王都開戦

 ドン・マッジョの屋敷の前には鎧を纏った大勢の兵士が並んで待機していた。

 ケンジ達4人もその先頭に立っていた。

 ドン・マッジョが近づいてきた。

 後ろに、執事のエイともうひとり男の姿もある。

 「そろそろです。準備はいいですね?」

 4人の顔を順番に見て言った。

 「大丈夫よ。いけるわ」

 タージは静かに応えた。

 「・・・・・・」

 ケンジ、ショウ、イヂチの3人は、小さく頷いた。

 「紹介が遅れましたが、今回軍を指揮する、ノーメン隊長です」

 ドン・マッジョの後ろからずいっと大柄な男が前に出る。

 「ボスより、作戦については詳しく聞いている。現地で具体的に話すが、我々の使命はあなた達の戦いに邪魔が入らないようにする事だ。全兵、使命を全うするために動く」

 見た目から腕がたつのはわかるが、ボサボサの髪や目の下の大きなクマなどどこか悲壮感が漂う。

 ヒューゥ。タージが口を鳴らす。

 「ぶっきらぼうだが頼りになる男です。現地でもきちんと仕事はするでしょう。それではみなさん健闘を祈ります」


 イヂチによって兵士の転送が始まった。

 第一陣には、ショウとタージも加わった。

 ケンジは、ドン・マッジョと並んでその様子を見ていた。

 「勝てないと思った時は、魔法でここへ帰ってきてください」

 「あのー・・・・・・」

 ケンジはフッと思った事を口にしてみた。

 「ドンが保管しているスーパーファミコンですが、ソフトの手前に付いているボタンを押すとカセットが抜けます。万が一の時は一度そのカセットを抜いてみてもらえますか?」

 「・・・・・・!何か変わりますかね。心当たりでも?」

 「いえ、昨日あなたと話をしているうちに色々な疑問や不透明な事がなんとなくクリアになって行った気がするんです」

 「・・・・・・それで?」

 「元の世界と、この世界は、僕がやっていたドラクエ5のゲームを介して深く関わっている気がするんです。だから、起動していないスーパーファミコンでも、カセットを抜けば何かが変わるかなって思っただけです。まあ、僕たちが大魔王をやっつけられればそれが一番いいことなんでしょうけど」

 「うーん。そうですか、王子がそう思うのならきっとそういう可能性も十分にあるのでしょう。私には信じがたい事ですが・・・・・・。この世界が消滅してしまうなんて事ありませんよね?」

 ケンジは首を傾けて見せた。

 「万が一の時にですから、出来ればそんな事にならないように全力で戦いますよ」

 「ええ、お願いします。この世界の平和のために」

 ケンジは大きく頷くと、走ってイヂチの方へ向かった。



 ハァーーー。

 イヂチは大きなため息を吐くと地面に座り込んだ。

 「大丈夫ですか?」

 ケンジが声を掛けても軽く頷くばかりだ。

 「さすがにこれだけの人間を運ぶんだもの、疲れるわよ。今のうちに少し休んでて」

 1000名を超える兵士とケンジ達4人は、冥界門から少し離れた森の中に姿を隠した。

 先日、ゼットの仕業でこの辺りの森はすっかり姿を変えてしまっていたが、作戦に支障はないだろう。

 

 タージは1人で冥界門まで様子を見に行った。

 

 「・・・・・・なんて静かなの」

 つい数日前には、大魔王の城から聞こえた、魔物達の大騒ぎはピタッと止んでいた。

 タージの耳をもってしても、聴き取れるのは大型の魔物の息遣いや、獣の低く響かす喉のグルルルルという音だけだった。

 「なんだか不気味ね」

 そう言い残し、森の中へ向かおうとした時。


 「■◆※ヾ〓‼︎◯Å!!!」

 

 言葉として理解できないくらい怒鳴り声が耳に飛び込んできた。


 ドッ・ドッ・ドッ・ドッ・ドッ・・・・・・

 等間隔に全身を覆い被さるような重い打楽器特有の低音が響き渡る。

 「嘘っ!始まったわ」

 タージが走って戻ると。

 カタカタカタカタカタカタ。

 周りの小石が静かに揺れ始め、次第に揺れが大きくなり体で感じ取れる大きさになった。

 「ノーメン隊長」

 ショウが隊長を呼んだ。

 「全兵に動かないように伝えて。大魔王が通るまではじっとしているのよ。恐怖に駆られたり、怒りで気持ちを昂らせるのもよくない。難しいけど気配を消すのよ。ここで見つかったら終わりよ」

