人間の活躍

 「ノーメン隊長、後方の魔物達が建物からの音で引き上げはじめました」

 「それは防がねばならん!特にトロールより、上のガーゴイルが厄介だ。2個小隊を裏手に回して喰い止めろ。火力は全て上に向けろ、いけっ」


 ドン・マッジョの私設兵団は、厳しい戦いを強いられていた。

 剛腕のトロール約1000体だけでも手を焼くのに、大魔王の近衛兵ガーゴイル100体が加わり、予想していたよりもはるかに苦戦した戦いを繰り広げていた。

 最も、私設兵団の最大の任務は、建物からガーゴイルを誘き出し、ケンジ達が大魔王を倒すまでの間、やつらを引きつけておく事にあったのだから、任務の半分は達成していた。

 

 私設兵団を率いるノーメンは、数々の困難な任務をこなしてきた凄腕だ。ただ言ってしまえば金で雇われている傭兵とも言える。

 金で動く以上、結果が問われるのは自身が誰よりも理解している。

 魔物の殲滅ではない、ケンジ達が大魔王を倒すまでコイツらを引きつけておけば良い。

 ー故に今回の任務も、必ず成功させる-


 「上に向かって花火を打ち上げるぞ!間隔に注意しろ!いけっー」


 工作部隊が手際よく器材を並べる。

 部隊長が、導火線に火をつける。

 方角を調整し、スポッンっと軽い音を鳴らして火の粉を散らしながら花火が上がる。


 ヒュュュュュュュュュュュ〜〜〜


 ドッバッッッーーーーーン!!!


 一般的な花火とは比較にならないくらい、特大の花火。色も模様も何もないが、特別な軍事用で爆発の規模と音が大きい。

 爆発付近にいた、数体のガーゴイルは気を失い落下する。

 「間髪あけるなーっ、いけーっ!」


 次々に上がる軍事用の花火に魔物達は混乱する。


 「よしっ、作戦を第2展開に移行。かかれーっ」




 「ビアンカ王妃ー」「王妃ーっ」


 アイ王国でも厳しい戦いが繰り広げられていた。


 バルコニーに金色のドラゴンが舞い降りたと思うと、狡さに姿がビアンカ王妃に変わり床に倒れ込んだ。

 首、背中、足からは、じんわり衣装に血の跡が見える。

 「ビアンカ様ーっ」

 ミカデが駆け付け、意識の無いビアンカを、すぐに城の安全な場所へ運んでいった。


 「ミカデ、わたしはすぐに戻ります」

 ベッドに横たわり意識を戻したビアンカが、言った。

 「いけません!こちらで休んでいただきます」

 「いえ、そういう訳には・・・・・・うっ」

 「ビアンカ様のお陰で空からの脅威は無くなりました。今はこちらでお休みください」

 「だから、そういう訳には・・・・・・」

 無理に体を起こそうとするビアンカの肩を少し強引に押し戻す。

 「いけません」

 「・・・・・・」

 「今、医療班が来ます。適切な処置を受けてください。衛兵!」

 ハッ。

 「王妃は大怪我をされている、何事があってもここから出さないように目を光らせておけ」

 ハッ!

 「ビアンカ様、少し強引ですみません。とにかく、今は安静になさってください」

 「ミカデ・・・・・・、まったく」

 「では、わたしは一旦戻ります故」

 ミカデが振り返り足早に部屋を出ようとした時。

 「ミカデ!戦況が傾いたらすぐに伝えなさい。あなたも分かっているでしょう。死力を尽くす戦いだと」

 ミカデは、ビアンカの目を見て頷き部屋を後にした。


 

