第4話 先生と師匠


 フーリアと会えなくなって1年、10歳になった私は魔法と剣術の特訓以外は外へ出なくなった。

 部屋の外へ出れば意地悪な義母と義姉にいじめられるからだ。

 義母のいじめは言葉の暴力ばかりなのに対して義理は物理的な暴力だったり悪戯だったり。

 

 言葉で何か言われるのはきついけど、年齢の近い子に暴力などを振るわれる方が辛かった。

 ただ誰もが考えるような辛さではない。


 剣士になるためにもっと幼い頃から鍛えていたせいで身体が頑丈で殴られてもむしろ殴った人の手の方がダメージを負う。

 血が出る程じゃないけど、手を出してきた義姉達は毎回自分の手を抑えて「痛っ!?何この子、硬すぎ……」と言われる。

 それが一番の苦痛だった。

 

 身体を鍛えているからまあそうなるのは分からなくもない。

 自分でもこんな歳で剣術のトレーニングや筋トレを欠かさずしているから頑丈で硬くなっている自覚はある。

 無駄に広い部屋を与えられているから自室でトレーニングできる。


 前世は陸上をやっていたから家の中でもできるようなトレーニングをしていた。

 現代の効率のいいトレーニングと異世界の高い身体能力が私をここまで成長させていた。


 話は戻って私を殴ったにもかかわらず逆に「痛い~」と言って被害者面される。

 それが本当に嫌だった。


 そんな1年過ごしていたからやることは自室でのトレーニングのみ。

 だからこうなるのは分からなくも無いんだけど……。

 ふと腕や足の筋肉がどれくらいついたのか確認してみる。

 

 そこには細い腕と細い足しかなかった。力を入れれば多少筋肉が出て来るけど誰かに殴られても痛くなく、むしろ殴った方がダメージを負うようには見えない。

 自分で触ってみても驚くほど柔らかい。


「ふむ……」


 これが女の子の柔らかい身体と言う奴か……。


 と前世で知ることのできなかったモノを自分の身体で感じることができてしまった。

 複雑な気分になってきたので気を紛らわせるためにとりあえず筋力を上げるためにトレーニングをする。

 聖剣を持つことのできた私に剣の才能があると言われてここまでずっと剣術を習っていたけど自分でもわかるようにあまり上達しなかった。


 その理由は理想の剣術と刀のせい。

 侍のような剣捌きの再現をしようにも記憶だけでは限界がある。

 尚且つ、あまりない刀なので教えてくれる先生も教えるのに苦労している様子だった。


 そんなことを考えながらもまだ剣士を諦められず身体を鍛えていると――。


 トントントンッ――。


「どうぞ」


 ノックの音が聞こえたのでその人を招き入れる。

 義母達だったらどうするのかと思われるかもしれないけどその心配はない。

 あの人達ならノックとかせず、ヅカヅカとまるで自分の部屋かのように入ってくる。

 丁寧にノックするはずもないから大丈夫だ。

 

 そして部屋に入ってきたのはアナと魔法と剣術を教えてくれる先生|達≪・≫だった。


「お嬢様、剣術稽古の時間です」

「ええ、すぐ行くわ」


 その先生の隣に立つアナに言われて部屋を出る準備をする。剣術などの稽古は流石に部屋の中じゃ出来ない。

 だけど先生の諸事情と私の事情で他人にその稽古を見せるわけにはいかなかった。


 私の事情は魔法と剣を両方使えるということ、本来は人に与えられた力は一つ。剣を扱い、その力を引き出す剣士と魔法を使う魔導士の二択。


 特殊な例として魔導騎士という存在がいるみたいだけど……私は見たことが無い。


 私はその両方を先生から習っているんだけど、先生はそれに驚かないし、私が魔法と剣を両方使えることを誰にも話していない。

 この世界において両方を使える人間は異端だから……。

 

