聖夜の奇跡ーThe Detactive KP

KPenguin5 (筆吟🐧)

第1話 記憶

年末の気忙しい街の雰囲気は嫌いじゃない。

みんな忙しい忙しいと余裕なく速足で歩いているけど、でもどこかで誰か大切な人を思って過ごしているような気がして、暖かな気持ちになる。

昼間はみんな年末の忙しない喧騒の中だが、夜はまたキラキラした灯りがシンと冷えた街の空気を暖かなものにする。

そういえば、一年前まではそんなこと思いもしなかった。

こんな気持ちになるのは久しぶりだ。

きっと、紫音に出会ったから、そんな気がする。


一年前、紫音に出会ったのもこんな年末の気忙しい時期だった。

僕と紫音の出会いは少し変わっていた。

もともと僕は、あるIT企業でエンジニアとして働いていた。

エンジニアとは名ばかりなもので、実際はIT界の小間使いだ。世間でもてはやされるようなエンジニアはほんの一部で、あとの大多数は、クライアントの細かなクレームの処理や無茶ぶりに振り回され、どんどん疲弊していく日々。

僕も、ご多分に漏れずまさに日々をやり過ごすので精一杯だった。


その日も深夜までかかってクライアントの無茶ぶりの処理をし、ふらふらで会社を出たところ、あるホームレス風の男とぶつかった。

「あ、すいません。よそ見してて。ごめんなさい。大丈夫ですか。」

ぶつかった拍子に倒れてしまったその男に、謝って助け起こしながら、なんか違和感を感じたんだ。とにかくその男に謝って立ち去ろうとしたら、

「兄ちゃん、ちょっと付き合いな。」

僕は正直、早く帰りたかったし、面倒なことに巻き込まれるのはごめんだし、だから逃げようと思ったんだけど、すごい力で腕を握って離さないから、怖くなって仕方なくついて行ったんだ。隙を見て逃げようと思って。

そしたら、その男は僕にこんなことを話した。


「今、あんたたちがやってる仕事の中で、政府から依頼されてる仕事はないか?…まぁ、そんなこと初めて会ったホームレスなんかにべらべら喋る程、馬鹿じゃねぇよな。でも、その仕事は気をつけろ。いつもより細かい機密保持契約書を書かされるような仕事が来たら、気を付けるんだ。」

「は?何言ってるのかわかんないんだけど。」

守秘義務ってのはエンジニアにとっては絶対で、特に機密保持契約書を書かされる仕事はかなり気を遣う。だが、そんなのは割と日常茶飯事だ。

「もし、何か不審に思うことや、困ったことができたら、ここに連絡してきたらいい。じゃぁな。」

男は僕に一枚の小さな紙を渡して、立ち去って行った。

それはKPという文字と電話番号が書かれてたコースターだった。


その数日後、僕は数名の同僚と会議室に呼ばれた。

そこで、普段ではありえないような秘密保持契約書を書かされた。しかも、このプロジェクトが終わるまでは、家に帰れないし、ここにいる同僚以外との接触も禁止だという。僕は、驚いた。あの男の言っていたことはこの事なのかと思ったが、2.3日で片が付くだろうと思い、そんなに気にも留めなかった。

でも、プロジェクトの内容はそんな甘いものではなかった。しかも、プロジェクトが終わると、そのプロジェクトに関わったメンバーは、体よく解雇されるか、左遷させられた。


僕は、会社を辞め、実家に戻ってきて荷物を整理していた時に、例のコースターを思い出して電話をした。

すると、Bar KINGの場所を指定された。驚いたよ。あの時のホームレス風の男が紫音だったんだ。僕、割と匂いには敏感なんだけど、あのホームレスと出会ったときの違和感、これは匂いだったんだ。紫音は、いつもすごくいいにおいがする。あのホームレスからはかすかだったけど、その紫音のいい匂いのする香水のにおいがしたんだ。

再会した時に、あのホームレスだったってことを言い当てたら、紫音がすごく驚いていた。あの後から、変装するときは僕のにおいチェックを受けるようになったしね。


そして、あのプロジェクトが実は政府と裏社会のつながりを隠すためのセキュリティソフトを作らされてたことを聞いた。

その後、紫音がこの件をどうしたのかは僕は聞いていない。

でも、再会したしばらく後で、政府の要人が指定暴力団とつながっているとの報道があり、逮捕者も少なからず出るような大騒ぎになった。


僕は実家が近いこともあり、紫音の店に酒を納入するようになって、下の階のゲイバー Queenにも紹介してもらい、そこもお得意様となってくれた。

僕が探偵業を手伝うようになったのは、僕のITスキルを紫音がかってくれたからだけど、まぁ、いろいろ言いやすいってのもあるんだろうな。

紫音とは歳も1つしか変わらず、お互い車とバイクが好きという趣味も同じで、仲良くしているからね。


紫音が前の会社に現れたのが、一年前の丁度クリスマスの時期だったんだ。華やかで賑やかな街の雰囲気が眩しくて、自分がとってもちっぽけで寂しい存在なんだと腐っていた時期だった。

紫音に出会ってなければ、僕はきっと今のように平和で、でも少し刺激的な毎日なんてのは送ってないだろうと思う。


「そうだ、迅。お前さぁ、クリスマスはどうするの?」

「どうするって?」

紫音がグラスを拭きながら聞いてきた。

「誰か、一緒に過ごすような恋人とかいるのかなぁと思ってさ。」

「なんだよ急に。そんな人いないよ。クリスマスは配達とかも多いだろうし、店の手伝いだな。」

「そっかぁ。じゃぁ、毎年クリスマスはKINGとQueenの常連さんとクリスマスパーティするから来いよ。決まり!!」

「なんか楽しそうだな。じゃぁ、お邪魔させてもらいますよ。」

「25日だからな。毎年盛り上がるから。プレゼント交換もするんだぞ。だから、一つなんか用意してくれな。」

「はいはい。」


そんなことを二人で話しをしていると、カランカランと入り口のドアが開いた。

「いらっしゃい。お好きなお席にどうぞ。」









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