La Sirène Au Clair De Lune 〜月夜の人魚〜

平中なごん

Ⅰ 人魚の捕獲には怪奇探偵を

 その男は、なんの前触れもなく俺の前に現れた……。


「──あんたが〝怪奇探偵〟のカナールさんかい? 思ったよりも若いんだね」


 俺が事務所兼住居として間借りしている本屋の二階にやって来たそいつは、俺を値踏みするかのようにめつけて尋ねる。


「ああ。俺がその世界唯一の怪奇探偵、この新天地・・・で最もハードボイルドな男、カナール様だ。お若いの」


 そののっけから上から目線な物言いに、やはり最初が肝心と、俺はそう訂正をしながら言い返してやる。


 いくら依頼人といえども舐められちゃあいけねえ。それにこいつだって、俺と大差ねえくらいの若僧に見える。


 金髪巻毛の長髪をした色白の優男やさおとこで、今はボロっちいが元は高価な品だったと思しきシルク製の白いジュストコール(※ロングジャケット)を着ている……ま、落ちぶれた貴族か豪商のお坊ちゃんってとこだろう。


「ハードボイルドか……気に入ったよ! あんたを頼ったのは正解だったようだ」


 だが、こうして言い返すと相手はムッとするのが常なんだが、こいつはむしろ口元を歪め、妙に上機嫌な様子でそんなことを言う。


「俺はエーリク……エーリク・ア・デイズネンだ。怪奇探偵と見込んであんたに仕事を頼みたい。どいだい? 俺と一緒に一儲けしてみないかい?」


 そして続けざま、まるでどっかの山師のように不敵な笑みを浮かべながら、さっそくに依頼する仕事の話をし始めた。


 俺の仕事……俺はこの大帝国エルドラニアが新天地(※新大陸)に築いた植民都市、エルドラーニャ島のサント・ミゲルで探偵デテクチヴをやっている。エルドラニア語で言えば探偵デテクティヴェだな。


 〝探偵〟っていうのは最近できた新らしい商売で、人捜しや失せ物探し、用心棒なんかを依頼主のために行う、ま、言うなれば私的な衛兵みてえなもんだ。


 その中でも俺は商売敵ライバルがまずいねえ、悪霊や魔物など、人智を超えたもん絡みの事件を専門に扱う〝怪奇探偵〟だ。


 俺はこの島へ移住して来たフランクル人の父親と、原住民の母親の間に生まれたいわゆるハーフで、見た目も原住民みてえに浅黒い肌だし、フランクル王国と敵対するエルドラニア支配下のこの地では、いくらまっとうな商売をしたところで一生浮かばれることはねえ。


 だからこの隙間産業的な怪奇探偵業を始めたってわけなんだが、これまでにも様々な事件をハードボイルドに颯爽と解決し、そこらの有象無象ばかりじゃなく、この街のトップ、サント・ミゲル総督からもちょくちょく依頼を受けたりなんかもしている。ま、いうなればその道のプロっていう感じだな。


 そんな俺をわざわざ訪ねて来たっていうことは、このエーリクなんとかいう依頼主も、そういったオカルトめいた仕事を頼みてえってことなんだろう……。


「──人魚シレーヌを生捕りにしたいんだ。依頼したい仕事ってのはその手伝いだよ」


 ところが、粗末な机と椅子がニ脚しかねえオンボロな事務所へとヤツを通し、さっそく依頼内容を尋ねてみると、エーリクは開口一番、そんな与太話を口にしやがった。


「人魚? おいおい正気かよ? 人魚なんて伝説の生きもんだろう? 現実にいるわけねえじゃねえか」


 当然、俺は苦笑いを浮かべると、肩をすくめて痛いヤツを見るような眼差しを向ける。


「いいや、人魚は本当にいるよ。古今東西、その目撃例は枚挙に暇がない。今現在、この新天地においてもね……かのクリストバドル・コローネも人魚に逢ったことを日誌に書いている」


 だが、エーリクは大真面目な顔をして、小馬鹿にしたような俺の言葉を否定する。


「クリストバドル・コローネ……この新天地に初めて到達したっていうエルドラニア人だな。そいつも人魚を見たってか?」


「正確にはウィトルスリア人だね。エルドラニアの前身、エルゴン・カテドラニア連合王国がパトロンではあったんだが……そのコローネが人魚に遭遇したのがここ、エルドラーニャ島の沿岸だ」


