第3話 affogato

 

[affogato]

 

 激しく奥を突かれ、迫り上がる快感を逃がそうと身震いして背中を反らす。

 上に逃げる身体に覆いかぶさって抱きすくめられるとさらに奥に捩じ込まれ、注がれる精液の熱を感じながら意識を手放した。


 目が覚めるとまだ暗く、スマホを手繰り寄せて時間を確認すると四時を過ぎた頃だった。全身が怠く最中に強く掴まれた肩や脚に鈍い痛みが残っている。セックスの時、陸は僕の身体に痕を付けたがる。キスマークや歯型、強く掴まれた手首や腰の指痕は痣にもなった。

 身体を起こす僕に気づくことなく寝息を立てて熟睡している。昨夜の激しい情事をこんなまだあどけない寝顔の大学生としている事に何となく後ろめたさも感じる反面、身体も心も満たされている安堵感もあった。こんな感じは一体どれくらい振りだろう。

 ヘッドボードに置いたミネラルウォーターで喉を潤し、やはりもう少し横になろうと再び布団に潜り込むと、夢現の恋人の腕が僕を探し、捕まえると再び眠りに堕ちた。


 縛りなくセックスをするのは日曜日の夜と決めていた。翌日自分が休みで、陸も午前中の授業を取っていないからだ。

 それこそ付き合い始めは互いに求めるまま、文字通り盛ったように毎晩身体を繋げていたが腰の痛みと倦怠感で起き上がれず、初めて仕事を休んだことを戒めとしてセックスは休み前の日曜と二人で決めた。

 もちろんたまに決め事以外のハプニングもある。陸も我慢しているのが分かるから手や口で抜いているうちにそこからセックスになだれ込むこともあり、昨夜は正しくそれだった。


 枕の下で震えるスマホのバイブを止めて隣で眠る陸を起こさないようにそっとベッドを抜け出る。

 上にスウェットを着ただけの格好で、コーヒーを淹れ、芳ばしい香りを吸い込むと徐々に頭と身体が目覚めていった。

 トーストにバターをたっぷり塗ったものを齧りながら今日のスケジュールをひとつひとつ確認していく。

 朝から学芸部の会議、午後は巡回先の九州の美術館とリモートでの打ち合わせの後は締切の迫っている原稿を幾らか片付けられそうだった。

 陸が起きてきて「史緒、おはよ」と笑顔でキスを呉れる。まるでキスを強請るみたいに顔をあげる自分がまるで浮かれているようで可笑しくなった。

「何笑ってんの?」

「いや、こっちのこと」と言うと構ってほしそうに「ふーん」と言って手渡したコーヒーを受け取った。

「身体キツくない?」身体を重ねた翌朝はいつも心配をしてくれるが、さすがに若い事もあって一度では終わらない。勿論多少キツいがそれ以上の充足感を得ているからフィフティーフィフティーだと思っている。

「大丈夫、ありがと」と答えると安心した顔になり、先に出かける僕を玄関まで見送ってくれる。電子ロックのため合鍵は無い。陸が出る時に施錠だけ頼むと玄関で「行ってらっしゃい」とキスで送り出される。

「行ってらっしゃい」

そんな風に送り出されたことがなかったから始めはどんな顔をしていいのか分からず酷く戸惑った。でもそういう小さな日常の積み重ねのような“当たり前”を今、六歳年下の恋人から少しずつ与えて貰っている。


少し長引いた会議の後に、デスクで遅い昼食を食べているとメッセージが入る。

《たまには顔見せに来なよ》

 新宿二丁目でバーをやっている美大時代からの友人のハルカだった。学生の頃からバイトをしているバーは今は高齢のマスターが週に一日馴染み客のためにカウンターに立つ以外の日はハルカが任されていた。元々社交的で会話上手なハルカには天職のようで、仕事にも愛着があり、そのバーとマスターが築いてきたものも同じようにとても大切に思っているといつか話していた。

 彼は忙しいと音信不通になる僕を絶妙なタイミングで俗世に戻してくれる。そういや陸のことも話してなかったと思い、今夜寄らせてと返信した。

 仕事を何とか定時で切り上げいつもと違う方向の電車に乗る。新宿三丁目で降りて二丁目方面へ歩くと雑居ビルの地下、看板の出ていない黒いドアを開けると寄せ付けない外観とは裏腹に店内は出会いを期待して集まった男たちで賑わっていた。

「reserved」と記されたカードの置いてある席に掛けると同時に肩に手を掛けられ、振り向くと男が微笑んでいる。

「やあ見ない顔だね、隣いい?」

馴れ馴れしく声を掛けて来るや否やハルカが口を挟む。

「ごめんねぇ、これ俺の客なの」

邪魔をされた腹いせか「へえ?ハルカさんネコだと思ってた、彼氏じゃ物足りないの?」と余計な事を口走った男は「身持ちの固いハルカさんに何言ってんの?他あたりな」と言われ店から追い出された。

