第2話 4

 ふたりとも寝起きを着の身着のまま連れてこられたのか――みっともなくも寝間着のままですわ。


 格好から察するに、ふたりに王侯貴族としての節度というものはないようですわね。


 そうしてふたりは……門の前に広がる光景――昏倒した騎士が山積みになり、その上でふんぞり返るぬいぐるみという光景に絶句しましたわね。


「な、ななな……」


 常軌を逸した光景に、顔を青くするリカルド殿下。


「……待っていましたよ。どクズ共……」


 ステラは積み上げられた騎士達の山から飛び降り、リカルド殿下の眼の前に降り立ちましたわ。


 護衛の近衛すら反応できない、一瞬の出来事でした。


 水蒸気の尾を引いたステラの拳が、リカルド殿下の腹を捉えました。


 火薬が爆ぜるような音が響いて。


「ぐふぉ――――ッ!?」


 リカルド殿下の苦悶の声。


「リ、リカルドさまあぁぁぁぁぁ――っ!?」


 クレリア嬢が叫んで。


 そして太鼓を叩いたような重い衝撃音が遅れて轟き、リカルド殿下の身体は宙に跳ね上げられておりましたわ。


「きゃああああぁぁぁぁ――――ッ!!」


 クレリア嬢の絶叫が、朝の空に響き渡ります。


 ぐしゃりと湿った音と立てて、リカルド殿下が地面に叩きつけられましたわ。


「――っ!」


 リカルド殿下は腹が裂け、手足があらぬ方にねじ折れていて――誰もがその惨状に息を呑みましたわ。


「おいおい、王子様~? 身体強化すらできないクセに、貴き血とは笑わせますねぇ。

 これで楽になれると思ったら、大間違いですよ?」


 ステラは再び虚空に手を差し入れ、彼女の手に収まるほどの小瓶を取り出しましたわ。


 その中身が、リカルド殿下に振りかけられます。


 わたくし達の見ている前で、ひしゃげたリカルド殿下の身体が逆巻くように再生されていきます。


「――霊薬だと!?」


 アンドリュー様がうめきました。


 それはどんな傷もたちまちに癒やすという、伝説の秘薬ですわ。


「――ガぁッ! ハッ!」


 リカルド殿下が血の塊を吐いて、涙を浮かべながら起き上がりました。


「な、なにをやってる! ここ、こいつを捕らえろ! いや、殺せ! 殺せぇ!」


 周囲の騎士達に怒鳴りつけながら、自身は騎士の背後に逃げ出すリカルド殿下。


 ……本当に情けない。


「……興冷めですね……」


 奇しくもステラも同感だったようですわね。


 彼女は両手を肩の高さにあげて、ゆるゆると首を振りましたわ。


「――なにをしている! オレの命令を聞けよっ!」


 なおも怒鳴り続けるリカルド様。


 騎士達は困ったようにアンドリュー様に視線を向けます。


 それはそうでしょう。騎士達はとうにステラには敵わない事を理解しているのですもの。


「自身で向かってくるなら、いざしらず……

 いいえ、せめてご主人様のように逃げ出すのでも――まあ、させませんが――多少は溜飲が下がったでしょう」


 ステラは騎士の背に隠れるリカルド殿下に、冷めた目を向けながら呟きましたわ。


 それから興味を失くしたように、大きめな頭を巡らせて。


「……アンドリューと言いましたか?

 おまえに決めさせてやりましょう。あのクズをどうしますか?」


「――なっ!? ど、どうする、とは?」


 問われたアンドリュー様もまた、顔を青くして言い淀みます。


「仮にも王族を殴り飛ばしたんだ! 本来は不敬罪で君は極刑だぞ?

 貴重な霊薬を使ってくれたようだから、特別に罪には問わない。

 それで手打ちにしないか?」


 と、まるでそれが名案のように、アンドリュー様は微笑みを浮かべてステラに言い放ちました。


「――アンドリュー様っ!?」


 ここに来て、彼はまるで状況を理解していなかったのですわ!


