない私達ではありますが、婚約のことは知られてきているようなんですよ」

「ふむ、それが?」

「ガラク様が私の小説のセリフで、過去数多の令嬢を切り捨ててきたではないですか」

「やめてくれ。黒歴史だ」


 ガラク様は笑うが、私にとっては歴史でなくて、現在進行形なのだ。


「ガラク様のボーイズラブ疑惑が私に降りかかっている状況でして」

「まさかの展開」

「クリスチーネ・ゴダードは実は男だったという、怪しげな噂が」

「アハハ!」

「しかもガラク様の婚約者クリスチーネ・ゴダードが、作家としての私と同一人物だなんて思われていないでしょう? 私へのファンレターにそんなこと書いてくるんですよ」

「何とカオスな状況だ」


 まさにカオス。

 私は難攻不落のガラク様を落とした話題の人物で、かつファンレターの受け手だものね。


「私は受け取ったファンレターには必ず返事を書くことにしているんです」

「何と書いているんだ?」

「クリスチーネ嬢はきっとガラク様の嗜好を変えたんですよ、って」

「僕の嗜好は変わってないよ」

「えっ?」


 ガラク様の目が優しく私を捕える。


「初めて会った日、話していて普通の令嬢とは違うなあと思ったんだ」

「私がピンと来たのは、例のセリフを聞いた時でしたね」

「あれ? それまでは?」

「ガラク様が令嬢との顔合わせの度に断っていることは有名でしたから、私を選んでもらえると考えるほど楽観的ではありませんでした。また私自身も婚姻後の未来に期待してませんでしたしね」


 であるのにガラク様が婚約者だ。

 運命とはわからないものだなあと思う。


「君が婚約者で本当に良かった」

「私もですよ。救われました」


 必要性から生まれた関係だったかもしれない。

 でもガラク様といると楽なのだ。

 こういう愛もアリかな。


 おっと、メモしといて次の作品に生かそう。

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