23.正体

 宿泊している屋敷に到着し、一行はロレッタが休めるように客室へ向かった。彼女はしきりに恐縮していたが、ベッドに横たわると顔色がマシになっていた。早めに休ませて良かったと安堵する。

 ジーナがサイドテーブルに薬の入った瓶とラベンダーもどきを置く。その様子を見ながら、ネレスはごく自然に切り出すことができた。


「実は、あの瓶に入ってるの……私が作った薬なんだ」

「貴方……!?」


 目を見張りながらジーナが振り返る。ネレスと手を繋いでいたアルヴァロは、ただ「なるほど」と呟いた。

 心臓がばくばくと跳ねている。繋いだ手から速すぎる鼓動が伝わらないかと心配しながら、次の言葉を待つ。


「ロレッタ嬢は病み上がりだと言っていたな。つまり、君が彼女の病を治したと」

「ウ……ウン」

「――すごいじゃないか! さすがは私の娘だな!」


 破顔した彼の反応があまりにも予想通りで、ネレスはつい笑ってしまった。抱き上げて頬に口付けをされた瞬間「ウッ」と硬直したが。


 秘密にしていたことを声に出すのはとんでもない緊張を伴う。言ったほうが楽だと分かっていても怖い。だから、この場で言えて良かったと小さく息を吐いた。


「薬はどうやって作ったんだ? 大変ではなかったか」

「森に生えてるやつで何とかなったし……魔法のおかげで短縮できたっていうか、そうだ、魔法のアレがアレで、えっと……!」


 薬を作る時間を短縮できた理由には、ネレスが無意識に闇魔法を使っていたことが関わってくる。それを説明するには姉妹の家で起きた一部始終を話さなければならない。


 ネレスのたどたどしい説明にシムフィやジーナ、時々ロレッタが補足を入れてくれた。

 全てを聞き終えたアルヴァロは顎に手を当てる。


「そういうことか。闇魔法の特性が吸収だったとは……ベニートめ、素知らぬ顔でぬけぬけと」

「え? あ、あの人がどうしたの?」


 突然紳士の名前が出てきて困惑する。眉間に皺を寄せた彼が「ああいや、全く関係のない話なんだが……」と口を開いた。


「昔、晩餐会で隣の席になったベニートに、彼の嫌いなニンジンを皿の中へ放り込んだことがある」

「エッ」

(パパ上!? きょうび小学生でも中々やらんでそれ)

「そうしたら、目を離した一瞬のうちにニンジンが消えていたんだ。美味しく食べましたよなんて言っていたが、魔力の……流れで闇魔法を使ったことは一目瞭然だった」


 ニュムパのことを言っているのだろう。シムフィが知っているかは分からないが、姉妹もいるため言葉を濁したようだ。


「一瞬で消えたことから消滅系の特性では、と予想していたんだが……やはりな」


 納得するように頷いたアルヴァロに、ネレスは顔がニヤつくのを抑えきれなかった。眉目秀麗でなんでも出来そうな男でも小学生みたいなことをするのか、と親近感が湧く。

 シムフィはちょっと引いた視線を向けていた。


「あの人と仲が悪かったの、ですか?」

「そうやって遊べる相手が彼しか居なかったんだ。あの頃はまだ若かったし……今はさすがにしない」


 小さく咳払いをして「話を戻そう」とアルヴァロは気まずそうに目を逸らした。


「ロレッタ嬢はネレスに小さな魔法を使わせて、徐々に大きくしていくことで魔力の許容量を測ろうとしたんだな?」

「え、ええ……そうです」

「であれば今回の騒動は私の責任でもあるな……ネレス」

「う、うん?」

「あえて言わなかったことがある、すまない。君はオプスマレスの神子なんだ」

「……なんて?」


 耳に手を当てて聞き返した。

 流れるように言われたせいで全く頭に入らなかった。何かとんでもないことを明かされた気がするが、きっと気のせいだろう。


「君は、闇と大海の神、オプスマレスの神子だ」

「……」


 何度聞いても同じだった。戸惑った表情の姉妹と目が合う。


 ――ネレスが、オプスマレスの神子?