 「承知した。すぐに伝える」


 風を切り裂く音が上空から聞こえてくる。

 空の怪物、サラマンダーの大群が先頭をきってアイ王国目掛けて飛んでいく。

 その先頭、一番大きなサラマンダーの背に立ち、腕組みをして前を睨む魔物、間違えない。エックスだ。

 

 あっという間に頭上を飛び去り空の彼方へ姿を消した。

 ケンジとショウは、自然と目が合う。

 大丈夫。父上と母上がいれば・・・・・・。


 大地の振動が大きくなる。息を潜める兵士たちは、ドン・マッジョの誇る一団だけあって動揺した様子はない。

 魔物の本隊が目視出来る距離に近づいてきた。

 座り込んでいたイヂチも立ち上がり、タージに並んでじっとその様子に目を向ける。

 本隊の先頭には、明らかに他の魔物たちとは異なる雰囲気の魔物が数体。こいつらが魔帝十指だろう。

 タージは拳を握り力を込める。

 その様子に気付いたイヂチがスッと手を出して拳に添える。

 「ああ、わかってるよ」

 タージは、長く息を吐き出して拳を解いた。


 果たして、魔物の本隊が目の前の冥界門を通るのにどれくらいの時間が掛かるのだろう。

 7万体と聞いていたが、目の当たりにするとそれはとんでもない数で、いくら人間が束になったところでこの勢いを止める事なんて不可能じゃないかと思わせる。

 途切れる事のない魔物の群れを前にケンジの不安は募るばかりだ。


 ドッドッドッドッドッドッ・・・・・・。


 耳障りな魔物達の鳴声や、大きく揺れる地面の上に身を置く事に耐えられなくなった兵士は、前屈みに体を疼くめる。一種の拷問のような時間だ。


 ------


 ようやく、それも終わりが見えた。


 本隊の最後尾が冥界門を過ぎたのを確認するためタージが、素早く門の柱まで走り周囲を確認した。

 「あっ・・・・・・」

 思わず声が出てしまったのは、大魔王の城からこちらへ向かってくる巨大な何かが目に飛び込んできたからだ。

 