「あん? てめ、ナメてんのか!?」


 ――ずん、と。


 ステラが踏み降ろした左足によって、石畳が割れ砕けて地面が揺れましたわ。


「てめーらの法なんか、知ったこっちゃねえんですよ!

 あのクズにどうケジメつけさせんのかって話をしてんのに、論点逸らすんじゃねえっ!」


 ああ……怒りの矛先が、ついにアンドリュー様にまで向いたようですわね……


 これはアンドリュー様が悪いわ。


 明らかな上位者を相手に、なおも王族として上からの立場で「許してやろう」なんて告げたのですもの。


 ステラはいつでもわたくし達を潰せるという事実を、まるで理解していなかったのでしょうね。


「だ、だが、国には法が必要だ!」


 ……恐らく彼には、ステラがなにに怒っているのかさえ、わかっていないのかもしれないわね……


「だから、論点を逸らすなつってんだろ!

 てめえのその首の上のは飾りですかっ?

 さすがあのクズの兄ですね! 弟と一緒で言葉が通じない!」


 吐き捨てるように言い放ち、ステラは不意に空を仰ぎ見ましたわ。


「あ~、もう面倒臭くなって来ましたね……」


 その手がゆっくりと掲げられ……


「……詫びとかはもう良いから、壊しちゃいますか」


 そして、振り下ろされます。


 瞬間――わたくしの周囲に七色に輝く結界が張り巡らされましたわ。


 同時に、空の遥か高みから一筋の赤い光条が、王城の尖塔のひとつに走って――砕け飛びました。


 駆け抜けた衝撃波に、結界に守られたわたくし以外の誰もが薙ぎ倒され、吹き飛ばされましたわ。


「なぁ――っ!?」


 それがステラの仕業なのを、この場の全員が理解させられたはずですわ。


 ステラは地面に倒れたリカルド殿下に歩み寄り。


「なあ、どクズ?

 てめえの兄貴も話になんねえから、てめえ自身に訊きましょう。

 ご主人様――リーリア・セイノーツに詫びる気はありますか?」


 その問いに対して――


「リーリアだと? あの平民に、なぜオレが詫びなければならん!?

 オレは……オレは王族だぞっ!?」


 リカルド殿下はなおも反論しましたわ。


 見上げた根性ですが、使いどころを完全に間違えておりますわね……


「リ、リーリアを主人と言ったな! 絶対に赦さん! 貴様もあの女も、生きてることを後悔させてやる!」


 逃げずにそれを言えたなら見直していたのでしょうが、リカルド殿下はステラから後ずさりながら、そうわめき散らかすのです。


「……イキったな、小僧?

 良いでしょう。貴様は生き地獄をご所望のようだ……」


 底冷えするようなステラの声。


 誰もがリカルド殿下の死を覚悟した時――


『――殿下、お下がりをっ!』


 重厚な金属音を響かせて、門の内側から巨大な影が飛び出しましたわ。


 それは手足の短い寸胴な甲冑――兵騎でした。


「――イーゴルかっ!」


 リカルド殿下が歓喜を込めて、それを駆る者の名前を呼ぶ。


 イーゴル・ボルトーク様――リカルド殿下の側近の騎士ですわね。


「――なっ!? ユニバーサル・アームっ!?」


 ここに来て初めてステラが驚きの声をあげます。


『――うおおおおぉぉぉぉ!!』


 イーゴル様は咆哮をあげて、兵騎の拳をステラに振り下ろしましたわ。


 ――衝撃。


 人の背丈ほどもある拳による一撃は、ステラはおろかその周囲の石畳さえも割り砕き、陥没させましたわ。


『――殿下、ご無事ですかっ!?』


 そして、イーゴル様は地面から拳を引き抜き、リカルド殿下にそう声をかけます。


「あ、ああっ! イーゴル、でかした!

