作家になった訳

瀬戸はや

第1話 母との会話

2年前 夏休み 


「あと 作文だけだね。」

「作文 ってどう書けばいいの?」

「何でも好きなことを書けばいいのよ。」

「好きな事って?」

「うーん、例えば昨日あったこととか、昨日どんなことがあった?」

「かずはるくんが 床屋に行ったって。」

「だったらそのことを書けばいいんじゃない。」

「うん、わかった。」

伸び始めていた髪をきれいに切り揃えてもらって、かずはる君はさっぱり気持ちよさげにしていた。襟首が剃り上げられて青々と清々しかった。

母に見せると母はとても上手にかけたねと 本当に喜んでくれた。僕は絵を描くよりも作文の方が好きになってしまった。


その人は 突然現れた。いつもの時間に事業所に行くと、若い見たこともない娘が座っていた。綺麗な娘だった。

「今日からうちで働いてくれる糸魚川さんを紹介します。」

彼女は新しく入った人たちの1人だった。新しく入った人は3人いた。彼女は 飛び抜けて若く、以前から働いていた同僚の娘さんだった。

僕は新人たちによく使うルートを教えるように言われた。僕の担当はその人だった。

「糸魚川文子です。 よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしく。」

「一番よく迎えに行くのは、隣町のコロニーだね。」

「コロニー?」

「障害のある子供たちの学校みたいなもんさ。」

僕は指導役なので運転は彼女がすることになっていた。今日のルートはとても美しいルートだった 。公園の中を抜けていくこのルートはまるでただドライブでもしているみたいだった。今日のように気持ちよく美しく晴れ上がった日に彼女のような綺麗な娘とこのルートを走れるのはまるで何かのご褒美のようだった。この仕事にして本当に良かった。僕はいろいろあった求人の中からこの仕事を選んだ自分を褒めてやりたかった。彼女はとても若く綺麗なのに運転しながら僕に色々話をしてくれた。

「私港の近くに住んでいたことがあるんです。」

「函館とか?」

「違う違う旅行とかじゃなくて、昔住んでいた場所です。」

「あーそうなんだ。どこに住んでたの?」

「美浜の近くです。」

「美浜、知多半島の付け根の?」

「そうです。付け根の美浜です。」

「また何でそんなところに住んだの?」

「大学が家から遠くて、学校の近くの美浜に下宿してたんです。」

「でも大学って確か淑徳じゃなかったっけ?」

「2つ目の学校です。」

「大学 2つも行ったの?」

「資格を取るために行ったんです。」

「資格?」

「私やりたいこととかなくて、なんとなく大学通ってるうちに卒業しちゃって。」

「やりたいこととか、はっきり決まってるやつがの方が珍しいよ。俺も学生時代にやりたいこととか特に決まってなかったなァ。」

「そうなんですか。私もずっとそうだったんです。」

「でも資格を取ろうって決めたじゃない。」

「結構 親にうるさく言われちゃってそれで。」

「そうなんだ。」

「自分が何がしたいんだろうって考えて…2人とも教師 なんです。」

「えーお父さんもお母さんも?」

「職場結婚 なんです。」

「へー、そうなの。」

だから 私も教師かなと思って。

私大学のうちに教師になる資格取ってなかったんですよ。

あーだからその資格を取るために?

そうなんです。学生のうちに もっと勉強しとけばよかったなぁ。私学生時代 全然勉強しなかったんですよ。高校生の頃はそれなりに勉強してたんだけどエレベーター式で大学に入ってからは全然、何に向けて勉強したらいいのかわからなくて友達と遊んだり部屋で漫画ばかり読んでました。そんな私を見てて親も心配になったんでしょうね 。私引きこもりだったんです。根暗の引きこもりなんです私。」

「そんな風には見えないけど。」

「そうですか。でも 根暗の引きこもりなんです。」

僕は彼女と一緒に子供たちを迎えに行くのが楽しくてたまらなかった。また一緒に迎えに行くのはいつだろうとスケジュールを何度も見直した。週に2回は一緒に行けるみたいだった。

僕は週に2回来るその日が待ち遠しかった。

僕が勤める事業所は 3階建ての建物だった。1階は 社会人 2階は中高生対象で、彼女は3階で小学生以下の子供たちを見ていた。僕は2階で仕事をしながらも 3階の彼女のことが気になって仕方がなかった。彼女が何かを取りに 2階に来たりするとついそちらばかりを見てしまう。彼女は可愛らしかった そして綺麗だった。彼女は名前も知らない人からあの綺麗なことか あの可愛い子とか呼ばれていた。子供達にもとても人気があった。2階の中高生の中にも彼女のファンは何人もいた。僕もその一人だった。

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