 城?山?地を這うそれは、規格外の大きさで人間に作る事はまず不可能だろう。

 不吉を形にしたような異様な出立ちだ。


 タージは急いで戻った。

 体が小刻みに震えている。武者震いか・・・・・・。


 「来たよ!!みんな」

 ショウ、イヂチ、そしてケンジは立ち上がる。

 タージは少し安心した。誰も怖気付いた目はしていない。腹を括った闘志の宿る目だ。

 「ほら、あんた達もシャキッとしな!もうすぐ決戦だよ」

 「もっ、問題はない・・・・・・、わっ我々は常に鍛えているから・・・・・・うっ」

 なんとか取り繕うとするノーメン隊長も具合は良くなさそう。

 「ふぅー、ったく。そんなんじゃ私の船になんか絶対乗れないわよ。困ったわねー」

 「・・・・・・」

 イヂチがタージの肩を叩いてつぶやいた。

 「えっ、分かったわ」

 タージとイヂチは、ノーメン隊長の横を通り過ぎて兵士達が集まる中心へ歩いて向かった。

 「ほら、みんなこの周りに集まって、ほら、もっとギュッとね。隊長ー、あなたもよ」

 具合が悪い兵が多いのかゆっくりタージとイヂチを囲むようにノソノソと集まってきた。

 「まったくー・・・・・・。イヂチこれでいいわね」

 イヂチは手で印を結び、口動かした。


 ポッと、イヂチの手元を中心に、明るい光の粒が生まれる。

 たくさん集まると密度が濃くなっていき、明るさの峠を越して濁り始めた。

 イヂチは、両手をバサって上へ挙げた。

 光の粒が一気に飛び散ったと思うと、兵士ひとりひとりの体の中へスゥーと入って消えてしまった。

 「・・・・・・」

 「あー、皆さんこれは特効薬だそうです」

 不思議と蹲っていた兵士達が、次々に立ち上がった。表情に血の気が生まれ、ケロッとした顔で全身を点検している者が多い。

 「ねぇ、イヂチ。あんたさっきから無理しすぎじゃない?もうすぐあたし達も本番なんだからね」

 「・・・・・・」

 「ケッ、それであたし達がやられちゃったら意味ないじゃない」


 ウォッホン。

 大きな咳払いが聞こえたので、振り向くとノーメン隊長が背筋を伸ばして歩いている。

 「直前だが、作戦の概要をお話しする」

 先程までとは声の張りも変わり、顔つきもスッキリしていた。



 一方その頃、アイ王国では、城から東へ2キロ程の平野に約10万の兵士を展開させ魔物の大群を迎え討つべく陣を張っていた。

 その先頭には、アラン王を筆頭にアイ王国が誇る師団長。ベガルード、ヤン・カナイの2名。茶月教のシン。魔道士セイラ。大盗賊イ・キュウの合計6名が集まっていた。

 城を守るのは、1万を超える兵とビアンカ王妃をはじめ、師団長のミカデ、トレイナー。今回迎撃作戦の指揮を任されたポン軍師だ。

 この配置は全てポン軍師の意向で決まった。


 アラン王から作戦の最終確認が伝えられそれぞれが持ち場へ戻って行った。

 「アラン王、いよいよですな」

 ベガルードが馬を引いて歩いて戻って来た。

 「・・・・・・うむ」

 アラン王は、遠く東の空を見つめたまま答えた。

 「茶月のシンや、セイラは頼もしい限りですよ」

 「・・・・・・」

 「王、問題は奴らです。イ・キュウをはじめとするゼロの奴ら、我が国の兵だけでなく援軍に駆けつけてくれた各国の兵達まで不安を感じております」

 「言うな、ベガルード。彼らもまたこの国を魔物から守るため命を賭けて戦ってくれる同士。不安に感じている兵がいるなら、お前が落ち着かせるのだ」

 ベガルードは、小さく首を振った。

 「・・・・・・分かりました。しかし・・・・・・、いや、なんでもありません」

 アラン王は、ベガルードに顔を向ける。

 「苦労をかけるな」

 「・・・・・・アラン王程ではありません」

 ベガルードは、自分の持ち場に戻って行った。


 「王は何と?」

 ベガルードは途中で第1師団師団長のヤン・カナイに声を掛けられた。

 「ヤンよ。苦労をかけるな」

 そう言ってベガルードは、ヤンの肩に手を置いて少し笑って見せた。



 「王妃は、城の中へ」

 ミカデは城の最上階で、遠く東の空を見つめるビアンカに声を掛けた。

 「ポン軍師の言う通り配置は完了した?」

 「はい、配置は完了しています」

 「・・・・・・ミカデ」

 「はい」

 「あなたは頭も良くキレるし決断力も備わっている。急に連れてきた、軍師の命令にも素直に従っている。苦労をかけますね」

 「・・・・・・そんな事はありません」

 ビアンカはミカデの方に顔を向ける。

 「ありがとう」

 「・・・・・・王妃」

 「今回はわたしも命を賭けて戦います。もう少しここにいるから、あなたは先にみんなの所へ行ってなさい」

 ミカデは、しばらくビアンカと目を合わせてじっとしていたが、分かりました、と一礼し下がっていった。



 「・・・・・・来たな」

 アラン王はつぶやいた。

 馬に跨り自軍の方へ駆け、皆の前でこう檄を飛ばした。

 「よいか皆の者!我々はこれから魔物との一大決戦をむかえる。これは、アイ王国だけの問題ではない!全ての人間の未来のための戦いだ!その一撃が子供を救い、一撃がその子供も救うのだ!恐るな!未来のために」


 オッッオッオオオオオォォォォォーーッ!!!


 大陸全土に響き渡るような大声で全兵が王の檄に応えた。


 「上空ーーッ!サラマンダーの一団が来ます!」


 「魔法隊、フバーハで幕を張れーッ」

 「固まるな散開しろー、弓隊は前へ敵に目掛けて放てーーーッ」


 上空から、無数の火球が城や平野部に展開する兵士目掛けて凄まじい勢いで襲い掛かる。


 バリバリバリバリッ!

 魔法隊の張った保護魔法の網に掛かり破裂音と共に、そのほとんどが消滅するが、中には勢いが殺せず、そのまま突破してくるものもいる。


 ズゴーーーーン!

