人造神と青年はその夢に何を見る?

榊原 秋人

第一章 天上の世界

第1話 運命の出会い

 序


 「神々の権能を手にしたこの俺に対して、惰弱な存在であるお前に勝てる道理はないっ!!」

 崩壊した建物に四方囲まれた空間、運動場らしき場所の中心で声高に自身の目の前に立つ少女に宣言する。

 恐れ慄け、この俺こそが新時代の神様だと言わんばかりの態度と表情に対し、相対している少女はゆっくりと、静かに口を開く。

 「――――

 ぞわりっ、背筋から感じる悪寒と冷や汗。

 言葉を発する前まではたかが力もない小娘程度にしか認識していなかった男は、即考えを改め全力で叩き潰さなければならぬ相手だと理解する。

 「別に、あんたが世界を滅ぼそうが滅ぼさまいが心底どうでもよかったの」

 淡々と言葉を紡ぐ少女の橙色の両目は少しずつ変色していく。

 「遅かれ早かれ、私自身の手で

 目が閉じられ、再び開かれた時少女の両目は蒼色あおいろ碧色みどりいろのオッドアイへと変わってゆく。

 「ならばっ!」

 「――――でも」

 男が問いかける前に、少女の身体は眩い光に包まれ女性らしい体格へと成長していく。

 「それは彼と出会う前の話、ううん。彼と出会ってからも不審な動きをすれば殺して実行に移すつもりだった……」

 後ろを振り返る彼女の視線の先には、ぐったりとした様子で瓦礫に身体を預け、意識を失っている一人の青年。

 左目は失われ、左腕と右足は斬り落とされており浅い呼吸でゆっくりと心臓を動かす。

 神々によってこの事件に巻き込まれ背負う必要のない事まで背負った彼。

 そして、彼女の中で大きな存在となった彼に生きていてほしい、可能ならば彼と一緒に歩みたいと願ったからこそ……。

 「お前は、今ここで殺す。息の根を止めて秋人を傷つけたことを後悔するがいい」

 最後に、彼女の灰銀色の髪は太陽の光に輝く白銀色へと変わって本来の姿へと戻った彼女。

 「やれるものならば、やってみせろっ!!!」

 互いの魔力が衝撃波として衝突する。ただでさえ崩壊していた建物は見る影もなく崩壊していく。

 文字通り世界の命運が彼女に託された一戦、この一戦は後に様々な呼び名で語られるが……。

 その前に、ここまでに至る経緯を説明しなければならない。

 少女と青年の、十日間の濃密であり運命の物語を……。


 序・二


 次世代の神を育成する機関、『神々育成校』に所属するギリシャ組二年生の『ミネルヴァ』は校内では浮いた存在であり同時に、嫌われている存在でもあった。

 「(下らない……)」

 その言葉で一蹴するのは彼女の目の前で行われているいじめの現場……否、彼らの言葉を借りるのであれば『教育』を目の当たりにしても彼女はおろか、周りを歩く者達も見て見ぬふりだ。

 これが彼らにとって日常であり必要な過程の一つであると……皆が、考えているのだ。

 「(帰ろう)」

 彼女自身、神様になりたいという願望は端からない。

 『神々育成校』と名付けられた教育機関は今や形骸化した無意味な場所で、ミネルヴァはそんな場所から今日も早退というボイコットをするのだった。


 天上の世界・ギリシャ神話エリア


 地中海風の建物が立ち並ぶこの場所はギリシャ神話の神々と英雄達、そしてかつて現世で生きていた死人が住まう場所だ。

 ミネルヴァも一応このエリアに住んでいるが、彼女と住民達の温度感は言葉に出さずとも空気で察せられる。

 住民達から向けられる軽蔑と憎悪の視線をミネルヴァは無視して向かう先は『神々の図書館』と呼ばれている建物だ。


 『神々の図書館』・エントランスホール


 地球の霊界上のネットワーク、ありとあらゆる事象の全てが記録されている神々の図書館、人間界では『アカシックレコード』とも呼ばれているだっけと、ミネルヴァはふと思い出すがどうてもいいと切り捨てる。

 今や誰も訪れす埃と蜘蛛の巣まみれの寂れた図書館内を歩き慣れた歩調で目的の場所まで進んでいく。

 道中、誰かが掃除をしたのであろう跡が数か所視界に入るがその全てがミネルヴァが行った掃除した場所だ。

 膨大な広さを誇るこの図書館を一人で掃除をするなど無謀の一言に尽きるのだが、何もしないよりはマシとミネルヴァは思っている。

 「確かここら辺に……」

 書架に収められている目的の本を指差しながら探すミネルヴァ。

 そして、目的の本を見つけてあったと小さな声を出して書架から引き抜く。

 彼女が手に取っている本は『不思議の国のアリス』、誰もが知っている有名な物語の一つだ。

 逸る気持ちを抑えてミネルヴァは周囲を見回し、確認する。

 何故彼女がこのような行動をするのか?

