第111話 互いを想う

 無詠唱魔術を撃った反動だろうか、私の体温が少しずつ奪われていく。

 反動がでかいな……慣れてないのにやるべきでは無かったか。


「所長、顔色が悪いですけど休みますか」

「いや問題ない。直ぐに治るよ」

「無理はするなよ、俺達が前線部隊の火力係だからな」


 リオンとエントが心配をしてくれる。

 私は魔力回復ポーションを飲みながら歩く。


 妙に静かだ……。さっき魔獣が出てきていたとは思えないほど静か。


 私達は周りに注意しながら森を更に進んでいく、数分後低木からガサガサと音がなった。


「誰だ!」

「魔物の可能性もある、皆!気をつけろ!」


 前線部隊の皆は武器を構える。

 音がなった草木からは倒れたボロボロのリリアナが出てくる。


「リリアナ……?」

「おい、何言ってるんだセレア。目の前にいるのはイエラだぞ」

「お二人共こそ何言ってるんですが目の前には………何もいませんよ?」


 部隊の皆は目の前に大事な人がボロボロになった姿が現れているようだ。

 だが唯一、誰も居なかったのはエントだけだった。


 私達は混乱する。中には大事な人の汚れた姿を見て暴れ狂う人もいた。

 私達は統率が取れないまま視界が真っ暗になった。


 視界が暗くなる前、倒れていたリリアナが微笑んでいたように見えた。


♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


 部隊長が何か慌てていた。何かあったんでしょうか?

 部隊長は大声で皆に伝えた。


「前線部隊の消息が途絶えた」


 その発言で後方支援部隊は一斉に青ざめる。

 前線部隊の消息が途絶えたと言うことは、セレア様が消えたという事だ。


 何があったのですか、セレア様。


「前線部隊にはリオン君が………!」

「落ち着けイエラ。騎士団長だぞ?きっと大丈夫だ」


 泣き崩れ落ちるイエラさんは私の方を向いて質問を投げかけてきた。


「リリアナさんは、リオン君が消えた事は悲しまないのですか……?」


 悲しむ?お兄様は死なない。どうせ這いつくばって生きて帰ってくる。

 どんな事があっても、お兄様は帰ってきた。


 熊の大群に襲われても、魔物の群れに一人で突っ込んでも……何があっても生きていた。


 でもセレア様は?私はあの人をまだ完全に知らない。

 知らない事が多すぎる。セレア様が抱えてる不幸も幸せも何も、何も私は知らない。


 セレア様が戻ってこなかったら?セレア様が骨で帰ってきたら?

 私はどうしたらいいの?私は誰の為に頑張ればいいの?


 私は思考がぐちゃぐちゃになり何も考えられなくなった。

 だが思考を一瞬でまとめた。セレア様は言った、絶対に私を見捨てないと。


 私はセレア様を信じる。だから今は忍び寄る魔物に対応をしないと。


「皆さん!落ち着いてください!前線部隊は選び抜かれた人達が集まっています。死ぬ事はほぼありえないと言っていいはずです!」


 私の言葉に何人かはそうかと言うように頭を縦に振った。

 このまま皆を落ち着かせて………。


グアァァァァァ!


 大きな遠吠えが森中を響かせる。

 間に合わなかった!私達の目の前には、大きな魔物…ドラゴンがいた。


「ドラゴンだぁぁ!」

「落ち着け!我々には所長殿が作ってくれた魔道具アーティファクトがある。それを使えば対処は可能だ!」


 部隊長が周りを落ち着かせる。流石は部隊長と言った所、私の言葉より部隊長の方が皆に響くみたいだ。


 まぁ、学園で悪評しかなかった人の話なんて聞きたくもないか。


♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


 暗い………。反王国派に閉じ込められた時みたいに真っ暗。


 私は持ってきていた懐中電灯をつけようとする。

 あれ?懐中電灯が無い?持ってたはずなのに。


 私は他に持ってきていた物があるか確認するが、何一つ無かった。

 全て取られたか?


 立ち上がりその場から動こうとする私に聞いたことのある声が私を止めた。


『由依。この研究をやっておけと言っていただろう?』

「……あっ、え…その研究は終わらせた、はずですが」

では駄目なんだ。確定で無くてはならない。やり直せ』


 声の方向にいるのは前世で私を苦しめたクソ上司だった。

 私の前にドサッと大量の研究資料が置かれる。


 あぁ、夢だったのか。そうだ。転生とか…推しが同じ空間に居たとかそんなの………そんなの無かったんだ。


 研究、研究をしないと…。これは四月十日までに終わらせないといけないものか。

 研究道具を取ってこないと、後は……何だっけ?


 駄目だ。思考がまとまらない、早くしないといけないのに……。


 見えない、何も無いはずなのに職場に居るような日本人だった頃の生活に戻ってしまった私に、唯一の癒やし推しの声が聞こえた。


『セレア様!私はセレア様がだーいすきです♡』


 そうじゃないか。私はもう島瀬由依じゃない、今の私はセレア・アルセリアだ。


 リリアナの偉大なる言葉に私は感謝をする。

 結局、救ってくれるのは推しか。


 私は意識をしっかり保ち、自分の頬を強く叩く。すると、目の前に居たクソ上司は消えていた。

 そこにあったはずの書類も無くなっていた。


  やっぱり幻覚か。ここから早く脱出しないと…。

 魔法の類なのは分かるが、手持ちは何も無いし魔術で抜けられるといいんだけどな。


 また幻覚で惑わされるかもしれない。

 しっかり気を保とう。私はセレア・アルセリア。推しのために生きる脇役だ!

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