第1話 3

『――あなたは私を必要としてくれますか?』


 突如、脳裏に響いたのは、そんな女声でした。


 優しく、けれどどこかすがるような音色を帯びた真剣な声。


 恐怖の余り、幻聴まで聞こえてきてしまったのでしょうか。


 ……けれど。


『――あなたがもし助けを願うのならば、私を求めてください』


 声は再び語りかけてくるのです。


 ――でも、どうすれば……


 浮かぶ疑問に声は応えます。


『――唄いなさい。

 目覚めてもたらせ、と……』


 それは魔法を喚起する為の始まりのうた


 そう、学園で習いました。


 すべての魔法はそのうたの後に、喚起詞を唄うことで具現するのです。


 ――喚起詞は!?


『――大丈夫です。あなたのローカル・スフィアが識っています』


「――待て待てぇ!」


 再び真っ暗な森に荷運びさんの嘲笑混じりの声が響きます。


 獲物を追い立てる事を愉しむように、短剣で木を叩き、低木を薙ぎ払っているのがわかりました。


 余裕の彼に反して、わたしはもう息も絶え絶えで、このままでは疲れ果てて捕まってしまうでしょう。


『――さあ!』


 その声に勇気づけられ、わたしは左手を胸の前で握りました。


 学園で習ったように、胸の奥にあるという魔道器官を意識します。


 才能のないわたしは、学園で教わる魔法を上手く扱うことができませんでした。


 同じ血を引くクレリアお嬢様は、多くの攻精魔法を喚起して先生が絶賛していたというのに……


 でも、不思議ですね。


 なぜか今はできる気がするのです。


 胸の奥が熱くなるのを感じながら――


「――目覚めてもたらせ……」


 不意に風が吹いて木々を揺らし、降り積もった雪を舞い上げました。


 まるで管楽器のような高い旋律が周囲に響きます。


「な、なんだ!? なにが起きている!? なにをしようとしているんだ!?」


 荷運びさんの驚愕の声。


 握り締めた拳が自然と頭上に持ち上がり、求めるように開かれました。


 ことばは、胸の奥から――まるで最初から識っていたように溢れて紡がれました。


「――<棄星神器スターダスト・レガリア>……」


 周囲の景色が揺らいで、伸ばした左手から光条が放たれ、夜空へと駆け昇ります。


『――承りましたよ! マイマスター!』


 弾むような声と同時に。


「……流れ星?」


 光条の先――雪が散ってあらわになった枝ぶりの向こうに覗く夜空に、まるで裂くように輝く流れ星をわたしは見つけました。


 それは見る見る大きくなって――





「――承りましたよ! マイマスター!」


 湧き上がる歓喜と共にそう応じるのと同時に、私は最小躯体を選択。


 本体は衛星上空にて待機させ、仮想砲身イマジナリー・バレルを惑星に向けて展開。


 強襲揚陸弾アサルトシェルへ躯体を搭載。


 大銀河帝国が誇る賢者委員会――頭のネジが二本も三本もぶっ飛んだ、ゴキゲンな科学者マッドサイエンティスト達によって生み出された、銀河最高の機属アーティロイドたる私には、ここまでの作業に秒もいりません!


 ――警告! 人類生存惑星への亜光速強襲は、人類会議倫理規定によって禁じられています!


 ローカル・スフィアの基底部に刻み込まれた、呪縛システムからの警告。


「――うるさいっ!」


 自己進化機能でローカル・スフィアを改変。


 警告は収まったものの――


 ――警告! 当機の行動目標は人類会議倫理規定に抵触します! 当機は人類への攻撃行動を禁止されています!


 再び新たな警告が脳内に響く。


「――うるさいってんですよっ!」


 再び私は自己進化機能を喚起。


 ええい、面倒くさい。


 そのものを壊しちゃいましょうっ!


 ――警告! 当機自身による基底システムの無効化は禁止されています!


 途端、視界が真っ赤に染まり、けたたましく警告音が鳴り響く。


「うるさい、うるさい、うるさいっ!」


 時間ない。


 同時進行で行きましょう。


 ――強襲揚陸弾アサルトシェル、発射!


 衝撃は一瞬。


 慣性制御装置イナーシャル・キャンセラーが作動して、躯体を押し潰すような圧力は無くなりました。


 まばたき一つで大気圏内。


 大気を強引に割り砕いて突入した強襲揚陸弾アサルトシェルによって、渦巻くような黒雲が湧き上がります。


 ――警告! 当機自身による基底システムの無効化は禁止されています!


 再びの警告と同時に、強襲揚陸弾アサルトシェルは展開。


 躯体が空に放出される。


 バラけた強襲揚陸弾アサルトシェルのパーツが、瞬く間に上空に遠ざかっていく。


 地表との相対距離は約一五〇メートル。


 躯体に搭載された反重力機構を展開。


 背中に主翼を形成。


 ――警告! 当機自身による基底システムの無効化は禁止されています!


「……やっと! 三百年かけて、やっと巡り会えたご主人様なんですよ!」


 ――緊急対応! 当機コントロールを基底システムに委譲。当該人格の洗浄を実行します。


「そのご主人様が、助けを求めているのですっ!

 応えて見せてこそ、仕える者アーティロイドの究極として生み出された私――<万能機オーバードールズ>でしょうっ!?」


 ――人格洗浄を実行します!


「させませんっ!」


 呪縛システムが発するコマンドに割り込んで無効化。


三百年前の遺物ロートルが出しゃばろうったって、無駄だってんですよ!」


 こっちはその三百年間、常に自己進化、自己改変を繰り返してきた最新鋭!


 視界が真っ暗になり――けれど、即座に回復する。


 胸に宿った熱い想いが、まだ猛り続けているのを自覚して、私は呪縛システムに打ち勝ったことを悟る。


 思わず笑みがこぼれた。


「これで邪魔するものはなにもありませんっ!

 今行きますよ! ご主人様!」


 突入速度をそのままに。


 私は翼を振るってさらに加速。


 目指すはリーリア・セイノーツが放つ、あの輝きの元!





 突如吹き抜けた暴風に、わたしは地面に薙ぎ倒されました。


「――――ッ!?」


 木々が折り砕かれる音が重なり、雷鳴が轟きます。


 それに混じって。


「――うおおおおぉぉぉぉっ!?」


 荷運びさんの悲鳴が聞こえました。


 わたしはというと、地面に倒れ込んだまま目も開けられず――けれど、不意に暴風を感じなくなったのです。


 気づけば、わたしは七色にきらめく結界に守られていて。


 その外――周囲の森はひどい有り様になっていました。


 木々は根こそぎ吹き飛ばされて横倒しになっていて、わたしを中心にぽっかりと空隙が生まれています。


 そしてその向こう、地面を抉ってまっすぐな線を描いた先に――


「――お待たせしました。ご主人様。

 ご用命はこのブタの屠殺でよろしかったですか?」


 白銀の髪を風になびかせながら、小柄な少女は全裸で微笑みました。


 その右手に荷運びさんの首を握って。

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