 城の一部や、城壁、兵を巻き込み着弾。爆発する。


 「王妃ーっ」

 ミカデが急いで最上階の扉を開けると、そこには、巨大な金色のドラゴンが今まさに飛び立とうと翼を広げているところだった。

 ドラゴンは、佇むミカデに目を向けるとゆっくり翼を羽ばたかせ、そのままサラマンダー蠢く空へ向かって飛んで行ってしまった。



 アラン王は、前線で自ら指揮を執る。

 上空から降り注ぐ火球を防ぎ、弓や魔法で反撃をする。ポンの指示通り、水魔法がサラマンダーには効果が高い。魔法部隊が一斉に放てば一度に複数のサラマンダーを撃ち落とせる。

 「よしっ!次の反撃に備えよ」

 アラン王の指示が飛ぶ。


 バゴーーーーーンッ!!


 アラン王の目の前に空から何かが落ちて来た。

 「アラン王よ!早速だが、貴様の首はいただくぞ」

 釣り上がった赤い目をアラン王に向けるそいつはエックス、間違えない。

 口元は不適に笑っているようにも見える。10万を超える敵陣にただ1体で向かってくる様は異様である。


 「王ーっ!ヤン!こっちだー」

 ベガルードがそう叫びながら、馬で駆けてくる。

 ヤン・カナイも馬を器用に操りすぐに駆けつけた。

 「王は、下がっていてください。ここは我らが」

 「愛弟子ガン・オードリーの仇だ。貴様、覚悟しろ」

 ベガルードとヤン・カナイが、間に割って入る。

 「この前の奴の仲間か?少しは期待していいのかー」

 エックスが余計に笑ったような顔つきになる。


 「2人とも退くんだ・・・・・・」

 アラン王が馬から下りて、脇に差した剣を抜きながら歩を進める。

 「王、しかし・・・・・・」

 「私がご指名なんだ。お相手いたそうじゃないか」

 輝く剣の剣先をエックスに向けてアラン王が構えをとった。

 「ケッケッケッ。威勢がいいな、さすがは一国の王だ」

 エックスも腰を落として構えた。


 「ベガルード、ヤン。少々戦いに専念する。その間、お前達が指示を飛ばせ!よいな」


 「王ーーッ」

 2人が同時に叫ぶと、アラン王が目にも止まらぬ速さでエックスに突きを繰り出した。

 

 ツゥゥゥゥゥーーー。

 と、エックスのこめかみから濃い緑色の血が流れた。

 「ゼットは、どうした?先鋒はお前とゼットじゃなかったのか?」

 エックスの顔から不適な笑みが消えた。

 「・・・・・・っ、てめぇ」

 エックスの拳が、アラン王に向かって打ち込まれる。

 - 漣(さざなみ) -

 アラン王の胸にヒットする瞬間、王の体が透けて拳は空をきった。

 どういうカラクリがあるのか。王は半歩横に移動している。

 エックスは激しい足蹴りを放つも、同じように王の体は透けて空振りさせられてしまう。

 「ゼットはどうした?」

 「あ゛ぁーーー、なんだおめぇは?」

 !!!

 瞬時にエックスが体をのけ反る。

 今度は首の付け根から血が浮く。

 「チッ、簡単にはやれないか・・・・・・」

 「なんなんだよー。殺り辛ぇなぁ」


 「金色のドラゴンが次々にサラマンダーを仕留めています」

 兵の報告に、ポン軍師も手を叩く。

 「あのドラゴンは、王妃です」

 戻って来たミカデが言った。

 「なるほど、分かりました。これで大分敵の攻撃を抑えられる。そろそろ第二、第三波の敵が来ます。兵の半数を次の準備に充ててください」

 

 ポン軍師言った通り、低空を飛ぶ魔物、地の底を這う魔物が次々と襲いかかってきた。

 混乱しそうな戦場へ、ポン軍師の指示が飛び交い、陣形を保ち敵の攻撃を最小限に食い止める事に成功した。

 「アラン王は?」

 「依然エッスクと交戦中です」

 「うむぅ。あと1時間も掛からずに敵本隊が到着する。茶月教、ゼロの一団も前進させるんです」


 この後戦いは血みどろの本番を迎える・・・・・・。

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