幽囚な魔女達は

嘉幸

第1話プロローグ








 僕たちは今日魔女を殺す——。














「さぁ、やろうか」

「うん……わかってる」


 ゆったりとした口調が、僕の背中を小突くようにぶつかった。


 口調とは全く反対のニュアンスを持つ言葉は僕を急かしてくるので少しイライラしたように返事をしてやる。それなのに、随分と嬉しそうな表情をするのでさらにイライラした。


 吸い込んだ空気はからりとしているように感じるが、鼻を通る空気は冷たく少し湿気っている。

こういう時は、朝の新しい匂いだとか、そういったものが鼻をくすぐるのだろうが、残念ながら、匂いはわからない。


 ひゅう、と何処からか庭に入り込んだ乾いた空気が、朝露あさつゆで濡れた草木を揺らす。

 木々が生い茂る煉瓦れんがの壁に囲まれた小さな庭は天井だけがガラス張りになっていて、いくつかに分かれた窓が折り重なって屋根のようになっている。そのいくつかは開いていて、そこから野生の鳥が出入りしては外の空気を運んでくる。


 冷たい空気が充満した庭の床は、手入れされてはおらず雑草が生えて、緑の絨毯じゅうたんを作っている。

 それはそのはずだ。

 僕は自分の家だと言うのにこの庭の存在を知らなかったのだから。手入れがされているはずもない。


 天井から降り注ぐ光が風に揺れる緑をテラテラと輝かせている。


 その中に不自然に整頓された場所が1箇所だけある。そこにはぽつねんと一本の木が鎮座していた。


 細く、小さな体をした木が、今作られたばかりの真新しいフカフカとした土の上にちょこんと腰を下ろしている。


 そのヒョロリとしたえんぴつ一本ほどの太さしかない木の前に僕は立つ。


 息を呑んで、その木を見据えれば、今までのどんな瞬間よりも喉がカラカラとして緊張してくる。


 隣からふふ、と空気が柔く震えた。

 イラっとする。


「……なに」

「大丈夫さ。僕がついているよ」

「…………」


 黙ってジロリと目ん玉を彼に向ければ、とうとう、何が面白いのか「ふは」と笑い声が頭の上から落っこちてきた。

 その声の主は、薄い色の髪を靡なびかせて、小綺麗な顔が至極楽しげに僕を見下ろしていた。


 腹が立つ。

 しかし。

 確かに、彼が隣に居れば荒々しく波を打っていた心臓が静けさを取り戻した。


 そんな些細ささいな事にも腹が立った。腹の立つ人物が隣にいると落ち着くという矛盾した出来事が、一層僕の腹の虫を喚わめかせている。

 むっつりとしながら隣に立った優男に向かって「ん」と手を差し出した。ギロリとした視線も添える。


「うん」


 僕の視線なんかお構いなしに、目を細めて、嬉しそうに彼は僕の差し出した手を取った。


 ひんやりとしたゴムみたいな手が僕の手をきゅっと握り返えしてくる。



 そうだ。


 今日。


 今から。



 ————僕たちは今日。



 魔女を殺す————。

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