 ミカデは作戦本部に戻った。

 「ミカデ師団長、王妃の様子は?」

 ポン軍師からさっそく声が掛かる。

 「意識はあります。ただ全身に打撲、裂傷など多数負っていますが、命には別状ないものと。しかし、あの傷では、この後戦場には戻れそうにありません」

 「承知しました。王妃には休んでもらいましょう。それにしても、無理を承知であのサラマンダーの大群を一手に引き受けて下さった事は、戦局に重大な意味をもちます」

 ポン軍師は、目の前に広げた地図に目を落とす。

 「城内に侵入した魔物は?」

 「トレイナー師団長が対応しています。ですが、相手がクロードという十指のひとりで戦いは拮抗しているそうです」

 「外の様子は?」

 「ベガルード隊長、ヤン隊長とも怒涛の勢いで敵陣内を突き進み、掻き乱しています。中央に位置するセイラ氏の魔法援護もあり、敵の進軍は喰い止めているようです」

 「アラン王は?」

 「アラン王は、依然エックスと交戦中です」

 「ポン軍師」

 ミカデが前に出て言った。

 「まずは、城内の憂いを取り去る事。わたしがトレイナーに手を貸し、2人でクロードを倒したいと思います」

 「ミカデ師団長!トレイナー隊長は、音も操る魔法の使い手、クロードとの相性は充分良い、なのでわざわざあなたが行かなくとも勝てる相手です。それより、あなたにやっていただきたい任務があります」

 「任務?」

 「ええ、重要な任務です」

 「・・・・・・」

 「ここから戦場全体を見てください」

 「それは?」

 「魔物の勢力は、7万を超えると聞いています。しかし、どうでしょう。いまここで戦っている魔物の数は、多く見積もっても5万そこそこというところでしょう」

 「それでは、敵はまだ余力を残していると?」

 「うーん。残すというより、まだ追いついていないと言った方が正しいでしょう」

 「・・・・・・!そういうことか」

 「ええ、お察しの通り大型で最も手を焼く危険な魔物はこれからここに到着します」

 「つまりわたしの任務とはそいつらとの戦いに備えよという事ですね」

 「うむ、半分はずれで、半分あたりです。ミカデ師団長率いる第2師団はもちろんですが、鍵になるのが左翼と右翼後方に控える、茶月教と盗賊団ゼロの活躍です」

 「今現在は、ほとんど消耗していない。茶月教、ゼロ共に5000兵づつはいますね」

 「そう、第2師団の5000名が加われば、新敵にも充分対応できるはずです。ただ、問題はゼロの一団の士気にあります」

 「・・・・・・士気、ですか」

 「頭のイ・キュウは、おそらく今回の参戦でアラン王と有益な密約を結んだはずです。なのである程度の成果を上げて見せないと示しがつかない事から、必ず戦果を上げる働きをしてくれると思います。ただイ・キュウについて来た盗賊達が死力を尽くして戦うとまでは考えられません」

 「まあ、たしかに・・・・・・、敵前逃亡という事もあり得る」

 「そう、そこでミカデ隊長にやってもらいたいというのが、この任務です」

 「この任務?」

 「しばしお耳を拝借」

 ミカデは少し屈み、ポンの口元に耳を近づける。

 「ええ・・・・・・はい、はい。・・・・・・うっ、ええ」

 ミカデの顔が曇る。

 「・・・・・・という訳です。いいですね?」

 「ええ、まあ」

 「上手くいけば、いや、必ず成功させてください。ただの野党を勇猛果敢な戦士に変える大変重要な任務です。さあ、衣装は用意しています。奥の部屋へどうぞ」

 「はあ・・・・・・」

 ミカデは足取り重くひとり奥の部屋へ入って行った。



 

 「ベガルード隊長ーッ!」

 ベガルードは、手綱を引いた。

 「なんだー?」

 「少々入り過ぎではないでしょうか、後ろがついて来ません!」

 ベガルードは速度を落として後方に目を向ける。

 「うむぅ。よしっここで一旦陣をひく、旗を立て、鐘を鳴らせーっ」

 大群の魔物が蠢く渦中に、鐘の音を頼りに兵士がチョロリ、チョロリと集まって円を描くようにまるい陣形を整えていった。

 「水をもてー、馬にも給水を、折れた槍は捨てて剣に持ち替えよ」

 円は次第に広がり、中心に兵が集まってくる。

 「思ったほどではないな!魔法や飛び道具に気をつければいけるぞ」

 「ああ、俺なんか5体はやったぞ」

 次の作戦に備え準備を進めながら兵士たちは自分の戦果を口にする。

 「誰かっ!戦況を報告しろ」

 円の中心に構えて座るベガルードが声を上げる。

 「ハッ、第1、第4師団の突撃が功を奏して敵の進軍は抑えられ、セイラ様のいる一次防衛線で喰い止めています。我が部隊の被害は軽微、敵の1割強を撃破した状況です」

 「よしっ、次は狩りまくるぞ。2分後に六頭龍の型だ!中隊、小隊長が頭を張れ、徹底的に狩っていくぞ」

 オッオオオオォォォォォーーーッ!