 眉唾ものと思いながらも聞き返す俺に、エリクハルトはさらに具体的な事例を語って聞かせる。


「プエルタ・プラティーノを知ってるかい?」


「ああ、川向こうにある湾だろ? 今じゃ密林ジャングルに飲み込まれちまってるが、昔は街と港があったとかなんとか……」


 プエルタ・プラティーノ……エルドラニア語で〝白金プラチナの港〟という意味だ。


 近くにある小高い山からよく霧が発生し、朝日を浴びて一帯が白金プラチナのように輝くことからそう名付けられたらしい。


「そう。かつてコローネが作った街〝ヌエバ・イサベーリャ〟のあった場所だ。新天地で最初に築かれた都市はサント・ミゲルということになっているが、実際にはこのヌエバ・イサベーリャの方が早い。もっとも、街ができてすぐに原住民に襲われ、その上、ハリケーンの直撃で壊滅して放棄されたんだけどね。で、川の対岸に改めて築れたのがこのサント・ミゲルだ」


 その質問に俺が答えると、なぜかエーリクはその廃墟の街についての話を広げる。


「へえ…なんだか詳しいな……けど、あの辺りってあれだろ? 女の幽霊の歌声が聞こえるだとか、しょっちゅう船が難波する魔の海域だとかで近頃じゃ誰も近づかねえ……」


 ヤツの知識に感心しつつも、その土地にまつわる噂をふと思い出す俺だったが、自分の口にしたその内容には時間差で思わずハッとさせられる。


「いや、ちょっと待て。まさか、それって…」


「そう。伝説に聞く人魚シレーヌの仕業だ。その美しい歌声を聞いたものは心を惑わされ、船は沈み、人間は海に引きずり込まれる……その肉を喰うためにね」


 俺の言わんとしたことをエーリクが先に答えた。


「だが、そんな恐ろしいバケモノでもたいそう金になる……生かしたまま見せ物にしても良し。解体すれば肉は不老長寿、骨は止血・解毒の薬として高値で売れる。一攫千金を夢見るものにとっちゃあ、なんとも魅力的なお宝じゃないか」


 なるほど……その言葉にヤツの狙いがだいたい読めた。


 さっき自己紹介を聞いたところによると、エーリクは現エルドラニア国王カルロマグノ一世が皇帝を兼ねる神聖イスカンドリア帝国のさらに北、デーンラント王国の貴族の家に生まれた三男坊だかで、跡取りじゃなかったんで航海士を志したものの、船は難破するは海賊に襲われるはで上手くはいかず、心機一転、新天地へ渡っておかへも上がると、現在は山師のようなことをして暮らしているらしい……。


 で、今度はその〝人魚〟に金儲けの臭いを嗅ぎつけ、その道のプロである俺に協力を求めて来たっていうわけか。


「てことはつまり、プエルタ・プラティーノの沿岸にいるらしいその人魚を、この怪奇探偵カナール様に捕まえてほしいっていうわけか?」


「その通り。あんた、聞いた話じゃ人狼ルーガルー吸血鬼ヴァムピール、地元民が〝サスカッチ〟と呼んでる大猿のバケモノも退治したっていうじゃないか。だったら人魚の生捕りなんて楽勝だろう?」


 俺が単刀直入に改めて依頼内容を確認すると、エーリクは頷いて俺を持ち上げるようなことを言う。


「あ、ああ。もちろんだ。俺様の腕にかかれば人魚なんて朝飯前よ……」


 ま、そのほとんどは人間が化けてただったりするんだけどな……ああ、吸血鬼ヴァムピールを退治したってのは本当だ。騙し討ち気味ではあったが……。


「じゃあ引き受けてくれるんだね? 報酬は人魚で儲けた金を山分けってことでどうかな? 今は少々懐具合が淋しいんでね」


 見栄を張った俺の答えを了承だと思い込んだエーリクは、早々に依頼料の話もし始める。


「なんだ。出来高払いかよ? それ聞くと一気にやる気なくすな……」


「ならもう一つ、やる気の出るような魅力的な情報だ。プエルタ・プラティーノの海の底には、本国へ向かうはずだった輸送船がハリケーンで沈没し、その船に積まれていた黄金のテーブルが今も沈んでいるという噂もある……人魚はその黄金を守ってるっていうわけさ」


 そのなんとも博打のような危うい条件に俺が難色を示すと、エーリクはさらに眉唾モノのゴシップも付け加える。


「ひょっとしたら、人魚ばかりかその黄金のテーブルも手に入るかもしれない。一石二鳥だ」


「人魚にしても黄金にしても、どうにも胡散臭えなあ……けど、確かに上手くいきゃあ、一夜にして俺達は新天地一の大金持ちだな……」


 それでも、俺もそういった一攫千金の話は別に嫌いじゃあねえ……というかむしろ好きだ。


「よし。なら決まりだ。明朝、また迎えに来るよ。それまでに準備を整えておいてくれ。場所は近いがけっこうな冒険になるだろうからね」


 曖昧な返事のままも俺がその依頼を引き受ける流れになると、エーリクはまた勝手にそう決めて、嬉々とした顔で帰って行った──。

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