タージvs謎の男

 ガーラ領ギンジム。

 過去に幾度も魔物の襲撃を受けて来たこの街は、外に深い堀を作ったり、高い櫓をいくつも作って魔物を警戒したり、街の壁をその都度強く厚くしていったり、外から見るとツギハギだらけの要塞のようにも見える。

 強力な魔物のひと吹きで吹き飛んでしまうような見た目だが、中に入ると長年の防衛経験が随所に活かされている。監視の目も等間隔に24時間体制で敷かれ、夜に怪しい物が目に止まる事があれば瞬時に光に照らされる。

 一方で、街の中は信じられない位の人が住んでおり、活気がある。

 この街は昔から地元の者はみな襟にピンク色のリボンを付ける風習があった。だから、どいつがこの地の者で、どいつがよそ者かは襟元を見れば一発でわかってしまう。このリボンはその昔領主が発案したらしい。住人が一致団結して街を守っていく士気が大いに高まったとされている。

 

 タージとマケロニは、ギンジムに着いた。

 サンポーレルを出て丸一日走って着いた。

 途中、休みたいというマケロニを悠々担ぎ上げてタージは走り続けた。フィード海賊団の母船を出て実に20日目であった。

 「マケロニ、この街はいい街だねー」

 疲れと寝不足でふらふらのマケロニを他所にタージはギンジムの街が気に入ったようで目を輝かせた。

 「なんだろね。こんな内地なのにフィードと同じ雰囲気を感じるよ。人も穏やかそうだし。笑い声も多い」

 「そっ、そうですかい・・・・・・」

 「腹も空いたし、ちょっとそのあたりを歩いてみよう」

 「たっ、タージ様、寝てないのに随分とお元気な事で・・・・・・」

「お前はずっとわたしの腕の中で寝てたじゃないか!なんて弱った声出してるだ。それに2日くらい寝なくたってピンピンしてるくらじゃなきゃ魔物と全力で戦えないよ」

 「・・・・・・あなたが、魔物なんじゃ・・・・・・」

 「あー?全部聞こえてるよ!」


 露店が並ぶ通りは人が溢れてどの店も賑わって忙しそうだ。

 「どれも美味しそうだねぇ」

 タージは見た事もない料理や食材を眺めて唾を飲み込む。

 「美味しそうじゃなくて、どれも美味しいのよ。まとめて買ってくれたら安くするわよー、さあ、どう?」

 「うーん。そこまで言われれば。マケロニ!端から端まで全て欲しいわ!」

 「へいっ!主人おいくらで?」

 「まあー」

 女亭主は目を丸々として頷いた。


 タージとマケロニは、適当な宿を見つけて部屋をとった。

 タージはその後も目についた物はなんでも買ってしまい、今、ふたりの目の前には山盛りの料理が積まれていた。

 「あんたも食べなさい。じゃないとわたしがペロッといっちゃうわよ。どれ、うぅ〜ん。塩加減がちょうどいいわぁ〜。こっちは骨付きなのねぇー。あ〜ん。うっ!うっまぁ〜、タレが美味いぃ〜」

 魔法と言われても疑わない早さでタージの目の前の山がみるみる小さくなっていく。

 「それにしても、タージ様。例のイヂチって男。どこからあたります?この街今日歩いたところからまだまだ見えないくらい先に続いてますよ。何万って人が、下手したら何十万って人が住んでる中から見つけ出すのは、ちょっと難しいですよねぇ・・・・・・」

 タージは、食べるのをやめない。

 「タージ様・・・・・・、ねぇ、あっしの話し聞いてました?」

 んっ、ンンンンっー!!!

