ダンジョンはチートな武器だった。この武器でぼくは女盗賊の奴隷から成り上がる。

神森倫

第1章 別れと出会い

第1話 ドミニカ

 パリン


 寝ているぼくの耳に、何かが壊れる音が聞こえた。昼、この時間、拠点を襲うものなどいない。


 拠点は2つの大きな岩の狭間、狭い狭間の奥にある。入り口は今は岩で塞いで偽装してあり、奥へ入る通路にはトラップが仕掛けてある。



 ここは採石場の廃墟だ。拠点の前は広い岩盤がむき出しになっている。草は生えていないし、柔らかい土でもないからぼくたちの生活の痕跡は残らない。


 周りは森に戻っていて、森は深い。人は来ない。

 

 お頭が帰ってきたのかもしれない。そう思ったぼくは、起きて点検する。異常は何もない。お頭が帰ってきた気配もない。


 でも何かおかしい。おかしいのは僕自身だ。ぼくの身体が何か変だ。


 確かめると奴隷の首枷の魔法錠が外れていた。首枷は普段は外には見えないで、体内にある魔道具だ。それが外に見えるようになっていて、しかも魔法錠が外れている。


 おそるおそるそれを首から取ってみる。何も起こらない。この首枷の魔道具は高価なものだと思う。お頭が僕を解放した以外でこれが外れるのは、首枷の所有者つまりお頭がいなくなった時だけだ。


「お頭が死んだの?」


 何も考えられない。喜ぶべきことなのか。それともお頭の死を悲しむべきなのかもわからない。ぼうとしながらこの2年半の生活を思い返していた。


 ぼく、ジガリは女盗賊ドミニカの雑用奴隷だ。


 毎朝、ぼくの仕事は水汲みから始まる。川から拠点まで、水を入れた重い甕を担いで往復する。大甕がいっぱいに充ちるまでに4往復しなければならない。片道15分かかるので2時間。


 それが終わると朝飯。その準備もぼく、ジガリの仕事だ。大麦のおかゆに昨夜のお頭のひとり宴会の残り物を加える。


 お頭は毎夜一人で酒盛りをする。僕はそのそばで夕食を食べる。10歳になったら奴隷商に転売される予定なので、お頭は食事はくれるし、無意味な暴力は振るわない。


 朝飯の後、お頭は仕事に出る。歩いて1時間くらい離れた街道の馬車を狙う。護衛の少ない小さな行商がねらい目だ。獲物があるのは月1回くらいだ。そんな時はお頭は帰って来ない。どこかで戦利品をお金に変えているらしい。


 朝飯の片付けが終わると、ぼくは寝る。


「ジガリ、夕方まで寝ていろ」


 夜の見張りはぼくの仕事なので、この時間に寝ておけというお頭の命令だ。夕方3時ころ起きて、薪を集めに森へ入る。乾燥した木の枝はいくらでもある。食べられる木の実や山菜もこの時集めておく。時には薬草も手に入る。ぼくが育った貧しい村ではその知識は生き延びるための命綱だった。


 日が暮れると湯を沸かさなければならない。拠点奥に岩でできた浴室があり、湯船に沸かした湯を充たす。お頭が湯に入るとき、適温になっているようにする。


 夜、お頭が帰ってくる。怖い人だ。だが感情に任せて無意味にぼくを傷つけることはない。いつも無表情で何を考えているのかぼくには分からない。


 お頭はまずクリーンの魔法を自分にかけて、一糸まとわぬ姿になって湯に入る。ちょうど好きな熱さになっているはずである。ぼくは仕事はきっちりするほうだ。30分くらいで声がかかる。


「ジガリ」


 ぼくは浴室に入り、柔らかい布で全裸のお頭の体を拭く。盲目の魔法がかけられていて姿を見ることはできない。


 乾ききらないうちに、肌にいい臭いのする香油を手ですり込む。それもぼくの仕事だ。手のひらだけが、今も生々しくお頭の肌の感触を隅々まで覚えている。お頭の体は柔らかくない。乳房でさえ引き締まっている。戦う女性の筋肉のついた体だ。


 それが終わると、薄布を羽織って、焚火のそばにお頭は座り、酒を飲み始める。


 ぼくはその傍らでつつましく食べ始める。盲目魔法はもう解かれていて、ぼくはお頭の美しさを視線で讃嘆している。服の上から見ることは禁じられていない。むしろ見て讃えるのは無言の命令だ。魅了の魔法をかけられているのだと自覚はしている。


 それでもお頭は美しく、心がかきたてられるような良い香りがする。7歳から2年以上毎夜繰り返される至福の時間だった。僕の中で何か妖しいものが目覚めようとしているのは分かっている。


 その美しい目でぼくを追いやると、お頭の孤独な宴会が始まる。


 ぼくは夜の見張りを始める。拠点から少し離れた場所で自分の気配を消し、周りの気配を探る。目を半分閉じて、最初は呼吸だけを意識する。


 捕まった7歳の時にお頭仕込まれた。もう2年以上やっている。今は呼吸に集中する段階に入るのに30分もかからない。


 お頭は次に心臓の音を聞けと教えてくれた。自分の心臓の音を聞いていると、周りの気配がなぜかわかる。時間が消える。


 鳥のさえずりがうるさくなると朝だ。お頭の眠りも浅くなるので、ここからは何かに襲われても気がつくはずだ。


 ぼくは立ち上がり、水汲みに出る。そんな毎日が続いていた。ぼくはそれが奇妙だとは思わなかったし、この生活が嫌ではなかった。



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新作始めました。『ゴミ漁り奴隷の成り上がるまで』の続編です。


評価いただけると幸いです。


    神森倫



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