急に逃げなくなったキジトラ


 あまりにも可愛いから、近所の猫好きの友人にNたろうちゃんの宣伝をした。写真を見せて、めちゃくちゃ可愛いのがいるぞ、ゴロンゴロンするぞ、と。


 その友人は歩いて5分のところに住んではいるが、用がないと駐車場の方には来ない。だが、猫の吸引力はダイソンなどの比ではなく、ドラクエウォークをやるついでに、とは言っていたが、Nたろうちゃんに会うためにさっそくやって来たらしい。


 そして会えたというのだが。


「2m以上近付いても逃げなかったよ」


 そう言われて、私はあんぐり口を開けたまま固まった。


 逃げない……だと?


 私の時は逃げるのに?


 友人の前だと逃げないの? なんで?


 またもや謎の敗北感に苛まれながら過ごす日々。カリカリ無しで近付ける友人と、2m以上近付くだけで逃げられる私。


 何が違うのか……。


 納得できない思いを抱えていたある日、同じくNたろうを見たという家族から「もうちょっとで触れそうだったよ」という一言をいただいた。


 なんでぇぇぇ?


 私の、なにが、気にくわないと言うのぉ!


 もう泣いちゃうよ!


 完全にいじけモードの私は、やさぐれた心のままにいつもの駐車場を通りすぎ、その先のゴミ捨て場に差し掛かる。


 うぉっ! なんかいる!


 慌てて飛び退いた暗闇の中にぼうっと浮かび上がるそのシルエット。間違いない、Nたろうちゃんだ。薄暗いゴミ箱の影におすわりしている。


「Nたろうちゃーん」と声を掛けると、相変わらずの可愛い声で答えてくれる。そしてゴロンと横になり、やがて伏せる。その姿が可愛くて、ついデレデレしたまま眺めてしまう。


 けども。


 2m……無いよな、この距離感。どう見ても1m……。それこそ手を伸ばせばもう少しで触れる距離。


 でも逃げない。


 なぜだ?


 Nたろうちゃんの傍らにしゃがみ込み、目を合わせないようにしながら考える。


 そうしていると、またのそりと動き出したNたろうちゃんは気の向くままにどこかへ行ってしまった。


 でも、逃げられたわけじゃない。


 ……しあわせ。

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