第63話


 クロはこの数十分間。あの激マズな透明草を食べつつひたすら大助を待ち続けていたのだ。大助が女をホテル内部に蹴り飛ばしたあの瞬間。大助はクロのスマートフォンへとメッセージを送っていた。内容は「熱海城の屋上で透明草を食べつつ竜形態で待機。女が転移してきたら拘束しろ」クロは見事にミッションを完遂したのだ。


「よくやったクロ。お前はやれば出来る子だと信じていたぞ!」


 心にもない言葉を口から出しつつ大助が殺し屋に近づいていく。そして腰元に装備していたポーチを素早く奪い取った。


「こういう「仕事」をしてる連中はみんな切り札を隠し持ってやがるからな。…悪いが使わせねえよ?」


「クソ野郎が…!!」


「あんたに有難い教訓を教えてやる。「勝てば正義」…てなぁ?」


「おおおい!?マスター、右腕が無くなってるけど大丈夫か!?」


「ああ大丈夫大丈夫。こういう時のためのアイテムはちゃんと用意してある」


 大助が懐から最上級のポーション「エリクシール」を取り出す。


「んぐびぐび!…ん~?なんか苦くとも甘い感じの変な味がするな」


(これ1つで1000万コインだぜ?こんなの買ってたら破産しちまうよ)


 そして数秒で大助の欠損していた右腕が完全に復元される。その光景を唖然とした顔で見つめる殺し屋の女。


「…お前らは…一体…何なんだ?」


 その言葉と表情に心底嬉しそうな表情を浮かべる大助。


「___俺は、魔法使いさ」


「……魔法だと…?」


「さてと、名残惜しいがそろそろお別れの時間だ。最期に俺の実験に付き合ってもらおう」


 大助が懐からもう1つの切り札を取り出す。クラリアとの共同研究の結果生まれた究極の携帯食料。それはドラゴン草10個相当を圧縮しスティックバーのような形状に整えた物だ。


(1つ1つの効果量が低いなら全部合体させて同時に使えばいい。まさに悪魔の発想だよなぁ…!?)


「それでマスター?こいつをどうすればいいんだ~」


「お~!そのまま俺に向ってそいつをブン投げてくれ」


「了解だ!」


 いくぞ~という掛け声と共にクロが投擲の姿勢に入る。


「ぐっ…!ちくしょうが!!」


 クロの馬鹿力の前では人間の力など無力。ましてや大助との戦闘で「気力」を消耗した今の殺し屋には、最早抵抗する手段など残されていなかった。


「うおおおおりゃああああ!!」


 クロが全力で女を投擲する。殺し屋の視線の先には固定砲台のように足を屋根に固定した大助の姿が見えた。


「___‘ドラゴン草<パーフェクト・ライトアーム>‘」


 右腕だけを完全な竜形態に変化させる大助。狙う場所は海。光り輝く水面を女の墓標にすると大助は決めていた。


「ようこそ!地獄への片道特急列車へ!!」


 猛スピードで飛んでくる殺し屋を狙い大助が竜の一撃を叩き込む。


「___‘ドラゴン・スマッシュ!!‘」


 極大の拳が殺し屋を捕らえ、彼女を海の彼方へと吹き飛ばす。やがてその断末魔は遠く聞こえなくなった。それからしばらくして海面に大きな水柱が立ち上がる。それは殺し屋が海の藻屑となった事のお知らせだ。


「いえ~い!やったなクロ!!」


「いえ~!」


 パシパシと両者共にハイタッチを決める。


「それにしてもマスター、いつの間にあんな魔法が使えるようになったんだ?」


「…ん?まあ…最近だよ最近」


「む~…その顔は嘘をついてる顔だな」


(おお…?)


 クロが大助のどうでもいい嘘を見抜いた事に驚く。


(そうそう。そうやって人を観察する事は大切な事だ)


 クロの成長を素直に喜ぶ大助。


 ___願わくば、いつの日かこの少女が自身にとって最大の敵となりますように。


 そんな思いを込めつつ、大助が本心からの笑顔をクロに見せた。


「…おお…マスターのそんな嬉しそうな顔初めて見たぞ」


「そうかぁ…?」


「絶対そっちの顔の方が良いと思うぞ!」


「…まあ、今日だけは特別だ……ん?」


(そういえば花火大会の最中だったな。結構な物音を立ててたと思うがそれでも続行するとか人間って凄えよな)


 ドカドカドカドカ!!と物凄い速度で花火が打ち上がる。それはラストスパートの合図だ。夜空には色鮮やかな花が次々と咲き乱れ海面を眩しく照らし出す。


「綺麗だな~」


「ああ。本当にな」


 夜の天守閣。


 仄かに血の匂いを漂わせ、真っ赤な返り血に染まった金本大助とクロ。


 その表情は穏やかなものだ。


 心地よい疲労感と共に、二人はのんびりと終わりに向って咲き狂う夜空の花を眺めていた。

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