 ヤ、ヤツはどうなった!?」


『手応えはありました! ご覧ください! ぺしゃんこですよ!』


「よし、どれ……」


 イーゴル様の言葉に、リカルド様は兵騎が石畳に空けた穴に向かいます。


 アンドリュー様とわたくしも、無言のままに視線を交わし合ってそれに続きましたわ。


 臼鉢状に陥没した地面の底で――ステラは四肢を折り砕かれ、完全に潰されていました。


 魔属特有の生態なのかしら?


 血などは出ておらず、砕けた顔の中には、金属の……時計の中身のような部品が見えましたわ。


「――フン! 王族たるオレに逆らうからこうなるのだっ!」


 めくれてせり上がった石畳を跨いだリカルド殿下は、そう言い放ってステラを蹴り上げる。


 弧を描いて宙を飛んだステラの身体は、金属部品を散らばせながら地面に落ちましたわ。


 リカルド殿下はそれをさらに踏みつけ――


「……リーリアも同じ目に――いや、もっともっとひどい目に合わせてやろう」


 狂気に目を血走らせて告げるのです。


「手足を斬り落として、騎士達に輪姦させるのも良いな。

 殺してくれと嘆くまで、責め続けてやる……」


 その常軌を逸した発想に、わたくしはたまらずアンドリュー様に視線を向けます。


「……父に――陛下に伝えておこう……」


 アンドリュー様もまた、リカルド殿下の危うさを感じたのか、そうわたくしに応えてその場を後にしようと踵を返しましたの。


 わたくしもまたその後に続こうとして――


「……ふふふ……」


 割れたような笑い声が、辺りに響きましたわ。


「――ヒィっ!?」


 それが砕けたステラの頭部から発せられると気づいて、リカルド殿下は悲鳴をあげて彼女から足を退けました。


「――そちらの保有戦力を見誤りましたね。

 こんな原始的な世界で、ユニバーサル・アームを維持できているとは思いませんでした……」


『――当躯体は機密保護の為、爆破処理を行います。友軍各位は周囲から退去してください』


 ステラから、彼女とは異なる声が発せられましたわ。


 爆破という言葉に、全員がステラから逃げ出します。


「……良いでしょう。この場は退いてやります。

 ――だが、覚えておきなさい……」


 そんなわたくし達に、ステラは静かに告げましたわ。


「……この国は終わりです。

 ああ、そうですね。お優しいご主人様の事ですから、無関係な住民を巻き込んだら悲しませてしまいますね。

 希望者は――おまえ達が平民と見下す者は、望むのならばこちらで受け入れましょう」


「こ、こちらとは!? リーリアはどこに居るんですのっ!?」


「――ロザリア、ダメだ! 待つんだ!」


 思わずそちらに駆け出しそうになって、わたくしはアンドリュー様に制止されましたわ。


「この国の南に広がる大森林――そこに、私はご主人様が心安らかに暮らせる地を造ります」


 その地は、この国を追われた人々が放たれる魔境――嘆きの森の事なのでしょう。


「――そして……」


 砕けたステラの手が持ち上がり、リカルド殿下を指しましたわ。


『爆破処理を実行します。友軍各位は退去を――』


 無機質な声が周囲に響く。


「……私はてめーを絶対に赦さない……」


『――爆破を開始します!』


 ドン、と。


 激しい衝撃が駆け抜けて、ステラの身体が火球に包まれましたわ。


 紅蓮の炎は火柱となって立ち昇り、周囲を赤く染め上げる。


 誰もが言葉を失ってそれを見上げる中――


「嘆きの森……」


 ステラは『この場は退く』と言ってましたわ。


 すなわちそれは、これで終わりではないという事。


 恐らく彼女は生きている。


 そして、その場にはリーリアもまた居る事でしょう。


 わたくしはひとつの決意を胸に、その地の名前を呟きましたの。


 そこへ向かえば、あの子に会える……





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが2話となります。


 次回からは再びリーリアに視点を戻し、物語は進展します!


 「面白い」「もっとやれ!」と思って頂けましたら、励みになりますので、フォローや★をお願い致します~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る