第7話

「こんなお野菜でいいのかしら?」

「大丈夫ですよ。助かります」

 土曜日の昼間、僕は農家のおばさんの家で、野菜を段ボール箱で受けとっていた。

 そして、姉の軽自動車に積み込む。

 ダイハツのライトブルーの軽自動車。

 リヤシートをたたんで作り出した荷室には、今もらった野菜の他にもお米や卵が積んである。 

「あれ? 時任先生じゃないですか」

「え?」

 背後を振り返ると、同じナビット個別指導学院の中原先生がいた。

「あれ? 何で?」

「何でじゃないですよ。ここ、私の家ですよ」

「え」

「あれ? 二郎って、お家の方と知り合い? 初めまして。お母さんと親しくしていただいている時任と申します。本日は、お母さんからお野菜を分けていただく約束をしていまして」


「時任さん……? え? 時任くんって、いつの間に結婚してたの⁉」

 中原先生が叫んだ。


「え」

「結婚??」

「は?」

「おや?」


「えーっと、姉です!」

 思わず叫んだ。

「え? お姉さん?」


 おばさん、おそらくは中原先生のお母さんと一姫が大笑いを始めた。

 どうやら、姉を僕の奥さんと勘違いしたらしい。

 姓が一緒なだけなのだけど……。


「ごめんなさい。勘違いしてしまって。アルバイトの頃から知ってるのに、いつの間に結婚したんだろうと思ってしまいました」

 恥ずかしそうに言う。

 耳が少し赤くなっている。

「ところで……何でうちに?」

 先ほどの会話はすべて吹き飛んでしまったようだ。

「こども食堂やるんですけど、野菜を寄付いただくことになって」

「え、こども食堂?」

「ええ。ちょっといろいろありまして。明日、公民館借りて」

「時任くん、料理できたんだ……」

「できますよ。味噌汁くらいですけどね」

「ボランティアスタッフって、どのくらいいるんですか?」

「私たち含めて四人くらい。まあ、何とかなるかなっていうか」

「私もお手伝いしましょうか? 明日は、割と暇だし」

「え? 大歓迎。ありがとうございますっ!」


 一姫は一気に前のめり。

 そのまま、時間と場所を説明する。


「わかりました。明日、よろしくお願いしますね」

「こちらこそお願いね。労働の対価は払えませんが、今度弟にご飯奢らせますので」

「お、おい」

「ありがとうございます。楽しみにしてるね時任くん、あ、お二人とも時任ですね。じゃあ、二郎くんだね。よろしくね」

「は、はい。ちゃんとお礼はしますよ。はい」


 ヤバい。

 明日、中原先生が来るのか。

 ちなみに説明しておくと、中原先生は相当に可愛い。年上に可愛いというのも失礼だけど、仕草が本当に可愛いのだ。


 これを理由にお礼ができるというのは、とてつもなくラッキーなのでは。


「さ、行くよー。乗って乗って」

「ああ、わかった。じゃあ、中原先生、また明日」

「うん、楽しみにしてるね」


 僕は助手席に乗り込んだ。

 運転は姉なのかって?

 僕は免許持ってないので、力仕事専門なのだ。


「さあ、あとはお肉だね!」

「肉かあ、唐揚げやるんだよね」

「やっぱ鶏肉安いし、そして子どもたちの二大好物は唐揚げとハンバーグだからねっ!」

「それ、どこ情報なの?」

「給食センターの栄養士さん」

 あ、意外とリアルだ。適当に言ってるわけではないのか。


 ダイハツの軽は、ヨタヨタと走る。

 食材を乗せて。


 国道沿いを一本入ると、大きな倉庫のような建物のある会社の前に着いた。

「ミートショップくらた」という看板が目立つ。

 と、いうことは、あの大きな建物は食肉工場ということだ。


 一人の男性が建物の入り口に立っていた。

「佐々木さーん。こんにちは」

 佐々木と呼ばれた男性はにこやかに笑って、手を振った。

「お待ちしてました。用意してありますよ」

 そう言って、佐々木さんはクーラーボックスを持ち上げた。

「2キロあるので……、十七、八人分かな」

「まあ、そのくらい来れば上等なので。」

 一姫はにこやかに言った。

「そもそも何人来ればいいんてすか?」

「最初は賑やかしですからね。困っている子どもたちのために、とか言っても、まずは人がいて、子どもたちがわいわいしていないといけないので。とは言え、認知されていない状態ですからね。そんなには」

「そうですか。うちの奥さん楽しみにしてたんで。こき使ってやってくださいね」

「いえいえ。頼りにしてますって。給食センターの管理栄養士さんが手伝ってくれるなんて、ホントありがたいです」


 この人も一姫の縁者ということか。どんだけ顔広いんだ。この人は。


 冷凍の肉の塊は、ビニールで真空パックされていた。

 僕はそれを抱えて車に積み込む。


「さて、公民館に食材とか置かしてもらって、近所のポスティングに行こっか」

「了解ー」


 さて、明日は本番。はたして何人来てくれるのか……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る