 「・・・・・・ちゃ、茶」

 「えっ、はいはいどうぞ」

 タージは厚い胸を叩きながら、お茶を口に流し込む。

 「あ〜。死ぬかと思った・・・・・・、ふぅー」

 「大丈夫ですかー。もう少し味わって食べたらよろしいじゃないですか」

 「ちゃんと、どれも舌の上にのせてから飲み込んでるわよ。もったいない事はしない主義だからね」

 「タージ様、イヂチ探しはどうするんです?」

 「まあ、明日は今日の通りをもっと奥まで行ってみようじゃないかねぇ。ムフフ」

 「タージ様ー」

 「それは大丈夫よー、わたしだって耳に入る音にはいつも以上に注意してるから何か怪しいやつがいれば引っ掛かるって」

 「本当に大丈夫ですかねー」


 翌日


 「あらー、昨日のお嬢さんじゃない。今日は早いわねぇー。ほら、昨日無かったキノコの煮付けよ。絶品よー。ほらどう?」

 昨日の女亭主がタージを見つけて声を掛けた。

 「あはは、本当に美味しそうねぇ。でも今日はもっと奥まで行ってみるの」

 「奥に進んでもただ人が多いだけで何も変わらないわよー。お店もそんなに変わらないしね」

 「そうなのー。まあいいわ。あっ、ここ最近変わったやつ見かけなかった?」

 「変わったってどんな?」

 「最近現れて、魔法が得意な男なんだけど」

 「うーん。そうねぇ、この街に来るような連中はみんな変わった奴らばっかりだからねぇ。辺鄙な場所だけど意外とここを訪ねてくる人は多いのよねぇ。ちょっと分からないなぁ」

 「そう。ありがとう。首元のリボン素敵ね」

 「ふふふっ、私たちの誇りだよ」


 「タージ様、そんな簡単には見つかりませんよ」

 「なによ、分からないじゃない。意外なところにぽっといたりするのよ」

 「タージ様、今日もショッピングで?」

 「そうよ!どこを探していいか分からないし、やる事ないじゃないー」

 

 タージは、今までフィード海賊団の母船を出て、こんなに自由に過ごす事がなかったので知らない街で見る物、聞く物、食す物、その全てが新鮮で単純に楽しかった。

 「タージ様、タージ様、ちょっとそろそろ真剣に探した方がいいんじゃないですか?ーー、ドン・マッジョも言ってましたよ。なるべく早くとね」

 「なによぉ。人がせっかく楽しんでいるのにー。ほら、マケロニあの骨付き肉も買いなさい。その隣のもよ」

 「また、そんなにですかー?」

 「・・・・・・」

 「ん?タージ様?」

 「・・・・・・」

 「タージ様?どうかしました?あー、食べ過ぎでお腹を壊したとか?」

 「だまれ!静かに!」

 タージは露店の店先で急に目を固くつむり眉間に皺をよせた。

 「えっ?何か聞こえたんですか?」

 タージは、ゆっくり目を開け左右を警戒するように目玉を動かした。

 「マケロニ、行くよ」

 「買わないんですか?、あっ、ちょっと待ってー」


 「ちょっと、ちょっとタージ様ー。早いですって、ちょっと、どうしたんです」

 「チッ、わたしとしたことが、ちょっと浮かれ過ぎてしまったわね」

 「敵ですか?」

 マケロニには、背負っていたバッグを胸の前で抱えるように持ち替えた。

 「どうだろうなー。敵ってほどじゃないけど、完全にわたしたちは監視されてるよ。相当できるわねぇ。わたしを出し抜くなんて」

 マケロニは、一気にタージの闘争本能に火が着いた事がわかった。

 「でも、タージ様ー。これだけ人が多くちゃ、どいつがうちらを狙ってる犯人だかわかる分かるんですかい?」

 「相手がへなちょこヤローなら、周りにどんだけ人がいようと一発で当てられるんだけど、こいつはやるよ、上手くカモフラージュしてる。見た目だけじゃないよ、息づかいや足音まで注意を払ってる。うーん。マケロニ、一度宿に戻るよ」