 それを理解してくれているのがこのダイン・スレイブ先生だった。

 いつもの稽古場へ向かう途中、廊下で義姉とばったり会う。


「……稽古?将来が安定していない子は可哀そうね。こうして面倒な習い事をしないといけないんだから」

「……どういう意味?」

「まさか、お前がこの家を継げると思ってる?継ぐのは私よ」

「……」


 その言葉に私は何も応えなかった。

 つまらない挑発だし、こういった些細な抵抗でも義母に伝えられてさらに事は面倒になる。

 

 だから私は何も言わなかった。しかしそれが義姉のアーミアには何も言い返せないと感じ取ったのかさらに言葉を続ける。


「家督を継げない事を理解しているからこうして剣を習って、将来は騎士……ですか。有名な魔導士の家系なのに剣士って……まるで――」

「それ以上はやめて上げてください」

「……口を挟まないでくださいダイン先生」

「そうはいかない。私はルーク嬢の教育をこの家のあるじに任されています。悪影響を与えるようなことがあってはいけません」


 ダインは子供に対して無表情で対応する。

 私ですら読み取れない程に無表情、しかしその奥には微かに冷たさを帯びていた。


 その異様さ負けてアーミアは引き下がる。


「ふんっ!あんたなんか辞めさせてやるんだから!!」


 そう捨て台詞を吐いてアーミアは去って行った。


「ダイン先生……すみません……」

「いえ、大丈夫ですよ。時期に……」

「先生?」

「いえ、辞めさせるようなことはしないでしょう。あの人はちゃんと分かっている人ですから」

「はぁ……」


 義母の私への当たりの強さはこの1年で理解してるはずだけど父には未だに何もしてもらっていない。

 正直もう見捨てられていると考えている。


 それもあって家督問題についてはあまり強く言えない部分があった。

 だからこそ私はもう信用していない。


 ダイン先生は辞めさせられるかもしれない。それなら今のうちに沢山学んでおこう。

 この日からダイン先生に学べるだけ学ぼうと普段よりも真剣に習う。


 魔法の知恵を付け、剣術を磨く稽古……それは3年以上続く。


――

 そして時は進み13歳になるとそれはもう魔法も剣術も年齢以上に身に付いた。

 ちなみに3年経ってもダインスレイブ師匠せんせいは居る。

 

 1年目でアーミアに辞めさせられると言われていた事を思い出す。

 私はふとそんなことを思い出す。


「本当にスレイブ師匠せんせいは辞めさせられなかったんですね」

「ん?もしかしてやめて欲しかったの?」

「いえっ!そんなことは、むしろ私なんかにここまで親身になって頂いて……」

「君は私と同じ才能を持っている。それを放っておくのは勿体ないと感じただけ、まあこんな子供を1人寂しく放置するなんて出来ないってのもあるけどね」

師匠せんせい!!」

「おっと、感動する前にまずは稽古!ほら私の剣に着いて来な!」

「はいっ!!」


 もうすっかり慣れた光景を見ながら剣術の稽古をする。

 だいぶ腕は上がったもののやはり素人に毛が生えた程度しか上達はしなかった。

 

 そんな様子を見かねたのかスレイブ師匠せんせいが近づいてくる。


「まあ君は僕のような偉大な魔導士になれる。剣術はまあ……間違えなく魔法の才はある」

「あ、ありがとうございます……」

「不満そうだね?」

「そう……ですね。実戦とかした事が無いですし」

「……なるほど、今日の授業はここまでだ。私達は帰るよ」

「はい!ありがとうございました!!」


 スレイブ師匠せんせい達は稽古を終えて屋敷を去って行く。

 こんな辺境の地へわざわざ王都から来てくれている師匠せんせい達には頭が上がらない。

 そんなことを考えながら廊下から雪の積もる街を窓から見つめていると――。

 

 ドォーンッ!!


 と屋敷の庭から大きな爆発音が響いた。


「な、なに!?」


 部屋へ戻ろうとした私は何も考えずに庭まで向かった。

 そこには驚いて尻もちを着いている義妹のルーンが岩石の魔人に襲われていた

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