 ベガルードを中心に広がった円形の陣には約1000名の兵が集まっていた。

 綺麗に丸まった陣形が、少しづつ変化し、角ができ、六角形に変容していった。

 角にはベガルードをはじめとする、中隊長、小隊長が就き、襲いかかる魔物を軽くいなしていた。

 ベガルードは、大きく息を吸い込んだ。

 「いけーーーーーーーーっ!!」

 六角形の六つの角が龍の頭となり、魔物蠢く敵陣の中を蛇行を繰り返し進み始めた。

 六方散り散りに進む龍は、前方、側面にいる魔物を噛み殺すが如く確実に仕留め進む。龍が進んだ後には死屍累々、多くの魔物の死骸と激戦に付いていけなかった人間の死体とが合わさり轍のように続いた。

 第1師団を率いるヤン・カナイも同様に敵陣中央から確実に殲滅していく作戦に切り替えて、魔物の頭数を削り落としていた。



 「我慢強い王様だねぇ、お前は」

 「・・・・・・一国を背負うとはそういう事だ」

 「言ってる意味が理解出来ねぇ。・・・・・・飛び掛かってくれば、その首へし折ってやれたのにな」

 「・・・・・・」

 アラン王とエックスは、しばし距離をとって対峙した。

 もうお互い間合いは承知している。

 「王よ、一旦この辺で引き上げてやるよ」

 「なに?」

 「周りの状況も良くなさそうだしな」

 「ほう、貴様にも周りを気にする配慮が備わっていたんだな」

 「調子にのるなよ。俺たちはずっと走ってここまで来たんだ。魔物だって疲れることだってあるんだよ」

 「・・・・・・」

 「いいか、今は一旦は引くが数時間後貴様らは地獄をみる、嘘じゃない。この後には他の幹部や大型で凶暴な奴らがくるんだ。わかるか?」

 「・・・・・・戦いは始まったんだ。決着をつけねばなるまい」

 「そういや、息子はどうした?あいつの姿が見えねぇな」

 「・・・・・・ちゃんとやってるさ」

 「ケッ、はじめて笑って見せたな。ケンジって言ったか。大魔王のじじいも何だか言ってたな。この前ちょっとやり合ったが、妙な戦い方で仕留め損ねたが、まあ、お前をやってから次はケンジだ」

 エックスは、上を向いて大きな指笛を吹いた。

 甲高い耳をつく音が響き渡る。

 

 音が届くと、血走った目をした魔物達から力が抜け一歩引いて、背中を向けて踵を返してのそのそと歩き出した。


 一瞬何が起きたかわからない兵士達は、しばらく武器を持つ手の力を緩めず様子を伺っていたが、引いていく魔物の背中を見続けているうちに、歓声があがり、まるで戦いに勝ったように喜ぶ者も出てきた。


 前線で戦っていたベガルード、ヤン・カナイ、セイラは違和感を感じ、緊張の紐は緩める事はしなかったが周りの兵士達の喜びようを止める事は出来なかった。

 城内で戦っていたトレイナーは、クロードとの戦いを優位に進めていただけに、なんとか仕留めてしまいたかったが、捨て台詞を吐いて地下に潜るクロードを討ち取る事はできなかった。

 去っていく魔物の背中を見て1番危機感を募らせたのは、ポン軍師だった。

 ポン軍師は、直ちに幹部を招集、全兵に向け、油断せず気を引き締めるよう伝えた。

 魔物が去るその先に、まだ見ぬ凶悪な敵の影がポン軍師にははっきりと見えていた。


 アラン王は、背中を向けて歩いていくエックスを見ていた。

 「ネオバーンがケンジのことを・・・・・・」

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