第9話〈2〉

「音沙汰なくって心配したのはどっちだと思ってんですか!」

「それは――、ちょっと時期的に冥界の手伝いに駆り出されてて繁忙期なんだよ。ってかとりあえず、ここヤバいから別んとこ移動しよ」


 そう言うと、クロは優里ゆりの手を引いて飛び去った。





 あっという間に東山の山頂公園、将軍塚のある展望台に降り立った。

 この場所は、四条通りの東の延長線上にある標高二百メートルの山頂にある。夜は滅多に人がいないけれど京都市内の夜景が一望できるので、ライトアップの時期は地元民のドライブデートスポットなのだ。


「今年ももうすぐ送り火かぁ〜。花火もいいけど俺的にはやっぱこれがあると夏が終わるって感じやね。このせいで冥界の方でも忙しいのだよ」


 クロはベンチに腰を下ろし、さっき駐車場の自販機で買ったサイダーを優里に手渡した。優里がもやもやしているのをさっぱり気にしていない様子で、ぐびっと飲み干す。


「毎年この時期はどうも憂鬱で気が滅入ってます……霊的なものが多く見え過ぎて霊感が鈍くなるし」

「まぁ〈視える〉人はしゃーないね、この時期は。人間の時、俺もそうだったし」


(そっか、クロさんも〈視えた〉人だったんだ…)


「まだ輪廻転生していない霊たちは、お盆に冥界から里帰りしてるってのは風習として知ってるっしょ、さっきの六道まいりでお迎えしてるんだから。そん時迷っちゃったりする霊をこっちに誘導するのに駆り出されちゃって毎年大変なわけですよ」

「じゃあ霊の皆さんはあの井戸からこっちに?」

「いや。俺たち普段こっち通る使ってるのはさっきのせせっこましい井戸で目立たないようにコソコソ出入りしてるわけだけど、お盆の時期だけは冥界へ行き来できる通路が特別に上空に開くようになってんだって。人間界と冥界の境目は空にもある」

「そんなガバガバ開いちゃったら、冥界にいそうなめっちゃ強い悪霊とかもこっちに来そうで怖い……」

「だから昔から霊的な存在が多いこの街全体の上空には、そういう強いのだけ出入り出来ないような特別な結界が張ってあるんだって上司から聞いたよ。ほら」


 夜景でひときわ目立って光っている京都タワーを指差す。


「てっぺんの避雷針辺りに、タワーが出来た時に冥界の結界師が張ったらしい。対強い霊とか妖用の結界。ただ、一年に一度一時間だけ緩くなる。それが……」

「一時間……あ、送り火が燃えて終わる時間だ」

「ご名答。行きと違って帰りは霊たち皆この時間に一斉に冥界へ帰るもんで、ちょ〜っとラッシュ状態で混雑しちゃうから、ほんの少しだけ緩めて通りやすくしているみたい。あ、これはオフレコね。こんなんが悪霊や妖に知られてこっちに雪崩れ込んで来たら百鬼夜行状態になっちゃうじゃん。まぁとにかくだ。送り火の炎が消えて、煙が登り切ったら空の通路はさっさと閉じちゃうんだけど」

「じゃあ、その隙に結界ってやつも破られたら大変」

「考えたくもないね」


(百鬼夜行とかエモなワード……これオカルト研究部の皆が知ったら、めちゃくちゃ興味深く聞いてくるだろうなぁ)


 しゅるるる、と右から左の空へ微かに音が流れた。

 今夜はペルセウス座流星群が見えます、と昼間テレビの天気予報で聞いたのを思い出した。地上に散りばめられた繁華街のきらめきもいいけれど、ここは良い感じの薄暗さで星を観察するには特等席だ。


「流れ星!」


 夜空を見上げたまま、ふと先日の二人を思い出していた。


「早くも松永さん、まだ転生してなかったら美香子さんに逢いに行っているかもしれないね」

「うん」

「輪廻転生か。私は来世なんて想像した事もないや。現世でも将来不安でいっぱいなのに……」

「……」


 少し間が空く。

 やっぱり余計な事とは分かっていながらも、聞かずにはいられなかった。


「お母さんを殺したって言っていたけど、それは本当? それでクロさんは因果応報ってやつのせいで幽霊のままになっちゃってるの?」

「あー……やっぱ気になってたか」


 クロは少し間を開けて口を開く。


「……俺は、ある事があって結果的に母を殺してしまった。後悔しかなかった。自分の親、尊属殺人なんてもってのほか、問答無用で地獄行きよ。もうどうでもよくなって俺も死のうと思った時、きみみたいに霊力が強かった俺の前に死神だった羽柴さんが現れやがった。何でかわかんないけど、この仕事をするか地獄に落ちるか選ばされたわけさ」


 羽柴がクロを、死神にスカウトした過去があったのか。


「流石に地獄はビビって俺はこの仕事をする事にした。ある程度こなして徳ってやつが溜まったら生き返るか、本来のルートである輪廻転生するか選んでもいいって言われてる。何にどう転生するかわかんないけどさ。でも別に俺は過去の自分に未練なんてないし、人間の頃の名前ももう思い出す気もない。早くお役御免で成仏してぇもんだ。もう前の自分に戻る気はない、と思ってる…」


 闇に溶けてしまいそうな声。


「……」

「なぁ〜にめそめそしちゃって、泣き虫だな?!」


 冷たい指が頬に触れる。

 悲しい顔で曖昧に笑わないでよ。


「だってせっかく……」


(せっかく仲良くなったのに、そんな事言わないで)


「他人事だっつーのになぁ。とりあえず泣きやめ? な?!? 今はまだここにいるじゃん?!」


(私は、クロさんがいなくなったら寂しいよ)


「まぁそんな俺の事よりさ、言わなきゃいけない事が…」

「?」

「……あ、いや、まぁ今はいいや……ごめん」


 気になる会話の終わり方をされてしまって、ますますもやってしまう。

 と、そこに羽柴さんから連絡が入った。

 噂をすればだ。

 携帯電話のスピーカーを押す。


『案件発生。次の契約候補者なんだけど、上杉雪子、とあるんだが――』

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