第2話 悲劇


 いつも通りの変わり映えしない日常を送ると思っていた。

 騒がしいフーリアと庭で遊んでいると、フーリアの面倒を見ていた使用人が突然、バレンタイン家の執事に呼ばれた。

 

 何やら慌ただしい様子、しかしフーリアの使用人は冷静かつ慎重に心配かけまいと務め、執事について行く。

 その様子を見たフーリアは何かあったのかな?とキョトンしている。

 前世は変わり映えしない日常が嫌だと思っていた時期があった。だけど嫌な経験を沢山して後悔してわかったことがある。

 

 それは変わらない日常の大切さだ。ほんのちょっとの変化で人やその人生は変わる。

 特に子供の頃に何か辛い経験をすれば尚更。

 だから何事もなければいいんだが……本当に残念なことにその願いが叶うことは無かった。

 

 使用人が血相を変えてフーリアの下へ駆け寄ってくる。


「フーリアお嬢様!!」

「どうしたの?」


 まだフーリアはキョトンとした様子。

 幼い子供には使用人の焦りだけではどれだけ急を要する事か分からないみたいだ。

 だけど俺はこれでも一応人生経験は前の世界、そしてこの世界を合わせればこの若い使用人よりもあるだろう。

 

 彼女の様子を見ればわかる。相当やばいことが起きている可能性がある。

 何があってもいいように心構えをしていると使用人はさっき執事に聞いたことを俺とフーリアに話す。


「旦那様と奥様が……ホワイト街の魔物を抑えていた旦那様と奥様が……先程亡くなりました」

「……へ?」


 フーリアはまたキョトンとする。

 それはその使用人の様子を見てただ事ならぬことが起きていると察せないわけじゃない。

 

 意味がわかるからこそ、その言葉を理解するのに時間がかかっているんだろう。

 俺はその言葉についカッとなってしまった。


「何を言っているの!!本当だとしてもフーリアはまだ子供ですよ!!!!」

「はっ!確かに……い、いえそれだけじゃなくて!!」


 使用人が焦っているのはフーリアの両親が亡くなったという話だけじゃなかった。


「ルークお嬢様……バレンタイン婦人も……!!!!」

「は……?」


 俺はフーリアの両親の話を聞いて極めて冷静になっていた。

 子供にこんな場で伝えることじゃないと分かっていたからだ。

 ちゃんと心の準備をする時間が必要だ。


 だからあんな言葉が出た。でもそれは自分に関係があまりない事だったから冷静になれただけだったのかもしれない。

 自分がいざその立場になると冷静にはなれない。

 そうか、つい今フーリアが感じていた想いはこれなんだ……!!

 

 この世界では俺に取っての母親だ。それがーー


「死んだ……?」


 もう既に遊んでいられる状態じゃなかった。

 その後は大忙しだった。

 

 すぐに俺は庭から家の中へ戻され、フーリアも最悪の事を考えて一度、ホワイトの街へ帰って行った。

 情報を聞く限り、魔物自体はどうやらどこかへ消えて行ってしまったらしい。

 

 その時のフーリアの表情はこの生涯忘れることはないだろう。あの子は若干9歳にして深い絶望を味わってしまった。


 ーー


 時は流れて3年後、悲しい事故が起きた後、すっかいフーリアとは会わなくなった。

 別に嫌われたとか、避けているとかじゃない。

 

 ただ⋯⋯あの子は俺と違い両親を失った。

 ホワイト家にとって跡取りだったフーリアの父を失い、さらに母親も居らず、そして追い打ちをかけるように一人だけになってしまったフーリア。

 

 あの子の家には子供はフーリアだけだった。もうホワイト家の正式な跡取りはフーリアだけ。

 当然そんな両親を失った9歳の子に継ぐことは出来ず、ホワイト家の親戚の家に引き取られていった。

 

 前までバレンタイン家とホワイト家はすぐ近くにあったのに、ホワイト家の分家はフーリアを連れてこの国ルエリアの王都エステリアへ移り住んだ。

 バレンタイン家とホワイト家は両方とも武力によってこの地位を確立した。


 バレンタインは魔法、ホワイトは剣。武力だけなら2大貴族とまで呼ばれているくらい。

 でも噂では王都の方では武力なんて野蛮なもので成り上がったバレンタインとホワイトをあまりよく思っていないと習った。

 

 決して貧乏貴族というわけじゃないんだけど、純粋な貴族、王族にとっては似たような扱いなのかもしれない。

 フーリアが何事もなく育つことを願うしかない。

 それにフーリアのことばかり心配しているわけにはいかない。

 

 なぜならこっちも環境の変化が激しかったからだ。

 母が無くなった2年後に父は再婚相手を連れてきた。父もまた子供が私一人だったからバレンタインの跡取りの候補を増やす義務があったんだろう。

 

 もちろん母が無くなったことを悲しんでいたし、その涙は本物だった。

 だけど同時にあの父には先祖の武人としての血が混じっている。

 戦場へ行けば死を覚悟しなければならない。それは父も母も分かっていた。

 

 だからこそ、悲しみを背負ったまま自分のなすべきことをした。

 それが私を苦しめる結果になるとは知らずに⋯⋯。

 精神的な年齢は20を超えていた私は父が再婚相手を連れてきた時は驚いたけど拒絶はしなかった。

 