 「ハルカを抱くつもりも、抱かれるつもりも毛頭ないけど何か複雑…」

不服を訴えるとハルカはハハハと笑った。

「実はハルカに報告があって」

 客たちがそれぞれ相手を見つけたり、収穫がないと諦めてぼちぼち引き始めた頃、カウンターの背中に声をかける。

「何?いい知らせじゃないと聞かないよ」

振り返ったハルカがカウンターに肘を付いて前のめりになる。

「実は彼氏が出来まして…」

数年ぶりの“彼氏”というパワーワードに自分で言って動揺した。

「ちょっと、何処の誰?紹介?ちゃんとした人なんだろうね?」

 僕のこととなると人一倍心配するハルカは驚きと心配が隠せない。

「大丈夫、年下だけどしっかりしてるし」

「うわ、めっちゃ嬉しい」と言ったハルカは上を向いて下瞼を指でなぞる。

「ちょっと、泣くほど?」

「泣くほど!」と睨まれた。

相手の歳を聞かれ「二十一」と答えるとまるで珍しいものでも見るように

「彼氏、二十一にしてスパダリなの?それか史緒も年下の恋人を可愛がる喜びに目覚めた?」

 恋人といると甘えたになると仲間内に認識されているため無理もない。

ハルカの問いには答えず、今度連れてくるよと言うと「今月中」と強引に約束された。

ハルカには学生時代の失恋では相当迷惑をかけたので、恋人が出来たことを喜んでくれてとりあえずホッとした。この六年、僕がそういう気持ちになるのをハルカもその恋人の要さんもそっと見守ってくれていたのだ。

「要さんに言ってもいい?それとも史緒から直接言う?」ハルカはハイテンションだ。

「ハルカから伝えてくれる?」と言うと嬉しそうにわかったと言ってグラスを掲げて乾杯のポーズをした。

 

そろそろ帰ろうかとふとスマホを見るとメッセージが入っていた。《ふみを今家?》三十分程前に受信したものだった。陸は僕の名前のふみをの「を」を気に入っていてわざわざ平仮名で打って寄越す。《友達の店で飲んでる》そして《もうそろそろ帰るよ》と続けると《あいたい》とメッセージが入った。

今から帰ると0時を過ぎる。まだ平日なので《週末にね》と返すとむくれたようなスタンプを送ってきた。

ハルカに伝えてしまうと緊張が解けたからか一日の疲れと共に眠気が襲ってくる。欠伸を堪えながら

「眠いからそろそろ帰る」

「ちょっと史緒、そんなフェロモン撒き散らしてたら絶対襲われるからタクシーで帰んなさい」と叱られ、ハルカがテキパキとアプリで呼んだタクシーに乗せられた。

 マンションに着くと陸がエントランスで待っていた。

「陸?どうして?」

「会いたいって言ったじゃん」

僕の手首を握るとエレベーターに乗り込む。強く掴まれる手首の痛みに陸が怒っているように見えて「痛い」と訴えるとスっと顔が近づき、キスをされた。舌が差し込まれ蹂躙されると柔らかい舌の感触に酔いも伴い気持ちよくなって来る。

「酒の味する」と言ってまだ触れそうな距離で唇を離す。

「陸、ねぇどうしたの?」

「すごく会いたくなっちゃっただけ」と甘えた声を出した。

酔いが少しまわり、ふらついて陸に凭れるとエレベーターは自室のあるフロアに到着した。


 部屋に入ると玄関でキスを再開する。

「ねぇ陸」と声を掛けると余裕のない顔でこちらを向く。

「部屋、入って待ってていいんだからね」

「うん、次はそうする」と言うやいなや舌を絡め取られ、陸の右手が服の上から後孔を探り当てる。くの字にした人差し指をぐいと押し込まれ舌とアナルへの刺激で膝が砕ける。「史緒、服の上からなのに気持ちいい?可愛い。」

呼吸が乱れてはぁ、と息を吐くと床に押し倒される。

「シたかった?」

「ここじゃやだ」

陸は返事をせずに僕のボトムスを下着ごと下ろした。ヒヤリとするフローリングの温度に腰を浮かすと陸は上着を脱いで俺の腰の下に敷いた。「ダメ」と言おうと口を開けると指を突っ込まれる。口蓋を指で撫でられ舌を嬲られると唾液が溢れてくる。唾液に塗れた指を後孔に宛てがい中に埋め込んでいく。

「陸、こら、ダメって」

肩のあたりを蹴ったが力が入らず、全く効かなかった。酔いが回って、ぼおっとして上手く回らない頭と気怠い身体で陸を受け止め、受け容れる。「ふみを」と名前を呼ばれるのが求められるのがただ嬉しくて広い背中に回した手に力を込めた。

 


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