形見の指輪

 

 冬の始まりを告げる季節に、アリアが5歳の誕生日を迎えた。


「「アリア、お誕生日おめでとうっ!!」」


 朝、アリアが食堂に入ると屋敷内の全員でお祝いの言葉をかけた。

 もちろん、今回は僕もお祝いする側だ。

 だから、アリアが来るよりも少し前に食堂へ行き、待機していたのだ。


「わぁっ、みんな、ありがと〜!!」


 今日で5歳という事は、つまり、今夜夢の儀式が行われる。

 アリアは前からずっと相棒ソシオと話すことを憧れていた。

 十貴族じゅっきぞくの血を引く彼女なら心配しなくても真級の相棒になるだろう。


「さぁ、今日と明日は街を上げてお祝いだ!みんなも、この2日間は大いに楽しんでくれ!」


 アリアをお祝いする賛歌とオルトさんの号令によってその日はスタートした。

 その良き日に僕はオルトさんの執務室に呼ばれていた。


「失礼します」

「やぁ、カルマ。今日は朝からありがとう。アリアも喜んでくれていたし、大成功だよ!今日来てもらったのは、君に渡すものがあってね」


 そう言って、オルトさんは机の上にあった高級そうな小箱を手に取った。

 そして、そのまま僕の手元へと渡された。


「開けてごらん」


 小箱を開けると、中身もまた高級なものだった。

 中央には銀色に光る指輪が入っていた。


「これって....」

「そう、君から預かっていた物だよ」


 ここに来てすぐの頃、僕は両親の形見である指輪をオルトさんに預けていた。

 でも、見た目は随分と変わっている。

 2つのリングがクロスして、隙間には宝石が埋め込まれていた。


「次は内側を見てごらん」

「内側....」


 そこには、僕の名前と一緒に何かが書かれていた。

 読めないけど、どこかで見たことがある。


「それは元々の指輪に刻印されていたものをもう一度彫って貰ったんだよ。恐らく君のご両親の名前だと思うんだけど...」


 そうだ、この文字は父さんと母さんの指輪の内側に書かれていたのと同じものだ。


「ありがとうございます...」

「君に早く返せて良かったよ。それにしてもカルマの両親はどこでこれを貰ったんだろうね」

「指輪については、2人でお揃いって事と、何よりも大切な物としか....。ごめんなさい...」

「いや、いいんだ。実はこの指輪は元々その店で作ったらしくてね。以前の事を、亭主の方が懐かしく話していたよ」

「そう、だったんですか...」


 ....どうして、貴族御用達の装身具店のものを父さん達が持っていたんだろう。

 そんな話、聞いた事ない。


「....そ、それで、君を呼んだのはもう一つ、大事なお願いがあったからなんだ」


 オルトさんが、なぜかソワソワしている。

 何か言い辛いことがある様に。

 気が付けば、執務室の中は沈黙が続いていた。


 はっ!

 僕が父さん達のことで少し気持ちが沈んでるから言い出しにくいんだ。

 切り替えなくちゃ。

 オルトさんからの大事なお願いなんだから、ちゃんと応えないと!


「はい!なんでしょう!」


 オルトさんは一度深呼吸をして、覚悟を決めたように僕の目を見た。


「....単刀直入に言うね。今日と明日はアリアの誕生日会と披露宴があるんだけど、君には参加せずに部屋にいて欲しいんだ...」

「え....?」


 それって、もしかして僕が....。


「本当に申し訳ないっ!!でも、誤解しないで欲しいのは、決して君が下民だからと言う理由では無いよ!」


 オルトさんは頭を上げたが、俯いたまま続けた。


「...君の事はまだ公にしていないんだ。今回の催し物は僕の友達以外の貴族が多く参加する。中には些細なことを問題しようとする奴らもいるんだ。だから...」

「はい!分かりました!」


 オルトさんが僕が下民だからっていう理由を使う人じゃないって事は知っている。

 少しびっくりしたけど、どんな理由でもオルトさんのお願いには応えなきゃ。

 僕を拾って、命を救って貰った恩を返さなきゃ。


「....そうか。ありがとう。アリアには君が体調を崩したと僕から伝えておくよ。カルマにドレスを見せることを楽しみにしていたからね」

「お願いします。では、僕は部屋に戻ります」

「あ、ああ...」


 こうして僕は2日間部屋に籠ることとなった。

 部屋の前まで行くと、僕の後ろに着いていたリナが立ち止まった。


「カルマ様、申し訳ありません。実は今回の催し物の準備を頼まれていまして...」

「そっか、大丈夫だよ!僕は独りでも平気だから」


 リナの俯いた顔を見ながら、僕は扉を閉じた。

 さて、2日間も部屋に籠るなんて久しぶりだ。

 この屋敷に来たばかりの時は1週間もこの部屋に籠ったことがある。

 それに比べれば大したことは....。


「あれ...?」


 別に悲しい訳でも辛い訳でもないのに、目からは涙が溢れてきた。


「....な、なんで。ぜ、全然、平気なのに...」

『ふん。無理をする事はない。お前からは寂しいという感情が流れ込んできている。安心しろ。儂が着いている』

「....うん。.........うん」


 僕は枕に顔を埋めた。

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