39.欲求

「だからこそ……とは?」


 アルヴァロがオウム返しに尋ねる。市長は目を逸らしながら、言いづらそうに続けた。


「祝祭日があるからこそ……聖なる日を迎える前に、異端を始末する。言うなれば、掃除のような感覚だったのではないでしょうか。殺された四人ともオプスマレスの信者でしたから」

「……ぞっとしない話だな」


 眉をひそめたアルヴァロに慌てて「もちろん仮説にすぎませんよ」と補足する。


「議員のルーベンとは数回話したことがありますが、とても誠実な青年でした。できれば、そんな理由で殺されたとは思いたくありません」

「ああ、私もだ。……それにしても、ここまで重要な人物が亡くなったとなると大騒ぎだろう」


 マルケーゼは大きく頷いた。


「今はどこも引き継ぎで慌ただしくしております。現場は確認なされますか? もう片付いてしまっておりますが」

「議員はここのロビーで亡くなっていたんだったな?」

「ええ。同僚の者が発見いたしました」

「それならもう確認はしなくていい……が……」


 アルヴァロが顎に手を当てながら目を伏せる。

 しばらく部屋には沈黙が訪れ、時計の針が刻む音だけが響いた。彼はぽつりと呟く。


「引き継ぎと言っていたな。次の商会長や組合長はすぐに決まったのか?」

「ええ、そこだけは救いでしたね。早く決まらなければ混乱が長続きしてしまいますから」

「そうだな。……充分だ。あとはこちらで調べてみよう」

「ああ、ありがとうございます、バラエナ卿!」


 話は終わったらしい。アルヴァロが立ち上がり、ネレスも慌ててそれに続く。

 見送りについてきた市長は、ロビーを抜け、建物の外に出たところで深々と頭を下げた。



+++



 待っていた馬車に乗り込んだあと、アルヴァロはポケットから紙とペンを取り出した。なにやら走り書きをしている。

 そして彼は、水魔法で小さな鳥を作り出した。書き終え、折りたたんだ紙をくわえさせる。鳥は扉の隙間から飛び出していった。


 今のは、伝書鳩のようなものだろうか?

 何を書いていたのだろう。不思議に思いながら黙っていたネレスに視線を向け、アルヴァロは明るく微笑んだ。


「待たせたな。よし、遊びに行こうか」

「エッ、もう!?」


 まだ調査を続けるものだと考えていたのに、終わりらしい。彼は「表通りまで頼む」と楽しそうに御者へ話しかけている。


 目立たないためか、馬車は飛ぶのではなく地面を走り出した。初めて馬車らしい揺れを感じている。……かなり揺れる。


(陸路で西部に行かんくて良かった……絶対いろいろ終わってたわ)


 翼のないカエバルで十数日も過ごすことを想像し、身を震わせながら「他のところに聞きに行かなくて、いいの?」と尋ねた。


「ああ。私がここで出来ることはなくなったからな」


 よく分かっていない表情のネレスに、アルヴァロは説明を始める。


「一番の目的は、現場のニュムパを見ることだったんだ。魔法を使えばニュムパの数に変化が生じる。とくに教会の人間であれば、必ず光のニュムパが増える」

「そんなとこ見てたんだ!? でも、時間が経ってたら分からなくない?」

「議員が殺されたのは二日前……一番新しい被害者だ。そのくらいならニュムパの変化は残っている。とくに、市庁舎のロビーで魔法を使うことはほとんどないからな」


 確かにと頷く。商会は分からないが、漁師組合は水の魔法を使いそうだし、パン組合は……おそらくパンを焼くところだと思うので、火の魔法を使うはずだ。

 そういう意味でも、市庁舎が一番分かりやすかったのだろう。


「だが、ロビーに違和感はなかった」

「え……じゃあ、犯人は魔法を使ってないのか」

「ああ、厄介なことに。これで絞りづらくなってしまった。仕方ないので、部下たちに新しく就任した商会長と組合長たちを調べてもらおうと思ってな。先ほどはそのことで鳥を飛ばした」

(なぜその3人を……?)


