重なる4人の顔

 タージとイヂチの戦闘は熾烈を極めた。

 タージの重い攻撃に、イヂチは手数で応えた。

 腹を抉るような重いパンチは、土を厚く全身に纏ったイヂチでも大きなダメージを与えた。

 タージの隙を付くイヂチの素早い乱打はタージの体にダメージを蓄積し、軽い傷は次第に広がり出血の量が増していく。

 興味本位で集まった人々は、はじめは歓声を上げていたが、次第に眉をしかめ、悲鳴をあげる人も出てきた。


 「はぁー、くっ。随分その鎧も薄くなってきたんじゃないの」

 「ハァハァ・・・・・・、・・・・・・」

 「あ゛ぁ〜?ふざけんじゃないわよ。次で決めるわ」


 イヂチは、体に纏った土の鎧を解いた。

 両手でロッドを持って小さく唇を動かす。

 タージは、今までで1番低く腰を落として右拳にありったけの力を込めた。

 イヂチの前に巨大な円錐型の土の塊が形を成していく。

 終盤。この一撃に賭ける。

 闘いの中でお互いを認めたからこその全力のぶつかり合い。

 視線の先は、闘志溢れる互いの目玉。


 ミシッ、ミシミシッ・・・・・・。

 張り詰めた空気に、周りにある物質が反応する。


 ドサッ。

 静寂の中、周りにいたオーディエンスの1人が持っていた荷物を地面に落とした。

 タージは、目をカッと開き右拳を振りかぶり地面を蹴った。

 イヂチは、詠唱続け鋭く尖った円錐型の土の塊を回転させ向かってくるタージ目掛けて一直線に飛ばした。


 渾身の一撃が今一度ぶつかり合うその刹那・・・・・・。

 バリバリバリバリバリッ!!!

 空間を切り裂く勢いの落雷がちょうどふたりの間に落っこちた。

 一体!?

 急な事でタージもイヂチも力を解いてしまった。

 「ちょっとそこまでー」

 ひとりの青年が駆け寄ってきた。


 「すみません、両者とも一旦落ち着いて」

 もうひとり、スタスタと歩いて来る者もいた。

 「まったく、街中でよくこれだけ大暴れ出来るわね。まあ、お陰ですぐにわかったから良いけど・・・・・・ねぇ、ケンジ」

 「なに?どきなよ。邪魔するの?」

 タージが厳しい目を向ける。

 「あのねぇ。邪魔扱いされるのはどっちよ。勝手に人の建物壊したり、壁に穴開けたり。あなた達の方がよっぽど迷惑だわ」

 「・・・・・・」

 タージもイヂチも周りを見て言葉に詰まる。

 「あっ、いや、妹がすみません」

 「なんで、あんたが謝るのよー。私たち・・・・・・、私は何も間違った事言ってないわよね」

 「・・・・・・」

 「とっ、とにかくお互い一旦落ち着いてください。話はそれからです」



 タージ、イヂチ、マケロニ、それからケンジとショウ、カロイの合計6人は先ほどいた食堂に戻ってきた。

 闘いの邪魔をされ納得のいかないタージとイヂチだったが、ケンジとショウの話を聞き少しづつ冷静さを取り戻してきた。

 「ちょっとまって、じゃああんた達がアイ王国の王子と王女なの?」

 「そうよ、そう言ってるじゃない」

 「・・・・・・」

 イヂチも何か言っているようだがタージ以外は聞き取れない。

 「わたし、あなた達に用があったのよ!ちょうど良かったわ!」

 大袈裟に笑うタージに、マケロニが場を取り繕う。

 「っと、その前にあんたよ、イヂチ。あんたをドン・マッジョの所へ連れて行かなくてはならないの、もういいでしょ。大人しく着いてきなさい」

 「・・・・・・」

 「あんたを連れて行けば何かとんでもない情報がもらえるの。早ければ早いほど価値のある情報だそうよ。もしかしたらあんたにも有益な事かもしれない。どう?行ってくれる?」

 「・・・・・・」

 

 