 ずっと悲しんでいるだけよりもこうしてまた父に大切な人が出来て良かったと思ったから。

 それにバレンタイン家を継ぐ気がない私にとって跡取り候補は必要だった。そこまでスムーズに気持ちを切り替えて俺は冷たいのだろうかと疑問に感じる。

 

 前世で嫌なことばかり経験して来たんだ、心が少し壊れていてもおかしくない。

 ただそれでも悲しくて辛かった……その感覚は確かにあった。すぐに切り替えられたのももしかしたらその現実から目をそらすためだったのかもしれない。

 

 話が逸れたけど、なぜ私が苦しむことになったのか。

 それには再婚相手が深く関わっていた。

 再婚相手の義理の母は私をよく思っていなかった。

 

 要は嫌っていたんだ。その義理の母もまたこれが再婚だからだ。

 そう、義母にも子供がいたのだ。

 私にとって姉になるこの時、13歳のアーミアと妹になる6歳のルーン。

 

 義母はその二人をバレンタイン家の跡取りにしたいらしい。

 さらに悪いことがあって、義理の姉も妹も私を嫌っていた。

 というかそう義母によってさせられていた。

 

 子供にとって1年の期間でもそういう時期が続けばそれが普通だと感じ始めるのにそう長くない。

 結果本当の母が亡くなった二年後に再婚した義母に1年間肩身の狭い生活を余儀なくされたのだ。


「異世界も簡単じゃないか……」


 部屋で一人そう呟く。

 毎日家には教育のために先生が来ては個別に授業を受けてその日が終わりを繰り返していた。

 父も義母には何故か強く言えず、私の事から目を逸らすようになった。


 フーリアももう居なくてそこから長い孤独の日々が始まる。

 だけど全てが悪いことじゃなくて、ずっと教育を施されたおかげで多少頭が回るようになったし、魔法と剣も上達した。

 

 バレンタイン家は魔法が得意だったけど私は剣の方が好きでそっちも並行して習った。

 本来なら魔法と剣を両立するのは不可能らしい……。


 何でもこの世界の魔法と剣は相対する物で魔導士は剣の力を扱えないし、剣士は魔力を持てない。

 だけど私は最初から両方とも使えた……そう言った存在の事を魔導騎士……という。


 ただ、魔導騎士という存在は特別で世間にバレないように先生と私だけの秘密になっている。

 そんな教育を受けながらさらに数年が経った。

 

――


 この世界に転生してルーク=バレンタインの名を貰って15年が経った。

 身体はすっかり成長した。ただ寝る子は育つとよく言うが私は日々の義母の八つ当たりでよく眠ることができず、せっかく女の身体に転生したのに胸は小さかった。


「Bくらいかぁ……」


 鏡の前に立つと綺麗な顔立ちの少女がそこには居た。

 別にナルシストというわけじゃない。前世の記憶があるせいでこの身体を第三者の視点で見ることができるからこその感想だ。

 

 けしてそういうのではない。

 ただ鏡なんて歯を磨くかトイレ後に手を洗う時しか見なかったからこうしてまさか自分とおなじくらい大きな鏡を部屋に置くとは思わなかった。


 まあそれに関して自分の成長を見るよりは貴族として身なりを整えるために必要だからだけど。

 それにしても……。


「まだ先生は来ないのかな……?」


 いつもなら魔法と剣術を教えてくれる先生が来る予定なんだけど……まだ来ない。

 何かあったのだろうか。

 確か先生はルエリアでも有名らしいから忙しくてもおかしくない。

 

 だけどそれなら事前に言うべきじゃないかな。

 と、そんなことを考えていた時だった。ようやく部屋の扉が開く。

 しかし、それはノックもされずに何の前触れもない。


 先生なら毎回ノックするのに……。

 そしてその扉の先に居たのは……父だった。


「お父様?どうしたんですか?その……珍しいですね」

「あ、あぁルーちゃん。いやもうそんな子供じゃないか」

「そうですね」


 この人はずっと忙しい様子だった。

 新しい母のご機嫌取り、終わらない魔物退治、そのせいもあるんだろうけどやっぱりルークに対しての負い目がこの部屋への足取りを重くしていたんだろう。

 

 だが、今日なんの前触れもなく部屋に入ってきたのは何か用事があったからだろう。

 じゃないとこの人はこの部屋に来ない。

 私はとりあえずこの人の次の言葉を待つ。


「……色々と何もしてやれなくてすまない」

「い、いえお父様はよくやっていますよ」

「そう言ってくれると少しは救われるよ」


 父はゲッソリした顔でそう言った。

 お母様と居た時は忙しくあれどこうではなかった。

 久しぶりにそんな父の顔を見て心が苦しくなる。

 

 だけど何か用事があってこの部屋に来たはず、まずはそれが気になってしまう。


「お父様?何か用があってこの部屋へ?」

「あ、あぁそうだ。用が無いと来れない私を許してくれ」

「はい、分かっています。それで……」

「ふむ、ルー……クよ王都へ行きなさい」


 突然のその言葉に頭が真っ白になる。

 まさか私はまた見捨てられるの?

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