エッ!異世界転生して魔女狩りに遭ったかと思ったらまた同じ世界に転生ってマ!?
トトラミ
プロローグ
0.魔女
オンディーラは必死に唇を引き結んでいた。
杭に括りつけられているせいで縄がくい込み、吐きそうだったのだ。
抑えるために何度も唾を飲んでいる。しかし同時に、もう身も蓋もなく吐いてしまいたい気分だった。
(だって、もうワイ死ぬし……ええかな。いや美少女が今際のきわにゲロ吐くの絵面的に嫌やな……)
汗を滲ませながら藍色の髪の女性――オンディーラはもう一度喉を鳴らす。
ふわふわとした意識の中で、耳をつんざくような声が響く。
「早くそいつを殺せ!」
「異端の魔女め……なんて恐ろしい!」
「うちの息子に奇妙な物体を塗りつけてきたのよ! このクソ女!」
「隣の爺さんは気味の悪いものを飲まされたらしい、きっと殺すつもりだったんだ!」
「あいつのせいで雨も降らない、司祭様助けてくれ!」
離れた位置から村人たちが罵声を浴びせてくる。聞くに耐えない言葉に、白銀の瞳をぎゅっと閉じた。
悲しいとか、苦しいとか、そういう感情は湧かない。ただ彼らに失望していた。
このような状況になっている原因は、魔女狩りだ。
ここネミラス王国では、光魔法を使える癒術師だけが病気や怪我を治療できる。
しかしオンディーラのように薬草から薬を作り、正規の手段から外れた方法で治癒を行おうとした場合、異端の魔女として処刑されるらしい。
随分と昔からある規則のようだが、オンディーラは突然現れた司祭服の男たちに連行されるまでその存在を知らなかった。
――なぜなら、オンディーラは転生者だったのだ。
それも突出した知識のないただの二十代の引きこもりオタクであり、男性であった。
異世界に転生したかと思ったら性別が変わり、常識も変わり……両親が早くに亡くなってしまったため、この世界の基本的なルールも知らないまま二十歳まで育ってしまった。
コンクリートの安全なワンルームから、過酷な村社会に突然放り込まれたのだ。そんな状態で上手く立ち回れる訳がない。
(二度と異世界転生なんかしたない……ワイには向いてなかったんや。異世界転生モノの主人公たちみーんな無双しとるけど、マジモンの陰キャが転生した結果を見せたるわ。コミュ障すぎて火炙りや。くそったれ。全人類死ね。この世界なんか滅んでしまえ)
脳内で延々と呪詛を吐いていると、足音が響きオンディーラの前に誰かが立った。
うっすらと目を開ける。
白い髭をたっぷりと伸ばした老人が、憎々しげにこちらを睨んでいた。彼の胸元で何かが反射する。
それは黄金の葉を模したペンダントだった。光と大樹の女神、ミフェリルを信仰する教会の者である証。
世間にうといオンディーラでもさすがに知っている。
「オンディーラ」
老人のしわがれた声が響く。
「怪しげな物を数多く作り、傷や疾患を治すと嘯き、村民の命を脅かした罪で――異端の魔女を火刑とする! なにか言い残すことはあるか」
(言える訳、ないやろ)
見て分からんのかと心の中で呟いた。
オンディーラの体は、歯も噛み合わないほど震えていた。制御できない涙が頬を伝って顎から滴り落ちる。
死ぬのは怖いに決まっている。
しかし、こんな状況で悪態を吐けるほど強い心なんて持っていない。
(全人類死ねとか言いたいけど言えんわ。もう無理死んでまう……そらそうやろ火刑なんやから、なに言うとんねん。気絶しそう、気絶できるかも、マジで無理ほんま無理……!)
松明を持った教会の人間が近づいてきて、本当に気が遠くなってきた。
なんなら気絶したい。そうすれば苦しまずに済む。
火がゆらゆらと揺れる。暗示をかけられたように焦点がぶれ、村人たちの罵声が遠くなった。
耳の奥で音がこだまする。
踏み鳴らされる足音が徐々に揃う。
「成敗を」「燃やせ」「魔女に死を」「忌まわしい」「火を」「火を」「火を」「火を」
――火を!!
下から熱風が吹き上がる。
視界の全てが真っ赤に染まり、足先から舐めるように熱が伝い、それから。
オンディーラの意識は、闇に飲まれた。
+++
煌樹歴八九六年。ネミラス王国南部、バラエナ領。
海に面した高台にある豪奢な屋敷で、メイドの悲鳴が響き渡った。
「アルヴァッ、アルヴァロさまーっ!! せせせんっ、こどっ、あああ!」
悲鳴とともに慌ただしく近づいてくる足音に、軍服姿の男が立ち上がる。烏羽色の長い髪が揺れ、白いリボンがひらりと後を追った。
扉を開けると、ちょうど廊下を走ってきたメイドと視線が合う。男は蒼眼を細めて「どうした」と短く尋ねた。
メイドは息を切らしながら、身振り手振りを交えて男――アルヴァロを見上げる。
「せっ、洗濯しようと思ったら、子供が海に浮かんでて……!」
「……子供?」
「はい、ち、ちーっちゃい女の子です。シムフィが泳いで引き上げてくれて、3つ子たちがいま見ているのですが、どうしましょうか……!」
「すぐに向かおう」
間を置かず頷いたアルヴァロに、メイドの表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます、こっちです!」
踵を返して駆け出した彼女を男は早足で追いかけた。
屋敷を出てすぐの砂浜にて、メイドたちが何かを囲むように見下ろしていた。
ずぶ濡れの少女がこちらに気づき「アルヴァロ様」とほっとしたような声を上げる。その言葉で他の少女たちも顔を上げ、男のために道を空けた。
中心には白いワンピースを着た子供が倒れていた。
近づいて容姿をはっきりと見た瞬間、男は息を呑んで立ち止まる。
「……アルヴァロ様? この子は死んでおりません、ちゃんと息をしています」
「……ああ」
メイドの言葉に小さく頷く。それは子供の周りを飛び交う大量の
歳は十にも満たないくらいだろうか。腰までありそうな藍色の髪は広がり、幼い少女の白い肌をより際立たせている。
人形のように整った顔は血色が良く、まるで今にも瞼を開きそうなほど健康的な状態で、意識を失っていた。
アルヴァロは息を吸い、壊れ物を扱うかのようにゆっくりと子供を抱き上げる。力の抜けた体が軽々と持ち上がり、その感覚に眉をひそめた。
「……この娘は屋敷で面倒を見る。私の寝室の右隣を空けてくれるか。それから、シムフィは早く着替えるように」
「かしこまりました」
メイドたちが一礼し、ずぶ濡れだった少女も「ん」と頷く。そして準備をするため足早に屋敷へと向かっていった。
アルヴァロは子供を抱えたまま、果てしなく広がる大海に視線を向ける。
「オプスマレスに感謝をするべきか……否か」
しばらく海を眺め続けたあと、男も屋敷へと足を向けた。
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