 サンポーレル

 ドン・マッジョの根城。

 ドン・マッジョを前にタージ、イヂチ、ケンジ、ショウがソファに腰を下ろし、その後ろにマケロニと、カロイが立っていた。

 「さあ、約束通り賢者様を連れてきたわよ」

 ドン・マッジョは、溢れる笑顔で目の前に並んで座る若者達を眺めている。

 「・・・・・・」

 イヂチは固く結んだ口を動かさずただ前を見ている。

 「なによ、こいつ・・・・・・」

 小声でショウがケンジを小突いて言う。

 「素晴らしい・・・・・・」

 ドン・マッジョがボソッと呟く。

 「タージさん、素晴らしい。賢者イヂチだけではなく、ケンジ王子とショウ王女まで。申し分ありません。満足です。大満足です」

 ドン・マッジョの表情は明るい。対照的に向かいに座る面々の表情はシビアだ。

 「で、約束のふたつ目の話。教えてくれるんでしょうね」

 「えっ、ああ、もちろんです。十分です。こんなに揃えていただけるなんて好都合。あまり神だとか運だとか、そういうのは信じないんですが、今日は心が揺らぎそうだ」

 「何言ってるのよ、こいつ」

 いい加減イライラしてきたショウが遠慮なしに口に出した。

 「あっ、ショウ。なんて事を・・・・・・」

 ケンジ、カロイはタジタジしてしまう。

 ショウの言葉が耳に入っても、なんのその。ドン・マッジョの満足げな表情は変わらない。

 しばらくして、咳払いをひとつして、ようやく踵を正した。

 「ああ、それではもう一つの話を始めましょう」

 マッジョは席の後ろから大きな地図を出して、全員の前に広げた。

 「実は、私の掴んだ情報によると、まもなくアイ王国に魔物の大群が攻撃を仕掛けます」

 「なっ、なんと・・・・・・」

 後ろに立つカロイが大きな声を上げる。

 「カロイ、お父さまも言っていたわ。そんなに驚かないで。それで?続けて」

 ドン・マッジョは、頷いて続ける。

 「それが、今回魔物を率いるのは大魔王ネオバーン自らだというのです」

 !!!!!

 「・・・・・・そっ、そんな」

 今度はカロイの発した言葉を正すような事は誰もしない。

 皆一様に押し黙ってしまった。

 「その話は確かなの?」

 タージが言う。

 ドン・マッジョは、深く頷く。

 「前にも言いましたが、情報は正確でなくては価値が生まれません。正しい情報を出し続けなければ、今のわたしはありません。故にわたしはこうした場では一切の嘘はいいません」

 「カロイ、すぐに王に伝えるんだ」

 「はっ、はい」

 ケンジの言葉にカロイが緊張して答える。

 「魔物達も今必死に準備に取り掛かっています。動きだすのは今日から5日後。5日後です」

 「5日・・・・・・、時間がなさすぎる」

 「馬を全力で走らせて、王都までは丸2日は掛かるわ。大魔王が出てくるなんて、今の準備じゃ全然ダメよ。とにかく時間が足りないわ」

 「それなら、ほら、この道を使ってください」

 ドン・マッジョは、地図の南方に弧を描くように指を動かした。

 「どの道?」

 ショウが怪訝そうに聞く。

 「わたしが商用に使うルートがあるんです。普段は絶対に秘密の道ですが、今回はもういいです。一刻も急いだ方が良いでしょう。下に案内役も立てておきましょう。その道なら、1日あれば着くでしょう」