 ネレスは首を傾げる。


「次のトップがすぐに決まった、というのがすこし引っかかったんだ」

「そうなの?」

「これだけ重要人物が立て続けに亡くなっていれば、次は自分が狙われると思ってもおかしくないだろう? だから揉めているかと予想していた」

「あー……確かに。会長が殺されました、次は貴方が会長です! って言われたら私も嫌だわ」

「そういうことだ」


 納得して頷く。よくそんなところに目を付けるな、とネレスは密かに驚嘆した。


(ワイはふええ何も分かんないよお~とか考えてたっていうのに……この違いは何なんや……)


 唇を尖らせながら考えていると、アルヴァロが「しかし、人手が足りないな」と呟いた。


「実はグスターヴォに、以前から私兵として騎士団を持てと言われていたんだが、本当に欲しくなってきた」

「そうなんだ……というか、持ってなかったんだ」


 辺境伯ともなると、私兵のひとつやふたつ持っていそうなイメージだったのだが。

 目を丸めると彼は苦笑いを浮かべた。


「今までは私だけでなんとかなると思っていた。自分の時間が欲しいとも思わなかったし……だが、ネレスと過ごす時間が減るのは大問題だ」

「あっ、そういう……」


 一瞬遠い目をしかけたが、しばらく考えてネレスは口を開いた。


「まあ、理由はなんであれ……頼れる人が多すぎて困るってことはないし、持っても良いと思う、私は」


 もしかしたら、アルヴァロは今まで仕事しかすることがなかったのかもしれない。自分の時間が欲しいと思わないなんて、ネレスからしてみれば信じられないことだ。


 自分が現代的な感性であるだけかもしれないが、少なくともこの世界の子供たちには遊ぶという概念がある。それなら大人にだってあるはずだ。


 ネレスとの時間がほしいなんて理由ではあるものの、自分の時間を持つという意識が彼に生まれていることは喜ばしいことではないだろうか。


「……ネレス」

「騎士団作って、仕事減らして、一緒に遊ぼう」

「――ああ。早速明日から人を集めることにする」

「マジで判断が早いね……」


 アルヴァロは嬉しそうに微笑んで、それから「だが、まずはこれから行くところを決めよう」と言葉を続けた。


「ドレスはキアーラたちが選びたいと言っていたから、それ以外で欲しいものはあるか?」

「欲しいもの……」

「なんでもいい、どんな値段でも買えるぞ」

「ん……や、そんな、そこまでしなくていいよ」


 突然聞かれても思いつかないし、と伝えると、彼は様々な例をあげる。


「食べ物でもいいし、手袋や靴、装飾品、あとは魔道具か」

「魔道具……そういえば、シムフィと見たときはそんなに詳しく見れなかったんだよね」


 基本的に屋台の食べ物ばかり見ていたのだ。花屋に行って初めて、光の魔石があるということを知ったくらいである。


「具体的にはどういうものがあるの?」

「今の時期だと、魔石を動物の形に彫って、火の魔力を入れたものがよく売れている。片手に収まるほどの大きさで、手足や懐を温めるために使うんだ」

(カイロや……!)


 完全にアレだ。確かに寒い時期は重宝しそうだし、すこし見てみたくもある。


「それってずっと暖かいまま?」

「いや、中の魔力が尽きれば使えなくなるな。だが補給屋に頼めば、魔力を入れてまた使えるようにしてもらえる」

「へええ……いろんな職業があるんだ」

「人によって使える魔法が違うから、一定の需要があるんだ」


 魔法がある世界ならではの話に、ネレスは目を輝かせた。「あとは自動湯沸かしポットが流行っているが……これは使う機会がな」とアルヴァロが呟く。


(いやめっちゃ気になるけどそれ……! ああでも、いつもお茶とかキアーラたちに淹れてもらっとるもんな)


 確かに使う機会がないかもしれない。

 欲しいもの、欲しいもの……と必死で頭をひねる。普段使えるような、あると楽な感じのもの。


「あ」

「思いついたか?」

「――紙とペン、とか」


 ネレスはそう呟いた。

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