 「へいっ」



 「タージ様、今日は食べないんですかい?」

 「うーん・・・・・・」

 「昼間の事ですかい?」

 「ああ、なんか引っ掛かってるんだよねぇ」

 「そいつが、イヂチなんですかね?」

 「わからない、けど、相当やるよ・・・・・・」

 タージは、拳を強く握った。

 「どうしてくれようかーー」


 次の日も、タージとマケロニは街の大通りに出た。その日も朝から大勢の人で賑わっていた。

 「おはよー」

 「あら、お嬢さん、おはよう」

 顔馴染みになった女亭主が手を振る。

 タージは立ち止まらず、通りとずんずんと奥の方に進む。マケロニもその後を小走りに追いかける。

 「タッ、タージ様。どうです?」

 「たぶん、もう付けられてる。振り返らないこのまま進むよ。ついといで」

 タージは、人の波を掻き分けて進む、進む。

 

 細く暗い横道が見えた途端、タージはマケロニの首根っこをグイッと掴みその横道に瞬と入った。周りにいた大勢の人の目にも止まらぬ早さだ。


 その数秒後、濃い茶色のローブを頭から被ったある者がスッと同じように細い横道に入った。

 薄暗い小道の先に、小柄なマケロニの背中がポツンと見える。しかし、タージがいない。

 「追い込み漁」

 建物の間を器用に登っていたタージが降りてきた。怪しい者の背に立つ。マケロニをこちらに向き直る。

 「暗くて顔が良く見えねぇや」

 「ようやく尻尾を出してくれたね。さあ、あんたは何者なの?」

 タージが相手の肩に手を掛けると・・・・・・、人の形を成していた者が、急に中身が消えてしまったようにローブだけがシュルシュルと地に落ちていった。後には、盛り上がった砂と古びたローブだけが残った。

 「なんだ、なんだ。偽者かー?」

 タージはローブに手を当て、目を閉じる。

 「そんなに遠くない。行くよ」

 「えっ、えっ、どこにー」

 タージはマケロニの首根っこを一掴みすると、超人的な動きで左右の建物の壁を器用に登り屋上までやってきた。

 「こっちだ!」

 マケロニは、顔色が真っ青で両手を口元に当てている。

 建物の屋根を見事に飛んで移動する。

 「近づいてる!わたしから逃げられると思うなよぉー」

 タージは益々スピードを上げる。

 「あいつだ!」

 それは、大通りを挟んだ斜め向かいの建物の5階。窓が開かれて中には、金の長髪をなびかせ、涼しい目でこちらを見ている男がひとり。タージと視線がぶつかった。

 「野郎・・・・・・」

 男は椅子から立ち上がると、タージの視界から消えた。

 「まだわたしを試そうっていうことかい、洒落臭い」

 タージは両腕を高く振りかぶる。マケロニを掴んでいる右手が高く高く上までのびる。

 「えっ、えっ、ちょっとタージ様、えっ?」

 「良いかい、捕まえたら口を押さえて魔法を使えなくてするんだ。すぐ行くからしっかり押さえるんだよ!いいねっ」

 うおおおおりゃゃーーー!


 あ〜〜〜〜〜〜ぁ〜〜〜〜〜。


 通りを行き交う人々が一斉に頭の上を見上げて唖然とする。


 マケロニは見事に男のいた窓に吸い込まれるように入って、部屋の奥のベッドに突っ込み、弾んで壁にもぶつかり最後は床に突っ伏してなんとか勢いが収まった。

 金の長髪の男は部屋を出ようと扉に手を掛けたところだったが、ギョッとした目でマケロニを見た。

 「うぅうぅ、痛てて。あっ!お前っ、まてっ」

 マケロニは起き上がるとすぐに男に飛び掛かった。

 男は避けようとするが、狭くて避けきれず足元をマケロニに掴まれる。

 「お前のせいで散々な目にあったんだ!取り逃したなんてなると、またどんな目にあうか!大人しく捕まれっ!」

 長髪の男は、腰に刺さっているロッドに手を掛ける。

 マケロニも「させるか!」とさらに飛びかかる。


 しばらく膠着状態が続くが、男がなんとかマケロニを振り切り廊下に飛び出た。


 「ようやく姿を見せたね」

 男が声の方に振り向くと、タージが腕を組んで立っていた。

 「タージ様!」

 必死に追いかけていたマケロニも声を上げる。

 「さあ、答えな。あんたは何者で、なぜあたし達をつけ回すんだい?」

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