第64話 エピローグ

「…ふざけんなよ。定時連絡の時間をもう5分も過ぎてんじゃねえか」


 デスクの上の缶コーヒーをいじりつつ、男が1人愚痴をこぼす。この男、佐々木からしてみれば時間にルーズな殺し屋など珍しいことではない。それでも5分以上も連絡が取れないというのは珍しいことだった。


「成金のガキを1人沈めるのに何をチンタラしてんだか」


 微糖のコーヒーを口に流しつつ手元の資料を確認する佐々木。そこには金本大助に関する預金情報が書き込まれていた。


「ふふふ。口座と本人に関する情報さえ分かればあとはどこぞの変身系の能力者に依頼して金を引き出しちまえばいい」


(本人さえ消えればいくらでも方法なんてあるからな)


 佐々木の手口は手慣れたものだ。表で不動産を経営し「カモ」を見つける。そして裏では金の力で「カモ」の金を奪う。闇不動産の常套手段だ。


「ガキが3憶の預金なんて生意気なんだよ。ま、この金はこの佐々木様が有用に使ってやるから安心して熱海の海に沈んでくれや」


 佐々木がニヤニヤと吉報を待っていると、ようやく待ち望んでいた呼び出し音が鳴り響いた。スマートフォンの画面には「クソ殺し屋」という着信者が表示されている。間違いなく佐々木が今回の依頼を任せた相手だ。応答ボタンを押しスマートフォンを耳に押し当てる。


「もしもし!?てめえ約束の時間を10分も過ぎてんじゃねえか!!ちゃんとガキは始末したんだろうな!?」


 佐々木の口から流れるように怒声が発声される。この業界は舐められたら終わりなのだ。必然的にその言葉や口調も強いものになる。


「聞いてんのか!?てめえふざけてると依頼金払わねえぞこらぁっ!!」


 ヒートアップしていく佐々木。だがそんな彼の表情は一瞬で凍り付く事になる。


「ちゃろ~!!ラブコールの時間だぜ♡」


「……はぁ?」


 陽気な声に佐々木の思考が停止する。


(この声は、ま、まさか!?)


「…か、金本大助!?なんでこの番号からお前の声が!?」


「あ~…やっぱり「依頼者」はあんただったか。まあ家を買ったときの表情から何かやらかすだろうな~とは思ってたんだけど」


「ぐっ…!?」


 予想外の事態に佐々木は混乱する。


(クソッ!どうなってやがるんだ!?まさかあの殺し屋が俺を裏切りやがったのか?)


「あんたからの素敵なサプライズには感動したよ。死ぬほど堪能させて貰った。それと、あんたのお友達は地獄で海水浴を楽しんでる真っ最中だよ」


「……ぐぅ」


「そんな愉快なあんたに俺からもサプライズプレゼントがあるんだ。素敵な夜のお裾分けってやつだな」


「…何が言いたい?」


「ゲームをしよう。今夜のあんたは哀れな一匹のウサギさんだ。そして悪~いウサギさんをおしおきするために、とっても強いウサギさんがそっちに向ってる。さあ、哀れな極悪ウサギはどうなってしまうのでしょうか?」


「なっ…!?て、てめえ…!?」


 それはつまり、佐々木が殺し屋を使ったように、金本大助も殺し屋を佐々木の居場所に送り込んだという事だ。


「今夜限定の緊急イベントだ。報酬はあんた自身の命だな」


「さあ、見せてくれよ。あんたの命の輝きってやつを」


 その言葉を最後に通話は途切れた。


「……なんなんだよおい!?」


 パニックになりそうな気持をギリギリで抑えつつ、佐々木がデスクの引き出しから一丁の黒い拳銃を取り出す。拳銃に「気力」を流し込みつつ異能力で生成した特殊な弾丸を4つ弾倉に込めていく。


「殺し屋上等だこの野郎。かかってこいよ…」


 佐々木自身も4年間殺し屋協会の平社員として働いていた過去がある。異能力や気術の知識もある優秀な男だ。


 ___そんな男だからこそ、彼は一瞬で理解してしまった。


「そうですか。そんな覚悟があるのなら問題ないですよね?」


「…っ」


 ポンッと、小さな手が佐々木の肩に置かれる。佐々木は振り返る事ができない。振り返ればその瞬間に殺される。それを彼は理解していた。


(俺は、何を間違えちまったんだ?)


 佐々木の脳裏を一瞬で過ぎていく走馬灯。彼の人生は順調だった。そう、金本大助という男に関わるまでは。奇妙な男だったのだ。濁った瞳。軽快ながらもやけに重みがこもった声。思い返してみれば、金本大助は佐々木という男の本性を一瞬で見抜いていたのかも知れないと思い至る。記憶の中の金本大助は、いつも佐々木の目をジッと見ていたのだから。


「佐々木一郎さんですね?」


「初めまして。そしてさようなら。私の名前を知る必要はありません」


 振り抜かれる一閃の刃。佐々木の最後に見た光景は、ウサギを連想させる可憐な少女の姿だけだった。



 



 

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