 それはこの図書館には招かれざる客人が多々、訪れるからだ。

 『夢渡人ゆめわたりびと』、そう称される者達は自らの意思を持って神々の図書館に訪れる。

 彼らの目的は至ってシンプル、『運命の書』の閲覧及び未来と過去の改変だ。

 どんな理由があっても閲覧はおろか改変なぞ言語道断。

 故に本来ならば天上の世界の者達が監視するのが筋なのだが……。

 既に放棄されている場であるのでそのような行為は無意味と断じられた。

 その結果が、様々な世界線に影響を及ぼしているのを神々は見て見ぬふりをしている。

 ミネルヴァ自身、世界については興味がないが……読書の時間を邪魔されるので見つけ次第送り返しているだけに過ぎない。

 人の気配はない、しっかりと確認をした上でミネルヴァは頁を捲り、楽しみにしていた物語の世界へと入る。


 「――――此処、何処だよ」

 意識の覚醒と同時に全く以て見覚えのない場所に立っている事実に、自分は多少の動揺とに呆れている。

 「さてはて、

 辺りを見回す限り自分の背より少しだけ高い書架が理路整然と並んでいるのを見て何処かの図書館であるのは察せられたが……。

 「(しかし、随分と埃まみれで寂れてるな?)」

 あまりの埃っぽさに咳を数回繰り返し手で埃を飛ばすが、逆効果でその場から離れる事にした。


 見知らぬ図書館内を歩くこと三十分程、歩いていた場所より小綺麗な事に気づいて周辺を探索すると本を読んでいる少女の姿を見つける。

 話しかけようと近づく自分だったが、少女があまりにも真剣に読んでいる横顔を見て話しかけるのは無粋だと思い、彼女が読み終わるまで待つことにした。


 「はぁ~楽しかった~~」

 読み終わって気分は最高、だけど私の最高の気分は横から聞こえた「それは良き事で」と、最低の気分に落とされる。

 椅子から立ち上がって本を椅子の上に置いてから槍を顕現させて穂先を男に向ける。

 「貴方、いつからそこにいたの?」

 私の声と槍で相手は驚いた声を出す。

 「ちょっ!? たんまたんまっ!!」

 両手を上に挙げて降参のポーズを私に示す。

 相手の男を観察する。

 黒髪黒目の長身痩躯、藍色のハーフリムをかけている。

 私に見られて何故か微妙な顔をしている男に「何?」と、問いかける。

 「いや、槍を向けられるのは仕方無いことだけどせめて話を聞いてからでも良かないですかねぇ~?」

 君が読み終わるまで一時間以上待ったんだからさぁ〜! の、発言に私は更に警戒心を高めて「そんな筈ないわっ!」と、大きな声で否定する。

 「いや現に君自分の声で驚いてたじゃん!」

 青年の指摘に小さく唸り声を出してしまう私。

 ぐうの音も出ない正論を出されて私は大きく溜息を吐いてから相手に向けていた槍の先を地面に下ろす。

 「確かにそうね……。でも、此処は『神々の図書館』、この場に来たいと少なからず願っていた筈よ」

 目的を言いなさいと、質問を投げかける私に対して相手は先程の慌てていた表情から今度は困った表情へと変わる。

 「えっと、言わなきゃ……だあぁぁ言いますっ言いますから、槍をこっちに向けんといてくれますっ!?」

 最近の若い子って野蛮過ぎないと、愚痴をこぼす相手だけど、私からの圧を察して「もし行ける機会があれば行きたいとは思っていたさ」と、質問に静かに答える。

 「目的は?」

 さぁ本性を現せ、その瞬間突き刺す。

 槍を握っている手にグッと力を込めていつでも目の前の相手を刺殺する準備を整える。

 後は、大義名分という醜い本性を口にするだけ……。

 「大雑把に分けると二つ。一つ目は世界平和が実現可能か否かの確認、二つ目は小説の資料作成したいから……だよ」

 「――――え?」

 聞き間違いかと耳を疑うが、相手の「だから言いたくなかったんだよ」の、言葉で聞き間違いではない事を再認識する。

 「まぁ、それにだ? 君の様子から察するに閲覧することは到底出来そうにないし諦めるけど……」

 「けど?」

 静かに相手の言葉の続きを待つ私。

 「帰り方が全く以て分からないっ!」

 目を見開いて差も当然と言わんばかりの声でハッキリと告げる相手に私は呆れ返ってしまった。

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