 すーっと息を吸う。確かに海に浮かんでいたとは聞いた。水と闇のニュムパに愛されているとも。しかし、まさかそんな。

 口の端を引き攣らせながらネレスは首を横に振った。


「ワ、私なんか、そんな大層なものに選ばれるわけ……」

「嘘だと思うか? シムフィ。ネレスが海に浮かんでいたとき、どんな状態だった?」


 問われた彼女がぱちりと瞬きをする。


「白いワンピースを着て、うつ伏せで浮かんでた」

「うつ伏せの状態であれば呼吸は当然できないはずで、肺に水も入っているだろう。彼女はどうだった?」


 シムフィは小さく息を呑んだ。


「そういえば……助けたとき普通に、息してた。溺れてもいなかった」

「エッ、嘘!?」

「だろうな。私が確認しに行ったときも顔色がとても良かった。……神子とは本来、神に直接創造され、この世界を見守るために送り込まれる特殊な存在だ」


 混乱したままネレスは「ま、待って……」と手を弱々しく上げる。


「で、でも、お父様も神子に選ばれたって言ってた……よね?」

「ああ。ミフェリルの神子も、本来であればミフェリルが作るものだ。しかし正式な神子は何年だったか……最後に現れてからたしか500年以上、全く現れていない。だから代わりに、光と木の魔力が一番強い人間が選ばれるようになった」


 それでアルヴァロが選ばれ、盛大にお断りしたということか。


「話が逸れたが、つまり神の創造物である君は人間と少し違う部分がある。だから水に溺れない。そして魔法に関しても、主が司る水と闇の魔法であればほぼ無制限に使えるんだ」

「え、ヤバ……」


 どうしよう。女子高生みたいな感想しか出てこない。

 他にどう言えばいいのだ。突然貴方は神に作られし存在なのだと教えられて、ペラペラ喋れる人間がいたらネレスと交代してほしい。


「そんな存在がわざわざ呪文を唱えてまで闇魔法を使ったのだから、それはもう喜んで張り切っただろうな」

「はぁ……」

(ニュムパ、張り切っちゃったんか……)


 口をぽかんと開けて気の抜けた返事をする。闇魔法が暴発した原因に、ネレスの体のことまで絡んでいるなんて思わなかった。

 あまりにも現実離れした話のせいで他人事のような感覚だ。ジーナとロレッタも言葉を失っている様子である。この世界においても、そうそうあることではないのだろう。


「何か分からない部分はあるか?」


 心配そうな表情でアルヴァロが覗き込んでくる。もう全部分からないが、あえて尋ねるとしたら何がいいだろうか。

 しばらく考えてネレスは首を傾げた。


「……なんで、私が神子だってことを言わなかった、の?」


 その問いに、彼は自嘲するように小さく笑った。


「闇魔法の適性者が差別されているという不自由を、君に認識させたくなかった。ただ遠めの外出をして、魔獣をひっそり闇魔法で鎮圧させて、観光して帰るつもりだったんだ」

(マジで課外授業みたいなノリやん!)

「君には何も知らせないまま、君が幸せに生きることができるような環境に作り替えようと思っていた。……そう上手くはいかないものだな」

「ワ、私が幸せに……?」

「そうだ。君が幸せであれるように、オプスマレスの神子であることを誰にも非難されることがないように」


 目を伏せたアルヴァロに、ネレスは言葉を詰まらせた。改めて、どうして彼はここまでネレスの味方でいようとするのだろうという疑問が湧いてきたのだ。


 ミフェリルが嫌いだから? そもそも、ミフェリルを嫌っている理由はなんだ。

 ネレスが好きだから? 好きになる要素が思いつかない。


 アルヴァロのことを理解できるようになり始めたと思った矢先、また何を考えているのか分からなくなってしまった。

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