 「なんと・・・・・・」

 「カロイ、あなた行きなさい。一刻も早くお父様に伝えるのよ」

 「ええ、承知しますが、ケンジ様とショウ様は大丈夫でしょうか?」

 「私達は大丈夫。もう少し話を聞いて行動するわ。いいわね、ケンジ」

 「うん」

 「分かりました。では私はすぐ事の次第を報告に」

 部屋を出るカロイを見ながらドン・マッジョは、うんうんと頷いていた。

 「素早い対応、良いと思いますよ」

 「念の為確認するわ。この情報は、本当なのよね?情報元はしっかりした所なんでしょうね」

 ショウが睨みながらドン・マッジョに問いただす。

 「ええ、先ほど言った通りですよ。提供する情報は何に変えても正しくなくてはならない。それだけは、信じていただきたい」

 「・・・・・・」

 「それで?」

 タージがゆっくり声をあげる。

 「それでとは?」

 「あんたがくれる二つの話はこれでおしまい?イヂチを連れてきたのは、本当に一目見るだけで気が済んだわけ?」

 「はははっ、そうですね。確かに。怪しいですよね。実はイヂチさんを連れてきてもらった後、イヂチさんと一緒にアイ王国に行ってもらおうと思ったんだです。そこで、ケンジ王子とショウ王女に会ってもらう計画でした」

 「ふーん、それで?」

 「戦士が4人も集まればネオバーンとも戦えるでしょう」

 「私たちが?」

 「ええ、私が知る限りこの大陸全土で最高戦力はあなた達なんです。大魔王ネオバーンを倒す絶好の機会。あなた達4人の活躍で魔物を撃破。強いては大魔王ネオバーンをも倒す。これがわたしの描いたシナリオです」

 ケンジ、ショウ、タージ、イヂチの4人がそれぞれの顔を見合わせた。

 「ただね、誤算がありました。ひとつはイヂチさんを連れてくるのに時間がかかり過ぎたことです。わたしの予定ではあと1日早く連れてくるものだと・・・・・・」

 「それは、こいつがコソコソとしてるから」

 「・・・・・・」

 イヂチも口を動かして反抗してみる。

 「タージ様も美味いもの食べて浮かれていたじゃないですかー」

 ゴンッとマケロニの頭にタージの拳が落ちる。

 「もうひとつの誤算・・・・・・、嬉しい誤算ですが、そのタイミングになったから、王子と王女に会えた事です。ところで、王子と王女はなぜギンジムへ?」

 「ギンジムへ向かうように言われた時には、目的は聞かされてない。ギンジムに着いて、そこで起こっている問題を解決する事、それしか言われてなかったの」

 「あなた達に向かうように命じたのは当然・・・・・・」

 「ええ、父アラン王よ」

 「そうですか・・・・・・」

 ドン・マッジョは、少し考える仕草をした。

 「で、どうなるの?急いでアイ王国に向かった方がいいんじゃないの?」

 タージが苛立ちを隠さずに声をあげる。

 「ああ、その件ですがね。実は提案したい事があるんです」

 「提案?」

 「ほら、ここ。ここにネオバーンの居城があります」

 地図の薄くグレーの部分の中心を指してドン・マッジョが言った。

 「やつらの大半は5日後ここに一度集まってアイ王国に進軍する見込みです。その数は推定おそよ5万」

 「5万!!」

 マケロニが驚くというより叫んだ。

 「もうすでに遠方から引き波のように魔物達は動いています。そして5日後5万もの魔物の大群が一度ネオバーンの城に集結します。そこから一斉に津波のようにアイ王国に襲いかかるでしょう。先鋒は、十指の中でも実力が1番ネオバーンに近いと言われているエックス。それから、先日バビロン帝国を単身で壊滅させ、実力は十指を凌駕すると言われているゼット、この強力な二体の魔物と言われています」

 「エックスとゼット・・・・・・、一度見ている。脅すわけじゃないけどかなり危険」

 「ゼット・・・・・・」

 ショウとケンジの言葉に場が静まる。

 「はっきり言ってこの二体の魔物だけでもアイ王国は多大な被害が出ることでしょう。さらにその後を残りの十指と大魔王自ら攻め入るわけですから・・・・・・」

 「かなり状況は厳しいわね」

 「・・・・・・」

 ここでイヂチが何か口を動かした。

 「えっ?何です?」

 「ああ、こいつは、ある意味で絶好の機会でもあるって言ってるわ」

 ケンジ、ショウ、それからマケロニが一斉にイヂチの方を向いた。

 「イヂチさんのおっしゃる通り、そう。そこにチャンスはあるんです」

 ドン・マッジョが不適な笑みを浮かべて言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る